ーーNo.4 モルディオ邸にてーー
「・・・なるほどね〜、そりゃ騎士団に追っかけ回される訳だ」
は呆れた発言をするに至った原因主を見やる。
の目線の先には、見張りに立っていたはずの騎士が二人、無様に地面に伸びていた。
そんな間にユーリは堂々と立っており、ラピードの帰りを貴族街の入り口で待っていた。
応援の騎士が来ないのを確認し、
は隠れていた茂みから抜け出しユーリの隣に立つ。
「はぁ〜
これじゃあ、半分は自業自得ってもんよねぇ〜」
盛大なため息にユーリは眉をひそめた。
「何がだよ?」
「ん〜?なんでもな〜い(無自覚かぁ・・・)」
そんなやり取りをしているうちに、ラピードが目的の場所を見つけたようだ。
「みっけ」
「さすがラピード♪」
ラピードに賛辞を送り、ユーリと
は犯人の屋敷に乗り込んで行った。
屋敷は貴族街の入り口からほど近いところに建っていた。
庭園はきれいに手入れされており、馬車につながれた馬も毛並みが整っている。
「ここか・・・
なんか、人の気配がしねぇなあ・・・」
正面玄関のノブを回すも、しっかり施錠されているようで開けるのは無理なようだ。
周りを見ても入れるような所がないことにユーリは腹立たしげに扉を蹴飛ばす。
「他に入り口は――」
「な〜に突っ立ってんの?」
の不思議そうな声が響くが、ユーリは辺りを見回しても見つける事ができない。
するとラピードが正面玄関から逸れ、屋敷に沿って左側に走って行った。
追いかけて行くと、
がちょうど窓枠に足をかけて屋敷に入る所だった。
「・・・なんでお前が入れる場所知ってんだよ」
ユーリの当然の問いかけに
はキョトンとし、なんでもない風に答えた。
「あぁ、ちょっと仕事でね〜
まさかこの屋敷が水道魔導器の魔核を盗んだ犯人のとはね」
「・・・お前、知ってたなら先に教えろよ。
無駄に働いちまったじゃねぇか」
「いや、仕事のことは教えられないって・・・」
そうじゃねぇって、と言うユーリに
は首を傾げる。
それ以上のツッコミを諦めユーリはため息を一つ吐くと、
の後に続いて屋敷内に入って行った。
外とは違い、中は静寂が隅々まで満たしていた。
ユーリは隣を見やり何処から探すべきか助言を求める。
「で、どっからいきますか、自由な風?」
仕事名で呼ばれた
はすっと目を細めた。
「その呼び方やめてくれる?今は仕事中じゃないんだから・・・
ま、そうね。
隠しものをするには高い所って昔から言うわね」
その推測を受け、2階の奥の部屋から捜索を開始しようと、階段を上がり
がドアに手をかけようとした。
その時、
――ガチャ――
2階ではなく1階のドアが開き、誰もいないと思っていた部屋から人が出てきた。
体全体を覆うマントをまとい、目深なフードからは表情を読み取る事はできない。
「あいつは・・・」
ユーリの呟きを
は黙って聞いていた。
自分の持っている情報と、ハンクスから聞いた目の前にいる人物とは明らかに違っている。
そもそも、
は名前を聞いた時点でその人物が帝都に来るとは思えなかった。
思案顔の横で、ユーリの目がその動きを追う。
マントが入り口まで動くと、持っていた袋の中を引っ掻き回し、その手中には水道魔導器の魔核が光っていた。
「おし、お宝発見!」
その声が合図だったようにラピードは跳躍し、犯人の逃げ道である玄関前を塞いだ。
ユーリも後に続き、犯人を挟み撃ちにする。
「相変わらず、素早い行動ねぇ〜」
のんびりと感心している
を後目にユーリは犯人を問い詰めた。
「おまえ、モルディオだな?」
ユーリの問いかけに言葉を発することなく、恐怖の為かマントが震え必死に逃げ道を探す。
震えが止まった、かと思ったら突然、煙幕を投げつけ辺りに白煙が上がる。
だが、そんな目くらましはラピードに効かず、視界が晴れたそこには奪い返した袋をくわえた隻眼が立っていた。
「よし。よくやった、ラピード」
「さすが、分かってるわよね〜」
ユーリとのんびりと2階から降りてきた
に褒められ、ラピードは誇らしげに一声「ワフッ!」と吠える。
ユーリが奪い返した袋の中身を確認してみると、大小様々な魔導器が入っていたが肝心なものがなかった。
「なんだよ!魔核がねえぞ!
取り返して、一発ぶん殴ってやろうぜ」
「そうね、オイタしたヤツには10倍返しが基本よね」
「ワンッ」
ユーリはラピードと一緒に玄関を出た。
は玄関から屋敷内を振り返り、先ほどの人物は偽物だろうと推測した。
ユーリにもこの事を伝えようと、遅れて玄関を出ようとした所、外から勢いよくドアを閉められ、顔を強か打ってしまった。
衝撃の強さに数歩よろけ、あまりの痛さに目の前に星がちらついた。
「〜〜〜っ!ちょっと!ユー――」
『騒ぎと聞いて来てみれば、貴様なのであるかユーリ!』
『ついに食えなくなって貴族の家にドロボウだとは・・・
貴様も落ちたものなのだ!』
ドア越しに、何やら言い争う声が響く。
聞き覚えのある声に、
は文句を飲み込み、外の様子をドア越しに伺う。
『なんだ、デコとボコか』
呆れ声に、
はユーリがデコと呼んだ長身痩躯のチョビひげと、
デコと呼んだ短身肥満の二人組の騎士を記憶から掘り起こした。
二人組の騎士は声を揃えて似たように返す。
『デコと言うなであ〜る!』
『ボコじゃないのだ!』
怒号を縫って馬車の走る音が響き、ユーリが追いかけようと走り出す・・・が、どうやら塞がれたようだ。
『逃げようとしてもそうはいかないのだ!』
小さい身体を精一杯広げているだろうボコに、対峙しているユーリの盛大なため息が聞こえた。
『逃げてるように見えるか?
ああ、だから出世を見逃すのか』
どうやら二人の禁句を言ったらしく、ぎゃあぎゃあと二人分の喚き声が聞こえる。
そんな声も収まらぬまま、次は剣の打ち合う音が響きだす。
は扉から離れ、入って来た窓からそろそろと抜け出し茂みに身を潜めた。
強打した顔面を擦りながらユーリの様子を伺うと、もうそろそろ決着がつきそうだった。
(「手助けは不要ね。
問題はやっぱり逃げた犯人の方か・・・」)
馬車で移動したようなので、このまま追いかけても距離が開きすぎていて追いつけない。
さてどうしたものか、と考えに耽っていると、いつの間にか剣音は止み、デコとボコがへばっていた。
そろそろ出ようかと思った所に、新たな声が割り込んで来た。
「さすがシュヴァーン隊、こんな下民ひとり、捕まえられないとは無能だね」
(「・・・・・・うっわあぁ、でたぁ・・・・・・」)
オールバックの薄紫の髪、それに似たような胸が開いた服装とメイクまでばっちりのキュモールに
は茂みの中で呻いた。
ユーリも追跡は無理と思ったようだ。
必要以上にユーリに暴力を振るう姿は腹に据えかねたが、そこはぐっと堪える。
そして、キュモール隊に連行されて行った悪友を見送ると茂みを出た。
「相変わらずキモさはご健在か・・・
はぁ〜、約束したのに・・・」
ハンクスとのやり取りを思い出した
は深々とため息をつく。
「よし、貸し一つで行ってやるか」
沈んだ気分を払拭するように呟くと、
は堅牢に佇むザーフィアス城に重い足を進めた。
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2008.1.4