天上を埋め尽くす鈍色の雲。
そこから途切れることなく、大地を潤す白い矢が降り注ぐ。

静かに・・・
ただ静かに・・・
起こったであろう出来事もその雨によって包み込まれるかのように降り続いている。

降っているその場所は激しい戦いの跡、真新しい傷跡が大地のそこかしこに刻まれていた。
本来であれば青々と茂り、力強い緑が住人を癒したであろう木々は焼け焦げ、その原形を留めていない。
憩いの場であったはずの小川は干上がり、そこに残すのは抉れた大地だけだった。

そんな、数日前までテムザと呼ばれていた街の存在は雨によって流されかけようとしている。

























ーーProlougeーー






















「・・・・・・エ、ル・・・」

掠れた声が雨に消されていく。

「・・・っ、エル・・・」

か細い声を絞り出し、少女は繰り返し呼びかける。

「・・・やだよ、おきてったら・・・」

必死に少女は名を呼ぶが、それに応える気配はない。
ボロボロの騎士服に身を包んだ少女は、とりつかれたように呼び続ける。
だがやはり、返答はない。

腰まで伸びた髪が雨に濡れ、滴が地面へ流れる。
腰に差された一振りの剣は薄汚れていた。
しかし、精巧な作品であるそれの輝きは衰えず、周囲の様相とは対照的に存在感を誇張していた。

力なく座り込んだ少女の隣には、少女の何倍もある魔物がその巨体を投げ出していた。
本来は長かったであろう触覚は無惨に引きちぎられ、美しく整っていた羽も歪に曲がっている。
黄金と純白の彩りに、黒ずんだ華が咲いていた。

「どうして・・・
なんで、こんなことに・・・」

回りの景色と同様に、彼女の様子もひどいものだった。
見た目からでも十分すぎるほどの怪我を負い、その場から動くことも叶わない。
ぬかるんだ地面に少女を中心に赤黒い染みが広がりつつある。

「エル、エルってば!こたえてよ!!
・・・なんで・・・どうしてよ!?」

少女は回りを取り囲む大勢に問いかけた。
間違ってほしい、誰かにこの現実を否定してほしい、と。
だが、返ってきたのは目の前の現実を肯定する無慈悲な声だった。

「反対勢力は殲滅したとはいえ、始祖の隷長の力は人間を凌ぐ。
いつ何時、我々に牙を向けるか分からぬからな」
「そんな!
さっきまでいっしょにたたかったなかまじゃない!
それに、これじゃぁ初めのやくそくとちがう!!」

指揮官らしい中年に差し掛かる位の男が、喚く少女を煩わしそうに見下して言った。

「これは皇帝の、帝国の決定事項だ。
刃向かうならお前もあやつも反逆罪に課すが?」

脅しを込めた指揮官の視線に、少女は畏縮することなく睨み返す。

「わたしはなかまを・・・ともだちをまもってるだけよ!
ひどいことをしているのはそっちじゃない!」
「ならば仕方ない。
命令を聞けぬなら、戦死した騎士が一人増えるーー」
!」

指揮官が剣に手を伸ばそうとしたその時、突如として白銀が飛び込んで来た。
邪魔が入ったことで、指揮官の苛立った声が響く。

「くっ、何をしておる!
捕らえておけという命令はどうした!!」

怒号が飛び、取り囲んだ兵士が帯刀した獲物を構える。
それを目の端に留め、銀髪の青年は始祖の隷長の側で動けない少女へ急いで駆け寄った。

「動けるか?さぁ、逃げるぞ」
「まって、エルが・・・へんじがないの・・・」

震える声を聞き、青年はエルと少女が呼んだ始祖の隷長へと目を向ける。

「・・・大丈夫だ、まだ生きている。
エルシフル、此処を離れなければもまずい。
力を貸してくれ」

青年の呼びかけに、動かなかった始祖の隷長の体が反応する。
回りのどよめきを他所に、エルシフルは立ち上がった。

「っ!エル!!!」

少女はついに泣き出し、負った痛みに構うことなく懸命に抱きつく。
目元を和ませたエルシフルだったが、すぐに厳しい表情に変わり言葉少なに二人を急かす。

『乗れ、ここから離れる』
「すまない・・・」

青年は短い謝罪を述べ、泣き出してしまった少女を抱き上げる。
そんな銀髪にエルシフルは苦笑した。

『馬鹿者。
そういうときは『ありがとう』と言えと、が言っておったろうが』

切迫した状況で聞く言葉ではないそのセリフに青年は目を丸くする。
と、先ほどまで泣いていた少女も涙を拭いてその顔には笑みが浮かんだ。

「ありがとう、エル。
つらいけどおねがい・・・」
「感謝する・・・追っ手が来る、頼むぞ」

しっかり掴まっていろ、という声と共に傷だらけの羽が広がる。
そして、彼らは雨霞の中へと消えていった。













Back
2008.1.4