「まったく、若人はこういうのと無縁で羨ましいわよ」
とある宿屋のベッドの上。
渋い表情を浮かべたまま、レイヴンがしみじみと呟けば、即答で返答を返してやった。
「そりゃぁね、若さの特権持ちには無縁だもの」
「・・・おっさん、何も言えません」
ーーMAGIC HANDSーー
これから話すのはつまらない話だ。
というか、話す価値すらあるかも微妙なところ。
今、自分はマッサージをしている。
ベッドで横になっている仲間のふくらはぎを・・・
別に好きでやっているワケではない。
(「ま、何しろアレだったしね・・・」)
遡ること数時間前・・・
ーーバダンッ!!ーー
「
!
ってば!起きて、早く起きて!!」
まだ外が薄暗い日の出前。
ノックもなしに無遠慮な騒音で飛び込んで来たのは少年首領であるカロルだった。
珍しく二部屋取れた前日、明日の出発はゆっくりにしようと決めていたはずだったのにどうしてこんな時間にこんな起こされ方をしなければならないのか。
夢現の幸福の余韻からの強制的なソレには低く返した。
「んー・・・カロル?・・・まだ出発にはーー」
「レイヴンが死んじゃう!!」
「・・・・・・はぃ?」
寝惚けた頭ではなかなか言葉の処理に時間がかかる。
意味不な叫びだが、目の前の少年の様子は鬼気迫るもの。
何より涙目の訴えに、こちらも微睡みから浮上していく。
「だ、だから!レイヴンが!レイヴンが!!」
「・・・うるさい」
「ちょっと、カロル。落ち着いてってば」
「早く来て!レイヴンが!痛いって言ってて!!」
意味が分からない。
というか、死ぬ訳ないだろ。
あんなヘラヘラしていて無駄にしぶとい中年が。
敵に襲われている気配もないのに、心臓発作とか?
それすら有り得ん。
寝惚けている・・・様子はないか。
余計に分からない。
分からないが、カロルの大声に他のメンバーも否応無く覚醒を余儀なくされていく。
「ふぁ〜・・・何かあったんです?」
「あー、エステル、まだ寝てて大丈夫。
それと、リタ。とりあえず詠唱止めて。私が様子見てくるから。
で、カロルは深呼吸して。日の出前なんだから他の客にも迷惑でしょ」
こうなれば仕方がない。
は一つため息を落とすと、カロルをやっとの事なだめて隣部屋に行ってみればベッドの上で身もだえる男一名。
その横で身の置き場を探すような青年一名。
というありさまだった。
「朝っぱらから叩き起こされた訳だけど、あのユーリの動揺顔が見れたのは面白かったわね。
最初カロルが飛び込んできたときは何事かと思ったけど」
「お騒がせしました」
レイヴンはうつ伏せになったまま、素直に謝罪を口にする。
というか、今は自分にマッサージをされているんだからそれしかできないだろうが。
今朝方の騒ぎの原因、それはレイヴンの両足がこむら返り・・・足を攣ったから。
あまりの激痛に悶えてる所をカロルが気付き、自分を呼んでこいというレイヴンの途切れ途切れの言葉を受けてのことだったらしい。
あのユーリですら、マジビビリな痛がりようだったのだから動揺するのも無理はないか。
「分かってたけど、レイヴンも歳ね」
「酷っ!」
「ま、自称してるくらいだし、30過ぎれば確かにおっさんか」
「だからひどーー痛ててててっ!」
「長引かせたくなかったらじっとしててよ」
呆れ返ったは、通常とは違う硬直している腓腹筋を丁寧にマッサージしていき、頃合いを見ては足先を脛に向かって引っ張ったりを繰り返す。
しばらく続ければ、あまりの激痛もやっと落ち着いたのか、レイヴンはぽつりと零した。
「・・・なんでかねぇ」
「何が?」
「いや、にマッサージしてもらうと、なんでかこう治りが早い気がして」
「何それ」
「実は治癒術使ってたりして?」
「そんな勿体ないことしてないし」
「勿体ないって・・・」
んな無意味なことする訳ないだろう。
そもそも治癒術で治るような怪我の類ではない。
がーんという効果音が付きそうなレイヴンの反応に、は投げやりに続けた。
「だってマッサージなんて誰がやっても同じでしょ」
「うんにゃ、が一番」
「そういうもん?ハリーとか、男の人の方が効率的だと思うけど?」
(「手が大きいし」)
「野郎には頼みたくない」
そういえば以前同じことがあって、やかましいと蹴り飛ばされたことがあったと聞いたか。
痛みで悶えることしかできず、最後は医務室に担ぎ込まれてたまたまが対応したことが、今回のご指名という運びとなった訳だ。
「ま、レイヴンがそう思うならそうなのかもね」
「どういうことよ?」
「元々、手当っていうのは相手に触れて傷や心を癒すことなんだって。
人って怪我したときに思わず患部に手を当てるでしょ?
無意識下で治そうとする意識が働いてそういう行動を取るっていう防衛本能の一つらしいわ。
怪我ほどじゃないけど、例えばほら、肩が凝ったりしたら、自分の手で肩を揉むでしょ?
自分でやるより人にやってもらった方が気持ち良いと感じるのと同じ要領よ」
手当の語源はハンドヒーリングって言われてるくらいだしね、と知っている知識を手を動かしたまま続ける。
何とはない、ただ思い出したから言ってみただけ。
「ふーん、さすが物知りね」
「・・・昔私が怪我したときに教えてくれた人の受け売りよ」
思わず手が止まった。
しかし、何事もなかったように手は動き続ける。
互いに顔が見えないことも手伝ったからか、は僅かに表情を沈ませた。
遠い記憶の中、物知りで大好きだったその人から教わった話は今でも自分を助けてくれる。
温かく懐かしいが思い出せば僅かに痛みを持つ思い出。
「?」
こちらの違和感に気付いたのか、レイヴンがこちらに振り向こうとする仕草には表情と声を明るいものに取り繕う。
「ま、確かにマッサージ用のオイルに多少の工夫してるのはホントだけど」
「へ?そうなの?」
「諸々は企業秘密♪」
「さいですか」
無駄に明るいこちらの笑みに、がっくりとレイヴンは再びうつ伏せの状態に戻る。
こういう、こちらに踏み込まない一線の読みの良さには感心する。
相手の懐に入り込みこちらの心の傷には触れず、たまに見せる気遣いに何度、心の傷が癒されたか。
まったくどっちが手当上手なんだか。
思わず浮かんだ自嘲をそのままに、の手当は続けられた。
「ユーリやみんなに感謝ね。
出発、明日に延ばしてもらったんだし」
「それに関しては心の底から有難いわ。こんなんじゃ弓もまともに引けないし」
「そうなればホントのお荷物よね」
「サラリと酷い発言!!」
こむら返り、マジで痛すぎるっていう話。
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2018.4.8