「な、何者だ貴様!」
「・・・」

繊月に無機質が鈍い光を帯びる。
男は情けないほどの震える声でどうにか問えば、突き付けられたブレードはさらに喉元に食い込んだ。

「ヒッ!わ、分かった!金ならーー」
「興味ない」
「ぐぇっ、ま、待て!待って下さい!」
「待たないし、あんたの選択肢は2つ。
首とお別れしたいか、今日のオシゴトのお手紙を渡すか」
「・・・え」
「ご自宅に伺っても構わないけどその時は今より上品なやり方はしない」

目深に下されたフードの口元がようやく月光に照らされる。
この状況には似つかわしくないほどうっそりと湾曲したそれにどっと冷や汗が吹き出した。
本能で察した。
自身が取るべき選択肢は一つしかない。
命の駆け引きは手慣れたはずだった。
それなのにそう直感させるほど、目の前の相手が恐ろしくてたまらない。
歯の根が噛み合わないほど震える自分に、ソイツはとっても楽しげに小首を傾げた。

「お互いに時間の節約といきましょう?」












































































































ーーことの始まりーー











































































































調査兵団新兵舎。
その一室、分隊長室の書棚の前で間延びした声が上がった。

「隊長ぉ」
「なんだ?」
「私まで必要でしたか?」
「念の為だ」
「そうですか」
「不服か?」

エルヴィンの問いに答えは返らない。
しばらくして陽光に煌く暗紫が躍り、開いた本から視線を剥がしたはくるりと振り返った。
紫電が躍る髪と同じ暗紫の瞳とぶつかる。
真意を問うような、心の奥底まで暴くようなその瞳に臆する事なくはにっこりと笑った。

「まさかv」

その笑みに毒気を抜かれたのか、エルヴィンは小さく嘆息すると最終確認だ、とを執務机のそばへと呼んだ。

「対象は3名だな」
「はい。噂じゃ憲兵団は後手後手。話聞く限りじゃ調査団新兵クラスですかね」
「5名を割くのは過剰か・・・」
「ま、今は暇ですしね。
相手方も痺れを切らしたなら・・・人手は多いに越した事ありません」
「では5名体制で行く」
「了解であります」
「入隊後の監視はお前に任せる」
「構いませんけど・・・どうされます?」
「行動を起こすまで手を出さなくて構わない」
「では、このお届け物はお任せします」

そう言ったは、腰に下げていた袋を机に置く。
中身を確認したエルヴィンは小さく頷くと、椅子の背もたれに身体を預けた。

「手こずるかもな」
「そうでもないかも知れません」
「何故だ?」

エルヴィンの問いに、書棚に本を戻したは微笑んだ。
先ほど見た笑みとは違う、慈愛に満ちた微笑み。
彼女のこの笑みを向ける相手は相当限られているのを知っている。

「隊長の慧眼には惚れてますから」

副官の断言に、エルヴィンは口端を上げた。
そして鋭い声で命じた。

「ブラゴン、ニケ、サイラムを呼べ」
「はっ」

数日後。
地下街での作戦が開始された。
エルヴィンが隊列に指示を飛ばす。
とは言え、憲兵団の後に追随しているだけの数日間だったりする。

「今日も空振りですかね」
「さぁてね〜」
「お前ら、たるみ過ぎだ」

頭上からの声に、街並みを見下ろしていたサイラムと一緒に振り返る。
そこには渋面の先輩兵がこちらを見下ろしていた。
素直に謝罪したのはサイラムの方だった。

「すみません」
「そんなニケさぁん、憲兵団よか私達鍛えてますよ」
「お前な・・・」
「見ます?私の腹筋」
「見せんでいい」

シャツを捲ろうとするに、さらに険しくした渋面のニケに当人はけらけらと笑う。
と、詰所の兵が慌ただしく騒ぎ出した。

「動き、あったようですね」
「やっと憲兵団の嫌味を聞かなくて済みます」

「はーい、口閉じときます」

口の前で横にチャックをする仕草をした
しかし、その場に居た全員の表情は作戦前の独特の鋭さを帯びている。
憲兵団は詰所から外へと歩き出した。
情報提供をする気はないようだ。
ま、最初からそんなものは期待してないが。
真面目に憲兵隊から情報を聞いたらしいブラゴンが、隊長に向け深く頷きを返した。
それを見たエルヴィンは壁から背を離すとフードを下ろした。

「では、作戦開始だ」


































































































憲兵団に追随し、その先を飛ぶ3つを追う。
動きは憲兵団の比にならない。
立体起動の動きだけを見れば、調査兵団に入隊しても遜色ないものだ。

(「これはこれは・・・噂以上かも期待しちゃうなぁ」)

最後尾を預かるは楽しげに口端を上げた。
そうこうしているうちに、憲兵団が3人の動きにバランスを崩して落ちた。
おいおい、と内心呆れながらは追跡を続ける。
と、アンカーを外した少年は壁に足をつき突然後ろへ飛んだ。
進行方向とは真逆の動きに先頭で追っていたエルヴィンと交差する。
その一部始終を後ろで控えて見ていたもすれ違い様、追っていた当人の顔を見た。
歳は自分と同じ位、体格も小柄な方だ、だがその眼はとても鋭い。

(「あらあら、まるで警戒心強い猫みたいな・・・鋭い刃の顔だこと」)

マント越しでこちらの顔が見えるか分からない。
だがはニコリと笑みを交わした。

「!」

相手の動揺を見たは、他のメンバーと同様に空中転換し追跡を続行する。
途中、三手に分かれたが作戦通りブラゴンとサイラムが追う。
この先は入り組んだ街並みが続く。
仕掛け時だ。
はガス圧を上げ、先行するエルヴィン・ミケの二人を抜いた。
そして、あっという間に逃走者に並んだ。

「!?」
「悪いね」
ーードゴッ!ーー

瞬間、空中で回転し無防備な背中へ回し蹴りを叩き込む。
目の前の建物へと吹っ飛んで行くが、さらに駆ける音が続いた。

「おー、なかなかな根性ー」


目の上に手をかざしていれば、背後から声がかかる。
足元の建物からは逃走者の駆ける音。
自身の後任者にはにっこりと笑った。

「あとはニケさんよろしくでーす」
「ったく」

呆れながらニケは立体起動で出てくるだろうその先へと飛んで行った。
は小さく嘆息する。
自分の役目は終わった。
そして建物の屋上から深く被ったマント越しに辺りを窺う。
階段の根本で誰かが様子見をしているのが見て取れた。

「やれやれ覗き見とはやることが相変わらず無粋だなぁ」

予想通り、調査兵団と例の3人組が接触する事は想定しているようだ。
足下では名ばかりの駆け引きが行われていた。

「ようこそ、マリオネットのお三方」

悲しげに呟いたは、今後の行動について思いを馳せた。
























































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2020.9.17