ーー鬼の霍乱ーー



















































































































鬼の霍乱。
いつもは健康で丈夫な人が病気になる例えを指して使われる。
確かに自分も健康な部類で、そこまで風邪だってひかない。
何より体調管理はプロとして常識。

「ゴホッゴホッゴホッ!」
(「うー、苦しい・・・」)

・・・なのだが、今回はやらかしてしまった。
依頼が立て込んでいたので、多少の不調なら構わないと押して進めてしまった。
結果、風邪が悪化してしまった。

「ゴホッ!ゴホッ!ゴホッ!ゲホッ!」

反射とはいえ、忌々しい。
胃が空なのにえずいて内臓が出そうだ。
睡眠を取ろうにも、少しすれば咳で目が覚めろくに寝れず悪循環のループ中。

(「全くもう!女子にあるまじき咳だわ。
さっさと寝たいのに寝れないし!」)

どうにか呼吸を落ち着かせながらも、思考はこれでもかと目まぐるしく回る。
薬は飲んだし、どうにか食事も片付けた。
あとは睡眠を取って回復させたいというのに・・・

「っ!ゴホッ!ゴホッ!ゲホッ!」

その矢先にこれだ。
楽な体勢を探して、先ほどから何度寝返りを打ったか。
咳が酷過ぎて喉が痛い。
額に当てた手の甲が熱い。
熱もぶり返してしまっただろうか。

(「もー、最悪。ままならなくてすんごいストレスだ・・・」)

呼吸に無理矢理意識を集中させ、咳をしないように反射を押さえつける。
そう、そのまま咳を奥に押しやって忘れてしまえばいい。
そして自分はゆっくりと睡眠をーー

「ぐっ!ゴホッ!ゴホッ!ゲホッ!」
(「あーもう!!」)

























































































































どれほど時間が経っただろうか。
気付けば、いくらか眠れたらしい。
咳で起きなかった事に、身体は先ほどよりも少し楽だ。

「!ゴホッ!ゲホッ!ゲホッ!」
(「けど止まらないのよね」)
「あれま、すんごい辛そうな咳ねぇ」

幻聴か?
ついに耳まで異常を来たしてしまったのだろうか。
あり得ないはずと思いながら、どうにか視線を動かせばドアの近くにその人物が立っていた。

(「どーしてここに・・・」)
「あー、喋んなくて良いから。
仕事終わってハリーんとこ顔出した帰りに寄ったのよ」

こちらの表情を読んだのか、レイヴンはそう言うとベッド横の椅子に腰を下ろした。
普段なら何かしら小言を言い返してやるが、今は喋れば間違いなく体力を削る。
仕方なくはサイドテーブルに置かれた紙にペンを走らせた。

『感染るから帰って』
「えー、お見舞いに来たのに酷くない?」
『寝てれば治るし』
「その割に咳止まってないじゃないの。それに・・・」
「!」
「ほーら。熱上がってきてるわよ」

の額に手を当てたレイヴンは口を尖らせる。
確かに、その手が冷たくて心地よいと感じた。
何より寝起きの今、着ている服が汗ばんでるのが分かった。

(「ぶり返したなんて最悪・・・」)
「薬は?」
『飲み切った』
「ちょっとちょっと、どうんのよ」
『朝一で貰いに行く』
「その身体で!?無理しちゃ悪化でしょ!」
『このままでも悪ーー』
「ゴホッ!ゴホッ!ゴホッ!ゲホッ!」

今までで最大の反射に思わず横になっていたベッドから起き上がった。
胸元を押さえながら、どうにかやり過ごす。
喉のじんわり焼けるような痛みにうんざりしながら、は呼吸をどうにか整える。

(「あーもう!あーもう!最悪・・・」)
「ちょ、ちょっと、大丈夫じゃないんじゃないの?」
(「大丈夫だってば」)

とは喋れず、視線で睨み返すに留める。
それにレイヴンはうっと身を引くが、再び襲われた激しい咳にはベッドの上でぐったりと三角座り。
それがひと段落したところで、は深々と息を吐いた。

「い、生きてる?」
『これくらいで死なない』
「だ、だってね・・・」
『だから感染る前にーー』
「ゴホッ!ゴホッ!ゴホッ!」
「わ、分かったから!はしっかり休んで・・・
って!寝汗ひど!着替えないとぶり返すじゃないの!」
(「んなの知ってるわよ・・・」)

身体が怠くなかったらとっくに着替えてる。
背中をさすっていたレイヴンの焦りにさえたいした反応ができない。
筆談の余力も無くしぐったりするにレイヴンはやっと腰を上げた。

「着替える前にタオルでも持ってくるわ」
(「それは有難いわ」)
「そんでもって、コレ。飲んどいて」
「?」

渡されたのは小さな紙袋。
中を見れば、明日貰いに行く予定のものだった。

(「この包装、もしかして・・・」)
「ハリーから連絡貰ってね。
下町のあの爺さんから薬貰ってきたのよ。
まさかがこんなに酷い状態とは思わなくてね・・・時間かかって悪かった」
「・・・」
「じゃ。ちょっとだけ待ってなさいな」

慌ただしくレイヴンは出て行った。
残されたは紙袋の中にある薬を取り、枕元に置いていた水で飲み下した。
さっきまでは最悪な気分だったが、今はじんわりと温かい。

(「早く治して復活しないとな・・・」)

心配をかけた申し訳なさと、気遣いへの感謝。
ハリーはきっと表面は繕いながらも、レイヴンに向けた指令には動揺が出てただろう。
あの先生は今の自分を的確に読んで小言を言いながらもレイヴンに薬を渡してくれただろう。
レイヴンにも心配をかけた。
戦闘のような一瞬が命運を分けるのではない、ゆっくりと命が脅かされる病は当人も周りも蝕んでいく。
身内がそうだったのが日常だったからこそ、は自分の周囲がどんな心境なのかがよく分かっていた。

(「ハリーには仕事で返す、先生には小言を聞きに菓子折り持参で挨拶。
レイヴンはどうしようかな・・・」)

その当人が戻るまでの間、はぼんやりと考えながら再びベッドに横になるのだった。

























































White dayなのに管理人の時事ネタになってもうた。。。


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2020.3.14