ーー薄氷の一刻ーー

























































































































熱気と冷気の間にあるちょうど良い環境の洞穴で、は一人腰を下ろしていた。
と、そこへとてとてと小さな足音がやって来た。

「おかえりなさい、ムルジム。
一人ですか?」
『ええ。彼は奥の方まで見てきたいそうよ』

の足元にちょこんと座れば、眠たそうに一つ欠伸をこぼした。
ポテっとした丸いフォルムの四足歩行動物。
世間的には猫と呼ばれる動物から返された声に驚く事なく、は仕方ないとばかりに肩をすくませるに留めた。

「こんな場所じゃ大して見る場所もないでしょうに。
何を期待してるのやら・・・」
『強い業魔が居るかもしれないって』
「全く、相変わらずね」

困ったようにひとしきり笑い終えれば、辺りには遠くから響く大地の脈動と吹雪のかすかな叫び。
何をするでもなく、周囲の自然の音に耳を傾けていたに小さな声が問うた。

『どうなるのかしら・・・』

独り言だったかもしれない。
しかしこの場にいるはずのもう一人とずっと行動を共にしていた彼女がわざわざこちらに聞こえるように言葉にするとは思えない。
何となく不安が見え隠れする声に、はそうですね、と前置きし続けた。

「以前のように、シグレの気まぐれで手を引きはしないのは確かですよ。
今回は間違いなく、生死がはっきりする勝負になるでしょうね」
『・・・あなたはそれで良いの?』
「はい?」

問われた意味が分からず、きょとんとすればムルジムから呆れたような視線が返された。

『人間社会じゃ、大事な相手には死んで欲しくないって思うんじゃないの?』
「あぁ・・・そういう事ですか」
『それ以外に何かあるの?』
「ふふ、すみません。
ムルジムの方が私よりよっぽど人間らしいですね」

再び笑ったは、すぐに笑みを消すと抱えた膝の上に頬を付き続けた。

「まぁ私とシグレが居た世界は生か死かのどちらかしか無いのが当たり前の血生臭い世界でしたから。
勝負となれば尚の事。
だから、今更、その事に対しては特に思うところはありません」
『・・・そう』
「でも・・・そうですね。
あなたが言うように、もしシグレが膝を突くことが・・・」

その先は続くことなく、は口を閉ざした。
自身で言っておきながら気付く。
もう一つの可能性も常にあった事に。
ただ、強者であったがため今更ながらやっと気付いた。
身動きを止めてしまったに、怪訝顔となったムルジムは数歩近づいた。

?』
「・・・いえ、約束破った人にはずっと嫌味を言ってやることにしますよ」
『?何のーー』
「あーつまんねぇ、戻ったぞー」

荒々しい足音がムルジムの続きを遮った。
大剣を担いで現れたシグレは不機嫌さを隠さず腰を下ろしたかと思えば、そのまま不貞寝するように横になった。

「ったくよ、わざわざ奥まで行ったのに雑魚ばっかだ。
肩慣らしにもなりゃしねぇ」
「それはとんだ空振りね。肩慣らしの相手でもしましょうか?」
「あー・・・いや、楽しみは後に取っておくぜ」
「そう」
「無駄な運動した所為で腹減ったな。
、何か持ってるか?」
「携帯食に手を加えればお腹膨れるくらいにはなるかな。
準備するわ」
「おぅ、頼んだ」

腰を上げたは洞穴を後にする。
それを見送ったムルジムは、横になったままのシグレに据えた視線を送った。

『・・・』
「ん?何だよムルジム。妙な顔しやがって」
『はあぁ・・・別に何でもないわ』
「おま、人の顔見るなりため息つくとか感じ悪ぃな」
『・・・』
「無視かよ」
「お待たせ〜、後は火にかけて・・・あれ?ムルジム何処かに行くんですか?」

入れ替わるようにトテトテとの横を歩き去ったムルジムは、素っ気なく返した。

『ここじゃ少し寒いしゆっくり寝れそうもないから場所を移すわ』
「そうですか。
食べ終わったら呼びに行きますね」

見送り声に尻尾を振って返事を返したムルジムを見送り、は再び腰を下ろす。
と、目の前には不貞寝していたシグレが、戻ってきた時よりも増した不機嫌顔で胡座をかいていた。

「そんなにお腹減ってたの?」
「違ぇ、ムルジムが因縁つけてきやがった」
「因縁って・・・まさか」
「人の顔見るなりため息つけられたんだぞ」

口を尖らせるシグレに、何となくそんな態度の理由にも思い当たり、は困ったように笑った。

「睡眠妨害された腹いせじゃない?
戻ってきた時、彼女の近くで乱暴に座ったから」
「そりゃ・・・まぁ、そうだったか」
「食べ終わる頃には機嫌も直ってるよ。
はい、とりあえずお茶ね」
「おぅ」

差し出した竹筒を受け取ったシグレは栓を外して、ほぼ直角に傾けた。
決戦が明日に控えても、いつもと変わらないその様子。
妙な気になっていた自身の内心がそれだけでいつも通りに凪いでいく。
たとえどのような結果となったとしても、これなら受け入れられる気がした。
































































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2021.08.09