「ねぇねぇ、どうしてマールスはカンタビレの副官なの?」
「・・・唐突だな」
「だって、歳的にはマールスが師団長って感じ?」
「噂じゃカンタビレとは10個以上離れてるんだったよな」
「なら余計考えられないよね〜」
所用でダアトを訪れていたマルクトからの使者ガイと、たまたま居合わせたアニス。
2人からの問いにマールスは小さく嘆息した。
「・・・昔の話だ」
ーー魅せられた背中ーー
ーー12年前。
メジオラ高原深部。
(「何て事だ・・・」)
単なる魔狼の討伐だったはずが、突然現れたブレイドレックス。
指揮官は死に、隊員は散り散りに部隊は壊滅。
ブレイドレックスが未だ潜んでいる気配に、救援を出す事もできない。
(「だがどの道、動けんか・・・」)
逃げる途中、引っ掛けられた反動で右足があらぬ方向へ曲がり、肩から落ちた所為で関節が外れたようだった。
激痛は過ぎたが、それがかえって危険だということも理解している。
しかし、動きようがないものは仕方がない。
ーードーーーンッ!ーー
『く、来るな!』
『誰か、たすけ』
『がぁっ!!』
(「くそっ、俺は見ているしかできないのか・・・」)
声からしてまだ若い事が分かる。
兵士としては新人だろう若者が命を失っていく音。
何も出来ない事に無力感が募る。
音が状況を伝えてくる。
逃げ惑う音、追いかける魔物の音、そして次々と命を噛み砕く・・・
『ひっ、誰か・・・誰か助けてくれぇっ!』
「剛・魔神剣!!」
ーーギャャャャャ!ーー
身体が動かないというのに思わず放ってしまった一太刀。
利き腕でなかったというのに当たったのは幸運の一言に尽きた。
腹に響くブレイドレックスの咆哮に、冷や汗が流れ落ちる。
そして鋭い捕食者の瞳がこちらを向いた。
「あ・・・マールス、副」
「さっさと逃げろ!」
一喝すれば、新兵は足をもつらせながら逃げ出し、目の端から消えていく。
それを見送れなかったのは、ブレイドレックスとの睨み合いが続いていた為だ。
一瞬でも目を離せば、ヤツはすぐに襲い掛かってくるだろう。
(「・・・時間の問題だな」)
互いの牽制も、そう長くは続かないだろう。
こちらが動けないと分かったら最後、容赦なくあの牙で引き裂かれる。
と、ヤツがそろりとこちらとの距離を詰めてきた。
不味い、このままでは・・・だが・・・
(「・・・ここで少しでも食い止められれば他にも助かる奴が増えるかもしれんか」)
ならばここで果てる意味もあるというものだ。
ブレイドレックスは徐々にこちらに近付いてくる。
荒々しい息遣いまで感じ取れた時、自分の命運は決したと目を閉じた。
ーーギィーーーン!ーー
「!?」
「おいおい、とんだ死にたがりだな」
突如、目の前に現れたのは翻った暗紫の髪。
自分よりもかなり若い声。
何より驚くのはブレイドレックスの一撃弾き返した事だ。
このような者が同じ部隊に居たとは・・・
「あんた確かこの隊の副官で、マー・・・マッスル響士?」
「マールスだ」
おーそれそれ、と呑気に応じるその者。
と、怒りを増したブレイドレックスがこちらへと迫る。
「おい、さっさと負傷者を連れて逃げろ。
こんな俺でも時間稼ぎにはなる」
「はあ?あんた自分を犠牲に他の奴等を助けるってのか」
「そうだ。だから早」
「ざけんじゃねぇよ」
若者はとても不機嫌に吐き棄て、ブレイドレックスに向き直った。
「死にたがりなら、俺のいない所でくたばりやがれ。
俺の目の前で勝手に死なせてやらねぇよ」
「・・・」
その者の背を押すように荒地の風が吹く。
そして、迫り来る巨体に斬光が煌めいた。
ーーグギャャャャャ!!ーー
土埃が舞い、ブレイドレックスは角を斬り落とされ怯んだようにこちらと距離を取る。
痛みにもがく度に周囲に血飛沫が飛ぶが、若者は動じる事なく相手の出方を待つ。
そのまま去るかと思ったが、まだこちらの隙を窺っているようだ。
「ったく、しつけー奴だな」
「もういい。お前も俺を置いて早く」
「自殺志願者は黙って喋ってろ」
ピシャリと言い捨て、若者はゆっくりとブレイドレックスに向かっていく。
何を考えている、と叫ぼうとした時だった。
「今だ!」
ーーパンッ!ーー
ーーパンッ!ーー
ーーパンッ!ーー
突如、破裂音と共にブレイドレックスめがけ三方向から魔物捕獲用の網が撃ち込まれた。
突然の出来事にブレイドレックスは怒り狂ったように身を捩る。
だがますます網が絡み付くばかりで、徐々に動きが鈍っていく。
(「何だ、一体どうなって・・・」)
「次、譜術士全員、脚を集中攻撃。砲撃手、目を潰せ」
ーーグ、ギャ、ャャーー
「終いだ、奴が倒れたと同時に総攻撃」
ーーズーーーンッ!ーー
言った瞬間、ブレイドレックスはまるで重力に押し潰されたかのように身体を地面に崩れ落とした。
すると、部隊の生き残りらしい若い兵士が手にした剣を持ち次々と魔物に剣を突き立てる。
次第に、ブレイドレックスは完全に動きを止めた。
脅威が去った。
それは若い兵士に伝わり歓声が上がる。
「ったく、とんだ魔狼狩りだ。指揮官ならあんなのが居るくらい作戦に盛り込んどけっつーの」
若者の痛烈な皮肉に、マールスはようやくその者の顔を見た。
光の加減で紫ががって見える艶やかな黒髪。
左目を隠すように流れる長い前髪、切れ間からのぞくアメジストの瞳。
凛とした雰囲気に似合う面構えをしている。
「残念だったな、自殺志願の副官殿」
「お前が指揮したのか?」
「あんたの目がフシ穴じゃなきゃ、そうなるだろうな」
「・・・よく、やってくれた」
「は!部隊の半分しか残らねぇでどこが『よく』なんだよ。喧嘩売ってんのか?」
「い、いや!そういうつもりで言った訳ではない。
下手すれば全滅だった所を、半分もお前は救ってくれた。礼を言わせて貰う」
「要らねぇよ。んなつもりで助けた訳じゃねぇ」
ついと視線を背けた姿に、ようやく肩の力を抜いた。
助かった。
何より、全滅を免れ若い命が無駄に散る事も防げた。
この若者のおかげだ。
「おい、んな事よりさっさとあのバカ騒ぎを止めさせてとっとと撤収宣言しろよ。
生き残りでお偉いさんはあんたぐらいみたいだからな」
ったく、他の魔物に襲われたいのかよ、と苦言を零す後ろ背にマールスは呼び止めた。
「お前、名はなんと言うんだ?」
「カンタビレだ」
それだけ言うとカンタビレは、騒ぐ兵士らへと歩きだし手近な者達に指示を出し始めた。
それを見送るしか出来ないマールスは深く息を吐いた。
ブレイドレックスと対峙したあの時。
怯ませた一太刀。
その後ろ背に見惚れた。
身の丈が何倍もある魔物と対峙しても、退けてしまうその力。
敗走する兵を律し、脅威を打ち倒した手腕は指揮するに値する器を見せつけられたようだ。
・・・自分には持ち得なかった、求めても届かなかった。
憧れに近い嫉妬するほどの才・・・
「そういや、副官殿も相当な深手だな。
ヒーラー呼ぶか?」
いつの間にか戻ってきたカンタビレの言葉に、マールスは我に返ったように首を振る。
「いや。町まで行けるよう固定だけでいい、他の重傷者を優先に・・・」
「昇進すっとやせ我慢が趣味になんのか?
あんたの足、放っておいていい状態じゃないだろうによ」
「っ!」
手早く応急処置をしながら、カンタビレは容赦なく傷口を縛り上げた。
顔を顰めるマールスに今度はその手が差し伸べられた。
「おら、あとはあんたが動くだけだ。
俺如きの肩で文句言うなよ副官殿」
「・・・いや、助かる」
兵士にしては細いその手を取り、カンタビレの肩を借りたマールスは歩き出す。
歩を進ませながら、心は決まっていた。
死線を目の前にしても、傷付いた者を見捨てずそれをやり遂げた、自分がいくら求めても手が届かなかったものを持つこの者を・・・
「なぁ、カンタビレ」
「んだよ?くだらねぇ事言ったら落とすぞ」
「お前が俺より上になったら俺が副官になってやる」
「なんだそれ。普通は逆じゃねぇのか?」
「お前は上に立つべき男だ」
「おー、そーかよ。
ま、確かに観察眼はあんたよかあるだろうしな」
含みのある笑みにマールスは首をかしげるが、カンタビレはその理由を話す事なく町への帰路へついた。
≫後日談
ーー数日後。
「元気そうだな、副官殿」
「ああ、腕の良いヒーラーのおかげでな」
「そりゃ何より。んじゃ、この間の報告書にサインしてくれ」
「それは構わんが・・・」
「?」
「・・・すまん」
「は?なんの謝罪だよそれ」
「いや・・・俺が勝手に勘違いしてしまってな。
何分、あのような任務では男所帯が普通だし・・・」
「・・・あー、はいはい。
気にすんな、むしろそういう勘違いしてもらった方がこっちはとしては都合がいい」
「・・・そういうものか?」
「そういうもんだ」
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2016.8.4