ダアト、某日。

廊下に響くのは一つの足音。
すでに通い慣れている目的地に向け、薄暗い回廊をローワンは歩いていた。
場数を踏んでいるため、どんな状況でも動揺することは無くなった今日この頃。
先日、神託の盾騎士団の特務師団長の任も(面倒だが)ありがたく拝命した。
これから向かう先は無愛想な上に少々短気だが、腕だけは立つ同僚の所だ。
寝てる事はないだろうから、さっさとこっちの用事を済ませるとしよう。
ついでに食堂にも一緒に付き合ってやるか。
そんな事を思いながら、ローワンは目の前の扉を押し開けた。

直後に起こる衝撃な出来事を、この時のローワンに知る由はなかった。



















































ーー変わらぬ関係ーー




















































ーーガチャーー
「おー、カンタビレ。来週の任ーー」

言いかけたローワンはそのまま硬直した。
目の前には、着替えかけの同僚。
いや、別に野郎の裸なんて見たって何の感慨も起きやしない。
むさ苦しいだけだ。
が、目の前のは様子が違う。
自分とは異なるラインを持つ同僚の姿。
上半身を覆うのは、俗に言う(いや、そう言うとしか知らないが)"さらし"を巻いている姿。
"さらし"なんて男には不要の産物。
何より、その"さらし"の上から否が応でも分かる、なだらかな膨らみ。

「・・・」
「・・・」


どれほどの時間が経ったか。
いや、きっとそんな大袈裟に言う程経ってはいまい。
さらしを巻き終えたカンタビレは、袖の無いいつものアンダーを着込むと何事も無かったように話し始めた。

「お前には一般常識ねぇのか、ローワン。
ノックぐらいしやがれ」
「・・・」
「はぁ・・・」

先ほどから微動だにしないローワンに、面倒そうに溜息を吐いたカンタビレは、固く握った拳を振り下ろした。

ーーゴンッ!ーー
「でっ!!」
「いつまで固まってる阿保」

脳天を直撃した衝撃に沈んだローワンは、痛む頭を抱え涙目でカンタビレを見上げた。

「お、おま・・・お、お、おん!?」
「動揺しすぎ
ーードゴンッ!ーー
「んごっ!!
っ〜〜〜っ!するだろ!お前がし無さ過ぎだ!!」
「女の裸なんざ見たことあるだろうが。
ギャーギャー騒ぐな、餓鬼じゃあるまいし」
「そりゃ、何度も・・・じゃねぇ!
そう言う問題じゃなくてだな!」


追撃のニ撃目にさらに涙目になりながら、ローワンが吼える。
それを迷惑顔で見返したカンタビレは、何事もなかったように下ろしていた後ろ髪を結いながら続けた。

「で?来週の任務がどうしたって?」
「ここで話を戻すか!?」
「戻すだろ。
お前が来た用件はそれだろうが」
「うっ・・・そ、それはそうだが・・・」
「はぁ・・・」

再び溜め息をついたカンタビレは、そばに立て掛けてあった愛刀を手にした。
そして、

ーーギィーーーーーンッ!ーー
「ちょ!何故に斬りかかるんですの!」
「阿保の目覚ましだ」
「も、モーニングコールにゃ激しすーー」
「こう言うの好きだろ」
「お前の中での俺のイメージ!」
「感謝していいぞ、親切心で斬り捨ててやろうってんだ」
「さっきと言ってる事違ってますが!?」
「安心しろ。掃除が面倒だからこの部屋で首は飛ばさん」
「そういう問題じゃ、ねえ!」
ーーギィーーーーーンッ!ーー


押し返してきたローワンに、カンタビレは体制を崩す事なく睥睨も変わらずに見下ろす。
たいした対峙時間でもないにも関わらず、妙に荒い息遣いのローワンはそのまま崩れ落ちるように、頭を抱えて蹲った。

「頭冷えたか?」
「・・・俺、トラウマになりそうだ」
「喧嘩売ってんのか?買ってやるぞ」
「ごめんなさい。何でもないです」

即答で平頭したローワンにカンタビレは愛刀を鞘に収める。
そしてブーツの紐結びながら、最後の身支度を整えるカンタビレにローワンは椅子の背もたれを前に寄り掛かりながら、その背中に聞いた。

「なぁ」
「なんだ」
「教団は知ってんのかよ?その・・・」
「書類を偽造した覚えはねぇ。
周りが勝手に勘違いしてるだけだ」
「いや、だが任務とかでよ・・・」
「弊害が少しでもあったか?」
「・・・あー・・・」

そういえば無かった。
聞いておいてなんだが、自分でさえ全く気付かなかった。
日頃から、観察眼が無さ過ぎると言われ続けていた意味が、ようやく分かった気がした。
というか、それらしい片鱗を見いだせなかった訳だから、見抜くのだって無理だろう。
と、思う訳だがコイツにしてみたらそれは単なる言い訳と切り捨てられるのが落ちだろうが。

「お前、色んな意味でおっかねぇ奴だな」
「そりゃどーも」
ーーパタンーー

素っ気なく返したカンタビレは、いつの間にか部屋のドアから姿を消した。

「って!おいコラ!迎えに来てやった俺を置いてくな!!」

部屋の主を追いかけるように、ローワンは慌ててその背中を追った。
これではこっちが出向いた意味が全くない上に、目的を果たしていない自分が激しく間抜けだ。

「おい、カンタビレ!待ちやがれ!!」
「うるせぇぞ、近所迷惑だ」
「誰の所為だ!」
「お前がちんたらしてるからか?」
「ちっげーよ!」
「だからうるせぇ」

ようやく隣に追いついたローワンは、颯爽と歩くカンタビレの横顔をしげしげと見やる。
その視線に気付いたのか、同僚のはずの相手に向けるにはいささか棘のありすぎる鋭い眼光で睨み返される。

「はぁ・・・お前やっぱ、カンタビレだな」
「阿呆か、んなの当たり前だろうが」

ぴしゃりと言い返される。
いつも通りと言えるやりとり。
同僚の衝撃的な秘密を知った訳だが、やはりこいつは変わらない。
無愛想な上に少々短気だが、腕だけは立つ同僚。
正体がどうであろうと、『カンタビレ』であることに変わりはない。
ま、久々に受けた動揺は確かだが、それは徐々に可笑しさに変わっていく。

「だはっはっはっは!そりゃそうだ!
よっしゃ、さっさと飯食って俺に付き合え!」
「今すぐ肩に回した腕どかさんと斬り飛ばすぞ」

ドスの効いた声にもめげる事無くローワンは笑い飛ばす。
廊下を歩く他の者らが、対照的かつ不穏な雰囲気の二人に思わず道を譲る様すら笑いを増長させるしかない。
こんな奴が同僚であれば、この先も退屈する暇はないだろう。
そう、ずっとこの先も・・・



















A Happy New Year品

Back
2018.1.2