ーーTOA No.50 別れ、信じることーー














































































































肩で風を切る勢いのまま、カンタビレは研究所の外へと出た。
海に近い為か、頬を撫でる風には潮の香りがわずかに混じる。
今回の長旅に同行することになって海は何度も越えていたが、長く内陸のエンゲーブでの生活だったこともあり鼻につくこの香りにはまだ慣れなかった。

「はぁ・・・」

重いため息を一つこぼしたカンタビレは手近な壁へと背を預け、腕を組んだまま思案に耽る。
と、吹き出していた雑念を心の底に押し込めた頃に、後を追ってきたらしいガイが気遣わし気に声をかけた。

「大丈夫か?」
「なんの心配だ」
「いや、いつもと様子がおかしかっただろ。あのスピノザって奴と何かあったのか?」
「別に何もねぇよ」
「その割に普段のお前らしくもなかっただろ?」
「人の事言えた義理かよ」
「ははは、まぁ、そうかもな・・・」

鋭い切り返しにガイも図星なのか乾いた笑みを浮かべ、それ以上の追及を諦めたようだった。
両者の会話は止まり、並んで他のメンバーの到着を待つ形になる。
重い空気になるもカンタビレは気にしていなかったが、ガイの方が意を決したように口を開いた。

「・・・なぁ、カンタビレ」
「なんだ」
「あんたは・・・」

即座の応じに言葉を続けようとしたガイだったが、急に勢いを無くしたようにそのまま首を振った。

「・・・いや、何でもない」
「歯切れ悪ぃな、らしくねぇ」
「お互い様さ」
「俺は何もねえっつってんだろ」

不機嫌さを増したカンタビレの低い声に、ガイは軽い調子で悪い悪いと返した。
だが、カンタビレの目の端に映る、青年の表情に落ちる影。
魔界クリフォトから時折見せていたそれに気付いていたカンタビレは一つ息を吐くと、ガイと代わるように続けた。

「・・・奇しくも7年振りに本当の主人と再会した心境なんざ知らねぇが」
「!」
「今更仕える相手への心持ちをコロコロ変えるな」

カンタビレの鋭い視線から逃れるように、ガイは不服そうな表情で口早に応じた。

「そんな事分かってーー」
「ならあれに向けてるあからさまな態度はどう言い訳する気だ?」
「・・・」
「ガイがどんな腹の内かなんざ、知る気も無ぇが・・・」

そう言ってカンタビレは真っ直ぐにガイを見据えた。

「半端のまま、あれに接するのはやめろ。傍目に見てて不愉快だ」
「カンタビレはアッシュの味方か」
「敵味方の話しなんざして無ぇよ。仕えていた相手がすり替わってたところで、お前が抱いていた敵意を片方にだけ向けるのはセコイって話だ。
どっかの感情をぶつけるしかできない餓鬼じゃあるまいし、お前なら少しは腰落ち着けりゃ、分かることじゃねぇのか?」
「・・・さて、ね」
「頑なになろうが構わねぇが、てめぇの筋は曲げんことだ」
「・・・」
「ま、俺の独り言だ。イオン様に害が及ばない限りどちらにしろ俺には関係無ぇ話だ、勝手にやってくれ」

突き放す言葉に両者には再び沈黙が下りる。
と、ガイが口を噤みしばらくして研究所の扉からアッシュらが出てきた。その中でもイオンの顔色が悪い事に、すぐにカンタビレは歩み寄る。
そして沈黙に包まれる重い空気の中、イオンが恐る恐るというような感じで口を開いた。

「あなたが、フォミクリーの発案者だったのですね・・・」
「はい。フォミクリーが持つ数々の問題点、それを無視してでも行いたい事が、かつてはありました。
・・・若かったのでしょうね。私も」
「ジェイド・・・」

いつもの軽薄さが鳴りを潜めた、自嘲めいた笑みを浮かべるジェイドに対しやるせない表情を浮かべるイオン。
それを間近で見ていたアニスが気遣うように声をかけた。

「大丈夫ですか、イオン様?顔色が悪いですよ?」
「いえ・・・大丈夫、大丈夫です・・・・・・ただ、ちょっとびっくりして・・・」
「大丈夫な顔色ではありませんよ、あちらに移動して少しお休みください」

有無を言わさず、カンタビレはイオンの手を引くとベンチへ移動させる。
他の皆もやっと衝撃から立ち直ってきた中、イオンに続き今度はガイがジェイドに鋭い視線を向けた。

「詰まるところ、あんたがフォミクリーを生み出したから、ルークが生まれたって訳か・・・」
「ガイ、感情的になるのは分からんでもないが相手を間違えるなよ」

普段はジェイドを庇う類のことをしないカンタビレのやや険を滲ませた反論に、アッシュが割入った。

「随分肩を持つんじゃねぇか、カンタビレ?」
「気っ色悪い事を言うな。内輪揉めしてる場合じゃねぇって言ってんだよ、アホが」
「なっ!?」
「そもそもお前にフォミクリーをかけたのは、ジェイドじゃなくヴァンだろうが」
「それは、そうだが・・・」

カンタビレの間髪入れない反論に言いくるめられたアッシュは反論できず、小さく舌打ちをついた。
今まで秘された事実に皆の浮足立つ様子は仕方なかったが、カンタビレはそもそもこの地に来た当初の目的に話を戻すように、盛大にため息をついた。

「にしても、大したことは分からず終いか。もう少しマシな情報が出るかと思ったがとんだ空振りだったな」
「ヴァンはレプリカ情報を集めてどうするつもりなのでしょう?」
「そりゃ、レプリカを作るんだとは思うけど・・・」
「あの野郎がそんな単純ならここまで苦労はしねぇ」

忌々しそうに吐き捨てたカンタビレは、乱暴に頭を搔いた。
出揃っている情報ではやはり思惑の先を行くことは難しい。
もっと確実な情報が欲しいところだったが、これ以上探るとなるとどこをあたったものか、と思案に暮れていたその時。

「・・・ワイヨン鏡窟に行く」

出し抜けにアッシュが告げた言葉に一行の視線がアッシュに集った。
が、一人その言葉に引っかかりを覚えたカンタビレだけは思案を深めた。

(「なんだ・・・どこかで、聞き覚えあるような・・・」)
「そこに何かありますの?」
「レプリカについて調べるつもりなのでしょう。あそこではフォミニンが採れるようですし、それに・・・」
「それに?」

言いかけたジェイドに、ナタリアは続きを促す。
が、明確に答えることなくジェイドは眼鏡を押し上げながら当たり障りのない言葉を選んだ。

「・・・まあ、色々と。
ラーデシア大陸ならキムラスカ領。マルクトは手を出せない。ディストは元々マルクトの研究者ですから、フォミクリー技術を盗んで逃げ込むにもいい場所です ね」

言葉を濁したジェイドに、やっとカンタビレは合点がいった。
と同時に気力が一気に削がれた。

「・・・あ」
「どうかしましたか?」
「あー、いえ。何でも・・・」
「お喋りはそれぐらいにしろ。行くぞ」

繋がった答えをこの場では告げず、カンタビレはただイオンの問いをはぐらかす。
まるで一行を先導するように一人歩き出すアッシュにアニスが口を尖らせた。

「ぶー。行った方がいいんですかぁ、イオン様?」
「そうですね。今は大人しく彼の言う事に従いましょう」
「俺は降りるぜ」

唐突に告げられた、進行を阻む宣言。
その言葉に、ジェイドとカンタビレ以外が驚いた顔をガイに向けた。

「・・・どうしてだ、ガイ」

まるで捨てられた子犬のような目。
だが、それを気取られまいとしているのが分かる。伊達に師団長を務めてないし、短い付き合いでもない。
それに、幼い頃からガイが使用人として付き合ってたのなら彼らのそんな心情はきっと・・・

「ルークが心配なんだ。あいつを迎えに行ってやらないとな」
「呆れた!あんな馬鹿ほっとけばいいじゃん」
「馬鹿だから俺がいないと心配なんだよ。それにあいつなら・・・立ち直れると俺は信じてる」
「ガイ!あなたはルークの従者で親友ではありませんか!本物のルークはここにいますのよ」

アニスとナタリアの反論にすいと冷たい視線を向けたガイに二人は驚いたように目を見張る。
が、それに気付いたガイはふいと視線を外しさらに続けた。

「本物のルークはこいつだろうさ。
だけど・・・俺の親友はあの馬鹿の方なんだよ」
「迎えに行くのはご自由ですが、どうやってユリアシティへ戻るのです?目的の場所はここからはるか地下ですよ」
「それなら心配要らないだろうさ」

ジェイドの言葉を引き取ったカンタビレの声に皆の視線が集まる。
そしてカンタビレはそのままアッシュを見た。
お前が答えろ、とばかりな口ほどに物を言う視線を受けアッシュは渋面を作った。

「違うか、特務師団長殿?」
「・・・ダアトの北西にアラミス湧水洞って場所がある。もしもレプリカがこの外殻大地へ戻ってくるなら、そこを通るはずだ」
「悪いな、アッシュ」
「・・・フン。お前があいつを選ぶのは分かってたさ」
「ヴァン謡将から聞きましたってか?まぁ・・・それだけって訳でもないんだけどな」
「どういうことですの?」
「・・・何でもないよ。それじゃ」

素っ気なくナタリアへ返したガイは誰にも目を合わせることなく目的地へ向け皆の間を抜ける。
と、カンタビレとのすれ違いざまに小さな呟きを返した。

「悪かった」
「相手が違ぇよ」
「・・・そうだな」

薄く笑ったガイに肩をすくめるだけで応じたカンタビレは、小走りで去っていく後ろ背を見送る。
他のメンバーはアッシュにどう言葉をかけているか迷っているようで、その足も動くにはしばらく時間が掛かりそうだった。





































































































一行は再び港に戻ると、タルタロスへ乗り込み目的地を目指していた。
アクゼリュス崩落と共に姿を消している以上、死んだと思われている一行に敵襲があるはずもなく、ゆったりとした時間が流れる中、近付いてきた相手にカンタ ビレは問うた。

艦橋ブリッジにいなくていいのか?」
「ジェイドに任せてきた。問題はない」

そう言って、アッシュはカンタビレと横並びになるようにしばらく海を眺める。
甲板の上に立つ二人の間をただ潮騒だけが駆け抜ける。
海原に思いを馳せているようなアッシュに、カンタビレは再び声をかけた。

「なぁ、アッシュ」
「なんだ?」
「あいつはお前を捨てた訳じゃないぞ」
「・・・別に俺はガイの事なんかどうでもーー」
「あ?いつ俺がガイの事なんて言った?」
「っ!?」
「幼い頃の傷ってのはな、割り切るには時間がかかんだよ」

いつもなら墓穴を掘った発言にあるはずの揶揄はなく、カンタビレは静かに続ける。
その様子にアッシュは毒気を抜かれたように言葉が出ず、そのまま耳を傾けた。

「筆舌しがたい憎しみや悲しみをぶつけるのは簡単だ。そんなことはサルでもできる。
けどな、それに向き合って折り合いをつけたり気持ちを昇華していくには、どうしても時間が必要なんだよ」
「・・・何が言いたい?」

いつもの不機嫌な表情に戻ったアッシュに、水平線を眺めていたカンタビレは視線を戻すと、アッシュが初めて見た柔らかな笑みを浮かべた。

「待っててやれよ。お前、あいつのダチなんだろ?」
っ!?・・・・・・ふ、ふざけたこと言ってんじゃねえ!
ーーバダンッ!ーー

髪と見紛うほど顔を真っ赤にしたアッシュは耳障りな怒声を上げ甲板から出て行った。

「素直じゃねぇ奴・・・」

気落ちしているのが丸分かりだったから、少し慰めてやればあの反応とは。
ご立派な肩書があってもあれでは威厳が台無しだ。
アッシュに呆れ果てたカンタビレは再び海原に視線を投じ、潮騒と波が砕ける音に耳をすませた。

「・・・・・・」

そう、幼い頃の傷は深く自分の中に傷を残す。
忘れようとしても、例え忘れたとしてもそれはひょんな事で記憶の蓋を開け、カサブタだったはずの跡から新たな血を流すのだ。
その証拠にあの惨劇から20年以上も経っているというのに、この自分でさえ未だに惑わされる。

「・・・くだらねぇな」

自分にそう吐き捨て、開きかけた傷から距離を取るようにカンタビレも踵を返し船内へと戻って行った。




























































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2026.03.02