「なんとなくこうなる気がしていた。
なぁ、お前もそう思うだろ?」
「俺は・・・・・・こうならなければいいと、思ってたさ」

曇天の下、沈んだ声でカンタビレが応じれば、目の前の影はしばし笑った。

「聞かないのか?」
「聞いたところで何か変わるのかよ」
「はは!相変わらずシビアな奴だな」

そう言って、目の前の男はその姿を隠していたマントから素顔をさらけ出した。














































ーー断ち切られた絆ーー
























































互いを知っていた。
互いに命を預けて闘った。
互いを信頼している・・・はずだった。


『・・・これは』
『凶悪な連続殺人犯の捕縛状だ。
然るべき処置を講ずる事を許されておる』
『然るべき処置・・・』
『追跡の兵からの連絡もない、恐らく奴の手に掛かったのであろう』
『・・・被害者34名』
『その者の凶悪さを現す数字だ。
カンタビレ・ 、貴君に元・特務師団長捕縛の特命を任ずる。
これは神託の盾騎士団の威信もかかっておる、事は内密に運べ』
『はっ』


だから信じられなかった。
・・・いや、信じたくなかったが本音か。
噂は耳にしていて気になってはいたが、この時ばかりはやっかみの任務は煩わしかった。
そして・・・その結果がこれだ。
久しぶり見たその顔は記憶にあるよりやつれ、年齢より老い、何より昏い瞳でこちらを見返していた。

「止められねぇのか、ローワン」
「悪いな、カンタビレ」
「・・・」
「許せねえんだよ。
結婚前で、しかもこの手に抱くはずの子供まで奪われた。
それがすべて預言に定められたことだと言われて、どう許してやれってんだ」
「だから殺したのか?」
「そうだ」
「お前なら分かってるだろ。
それじゃあお前の大事なものを奪った奴らと同ーー」
「分かってる!じゃあどうしろってんだよ!!」

全てを拒絶する声にカンタビレの言葉は途切れた。
ローワンはまるで己の中の怒りを鎮めるように、深く息を吐く。

「もうオレには止められねえんだ。
腹の底から沸いてくる憎しみと怒りのまま、きっとオレはこの世界すらも壊す。
そして邪魔する奴も躊躇なく・・・」
「ローワン・・・」

ローワンは震える拳を押さえつけるように、カンタビレに縋るような視線を向けた。

「頼む、カンタビレ」
「俺は他人の業を背負ってやるつもりはねぇ」
「分かってるさ、そんなお前だからここに居るんだ」

矛盾の応酬。
そんな事、分かっている。
分かっているから、どんな困難も互いに乗り越えてきた。

「猟犬の実力、見せてみろよ」
「特務師団長の手並み拝見だ」

互いの剣を互いの急所に構え、互いに地を蹴った。
共に背を預けた時とは違う、正反対の場所へ・・・


























































剣から雫が落ちる。

「・・・」

斬られた腕から雫が落ちる。

「・・・」

それは足元に倒れた紅と交じった。

「・・・馬鹿野郎が」

もう動かぬソレにカンタビレは苦々しく吐き捨てた。
願ったのはささやかな幸福だった。
ぶっきらぼうな字で受けた報らせには、手短な日取りと、絶対来いという相変わらず自分勝手な文字。
だから分かっていた。
幸福から絶望に突き落とされたローワンの心情も。
それ故にローワンが犯した復讐も。
そしてそれが転じて世界に、世界すらも破壊しようとする考えも。
似た痛みを負っている自分だから・・・
けど・・・

「満足そうな顔、しやがって・・・」

降り出した雨にカンタビレの絞り出した声は掻き消えた。

















































「・・・以上が、今回の任務の報告となります」

淡々とカンタビレは語り終えると、大きなため息が響いた。

「苦労を、かけました」
「これが仕事です」
「辛かったですね」
「ですから・・・」
「あなたがわざわざ受ける事もなかったはずです」

そう言い切ると、疲れた声はさらに老いたように沈んだ。

「此度の任、命じた者にも少しは配慮するようーー」
「エベノス様」

遮るようにカンタビレは言えば、エベノスの反論の色を見て先に語る。

「確かにローワンとは気が合っていました。
控えた結婚式の招待も受けていたのは事実です」
「ではーー」
「しかし、特務師団長という実力と渡り合え、これ以上の犠牲を出さない為の選択であれば、それは私が適任でした」
「・・・」
「あいつの実力はそこらの奴では敵いませんよ」
「・・・すみません」
「こちらこそ、お気遣い感謝致します。
では御前を失礼致します」

カンタビレは立ち上がり、導師執務室を出ようとした。


「!」
「私が取立てた為に、要らぬ不快をあなたに与えているのかもしれない。
ですが、友の為に悼む時間は誰しも必要だと私は考えます」
「・・・」
「無理を、していませんか」
「・・・卑怯な御方ですねエベノス様」
「年の功です。悼む事が叶わないほど悲しい事はありません」

カンタビレーー は、小さくため息を吐くとくるりと振り返った。
そこにはこちらをさも心配、という表情をした歳の割に老いた顔がそこにはあった。
観念したように は口を開く。

「私は、エベノス様に取立てていただいた事を有り難く思ったことしかありませんよ。
それに、今休むと余計に気が滅入るので、忙しい方が私には救いです」
「・・・あなた強過ぎる」
「エベノス様の気遣いがあるからこそ、私は強く在れます」
「ローワンの為に泣いてあげないのですか」
「流す涙は・・・
いえ。悼みならここで十分にしていますから、ありがとうございます」

胸の前に片手を当てた に、エベノスは僅かに表情を和らげた。
それを見て は仕返しとばかりに腕を組んだ。

「エベノス様こそ、以前より生気が薄いですよ。
私の事より、しっかり休んでください」
「・・・ええ、分かっていますよ」

困り顔で笑うエベノスに は小さく笑う。
そしてすっと表情を改め敬礼を返した。
扉が閉まる音が消えると、部屋には静寂が訪れる。

「はぁ・・・流石はあなたの娘ですね、本質を見る慧眼、見事なものです。
私はあなたの愛する娘に、また失う苦しみを背負わせてしまわなければいけないとは・・・」

椅子にその身を預け、エベノスは悲しげに呟く。
出会って7年。
衝撃的な出会いだった事は確かだが、自分の元を去った者の娘だという事も驚かせた。
理由も告げずに、ただ任を辞する事を詫びて・・・
去り際の悲しげな横顔だけが気掛かりだった。

「すみません・・・・・・シェキーナ、

大衆の頂点に立つ導師は赦しを請うように、ただ・・・繰り返す事しかできなかった。









































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2016.10.1