白銀の街 ケテルブルク。
懐かしさと胸の痛みが残るその街で、カンタビレはかつての友と再会を果たしていた。

「久しぶりだな、ネフリー」

砕けた挨拶をすれば、返されるのは柔らかい笑み。
昔と変わらず、相変わらず知性を感じる美人だ。
同じソファに並んで座ったカンタビレの前に、細い指でティーカップを置いたネフリーはふわりと笑みを返した。

「そうね、何年振りかしら」
「思い出さないとならないほど振りってことだな」
「ふふ、そうね」
「ま、連絡のタイミングが良かったよ。
国境境で仕事を片付けた帰りだったからな」
「・・・また紛争?」

不安げに揺れるネフリーの表情にカンタビレはしっかりと首を振った。

「いや、今回は単なる賊の討伐だ。
場所が場所だけに出張る羽目になっただけでな」
「怪我は?」
「そりゃ愚問だろ?」
「そう・・・良かった」
「気遣いには感謝するよ。
で?何かあったのか?」
















































































































ーー朧に溶ける祈りーー




















































































































単刀直入。
まるで硬直した音が聞こえるように、ネフリーの表情が凍った。
かろうじて保っていた緊張の糸が切れたように、瞳は揺れ表情から血の気が失っていく。
彼女のそんな姿を初めて見たカンタビレも目を瞬く。
が、只事で無いことはその雰囲気で察した。

「どうした?何があった?」
「ごめん、なさい・・・あなたの顔見たら、ちょっと気が抜け・・・」

声を震わせたネフリーはそのまま顔を覆ってしまった。
幼馴染のその姿に、カンタビレはますます困惑する。
手近な記憶を辿る。
最近の手紙のやり取りでも、特に気になることは無かった。
ケテルブルクで不穏な噂も聞いていない。

「・・・なさい、でも・・・私、わた・・・」
「いいから、今は泣き尽くせ。
話は後でゆっくり聞くから」

嗚咽するネフリーを抱き寄せたカンタビレの言葉に、タカが外れたように泣き声が響いた。

「・・・ごめんなさい」

暫くして落ち着いたネフリーはゆっくりと息を吐いた。

「それはいいって。それより、何があったんだ?」

淹れ直した紅茶をネフリーの前に置いたカンタビレは最初の時と変わらず訊ねる。
急かすことなく待てば、震える声のまま紡ぎ出した。

「先週、ピオニーの誕生日だっのは知ってる?」
「ああ」
(「やべ、招待状どっかにやったな・・・」)
「それで、パーティに招待されて・・・預言士が・・・」
「?」
「・・・彼、の・・・預言を、よん・・・」

ネフリーはさらに声を詰まらせた。
しかし、カンタビレは首を傾げるしかない。
誕生日には、通例としてその先一年の預言を詠んでもらう習わしがある。

(「ピオニーの預言が、ネフリーの様子と関係あるんだろうが・・・
こんなに取り乱すのは・・・」)

最悪な予想が過る。
だが、それは即座に打ち消した。
預言士が決して詠んではならない預言を詠むはずがない。
相手は一応、次期皇帝だ。
そんなこと不用意にでもあってはならないことだろう。

「ネフリー、ゆっくりでいい。預言士は何を詠んだ?」
「・・・彼がいずれ、即位・・・
それを・・・ケテル、ブルクの・・・」






































































































「・・・知事の、私が・・・祝う、て・・・」






































































































「な!?」

カンタビレは言葉を失った。
今、ネフリーとピオニーは世間で言うところの恋人同士。
立場の違いはあるものの、そもそも幼馴染と言う事もありその仲をゆっくりと深めているのは聞いていた。
だから、ゆくゆくは一緒になるものと思っていたのに。
だというのに・・・祝いの席でそんな事を聞かされるとは最悪だ。

「ピオニーとは話したのか?」
「・・・」
「あいつからの連絡は?」
「・・・」

ネフリーからは何の反応もない。
答えがないと言うことはそう言うことなのだろう。
向こうの心情も分からなくはないが・・・

「なぁ、ネフリーはどうしたいんだ?」
「・・・どういう、こと?」

自分もバカな質問をしている。
そうだ、この世界では預言に従うのが当然。
それが『当たり前』の事。
しかし今のネフリーを見てしまっては、黙ってるなんて選択肢は無かった。

「このまま、なし崩しであいつと話せないまま終わっていいのか?」
「それ、は・・・」
「俺が言える義理じゃないがな、このまま終わるのは間違ってる」
「でも・・・預言にーー」
「ネフリーの気持ちの方が重要だろう!!」

思わず声を荒げる。
重なるんだ。
このまま見えもしない預言のまま流されれば、また失ってしまうかもしれない。
息を呑むネフリーに、カンタビレは我に返った。
そして勢いあまって掴んでいた肩から手を離す。

「すまん、取り乱した」
「・・・ううん」
「だが、このまま済ますのは反対だ」
「・・・でも」
「これは当人同士で話し合うべきだろ?
俺が口出しできる事でもないしな」
「・・・」

ネフリーは俯いたままだった。
しかし、カンタビレの中ではもう決まっていた。

「ピオニーと話せ、ネフリー」
「・・・それは・・・」
「話すんだ」
「・・・」

俯き口を噤んでしまったネフリーだったが、カンタビレは引き下がらない。

「今話さなければ、一生後悔するぞ」
「でも、もう・・・」
「どうするかは二人で決めるんだ」
「・・・でも」
「お前達の人生だろ」
「・・・・・・」
「怖いのも分かる。結果的に預言通りになるかもしれない。
でも、当事者のお前達が何もせず流されるのは俺は許せん」

相変わらず反応を見せないネフリー。
と、カンタビレは立ち上がった。

「・・・ ?」
「あいつを連れてくる」
「え・・・」
「ひとでなしと思っていい、これっきり縁を切ってくれて構わん。
これは俺の自分勝手な独りよがりだからな」
「ちょっーー」
ーーバタンーー

ネフリーを振り切り、カンタビレはバルフォア邸を後にする。
そして、足早に港へと急いだ。

(「ま、本当ならこんな決断をネフリーにさせる前に、あの野郎が男を見せるべきなんだろうがな・・・」)

柄にもなくお節介だというのは、自身が痛感している。
雪国の寒風が刺さる。
ぶつけようのない昂りに、怒りに燃える頬に、忘れようとしていた傷跡に。
滲む視界に、カンタビレは叫び出してしまいたかった。
どうしてこんな事になったのかと。
どうすればこんな事を繰り返さずに済むのと。
しかし、それをした所で何の解決にもならない。
カンタビレはただ、目的地へ向け半ば駆け出すように足を早めた。































































ーー後日談

『殿下、失礼致します』
「・・・アスラン、今は誰もーー」
ーーバダンッ!ーー
「邪魔する」
「な!おい、入ってーー」
「うるせぇ」
「おま!なんーー」
ーーゴンッ!ーー
「痛ぇ!」
「カ、カンタビレ殿、どうかご無体はーー」
「じゃ、しばらくコレ借りるからなアスラン。言い訳は任せる」
「い、いえ、あの、しかし・・・」
「邪魔すれば容赦せん」
「ぐぇ、ちょ、ホント待って。
話がーー」
「黙って拉致られてろ、腰抜け殿下が」
「ま、待てってば!どういうつもーー」
「・・・」
「そ、そんなおっかねぇ顔で睨むなよ」
「生まれつきだ」
「美人が台なーー」
ーーチャキッーー
「拉致られてる奴は黙ってろ」
「お前、本当にどうしたんだ?」
「黙って拉致られんのとノされて拉致られんの、どっちが望みだ?」
「・・・黙ってまーす」


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2021.1.3