「・・・以上が、各地の状況と増援・救援要請の部隊となります」
「ご苦労、援軍については部隊が整い次第派遣予定と伝令するように」
「はっ!」​


































ーー交えぬ信念ーー




































伝令を終えた歩兵がテントから出て行くのを見送ると、その場に残った男にカンタビレはすぐに本題へ入った。

「で、どうすんだよ?」
「これ以上、兵力を他へ割けば戦況事態が逆転する。ならば前線に投入し早期決着を着けるべきだろう」
「要請のあった『此処』は?」

さきほどの報告など意に介すことなく淡々と述べたヴァンに、カンタビレは片眉を上げ地図の一点を指す。
そこは現在の戦場となっている場所より北西。
味方勢力の手がわずかに届かない、敵勢力に囲まれようとしている立地だった。
しかし、ヴァンの態度は先ほどから変わることがないまま平たい語調で続ける。

「我々の目的はこの戦いの収束だ」

言外の決定。
援軍を送るような思わせぶりな言葉を吐いておきながら、それが成されることは決してない言葉にカンタビレはすい、と目線を細めた。

「・・・そうかよ。なら、俺の部隊が行った所で問題ねぇな」
「第6師団は前線に出てもらう」
「出てんだろ、すでに15旅団も投入して前線の増援だってしてんだ」
「あの場を得た所で利はない、僻地は切り捨てる」
「民間人が居るって情報もか?」
「そうだ」

迷いない断言を受け、カンタビレは隠すことなくヴァンへ半眼を向けた。

「じゃ、俺直下の遊撃部隊を向かわせる。俺個人の部隊ならなら文句ねぇだろ」
「モース様からの命令だ。全部隊をーーカンタビレ」
「んだよ」

その場から立ち去ろうとするカンタビレをヴァンが呼び止めれば、さらに不機嫌さを増した顔が返される。

「行くだけ無駄だ、預言スコアであの地は滅ぶと詠まれている。兵を犬死にさせるつもりか」
「させねぇよ。現に滅んでもねぇだろ」
「だが滅ぶと定められている」
「『今』じゃねぇだろうが」
預言スコアで定められた事は変えられぬ、分かっているはずだ」

反論をことごとく切り捨てていくヴァンに、カンタビレは心底呆れ果てたような表情に変わった。

「はぁ・・・・・・馬鹿かお前」
「何?」
「安全地帯で口出ししかできねぇ名ばかり上司の御託なんざ知らねぇよ。
『此処』では、今、血が流れてんだ」

カンタビレは一言ずつ区切り、地図の1点を指しながらヴァンを見据える。
真っ直ぐ男を射抜く眼光に宿るのは、曇りのない決意。
ゾクリとするほど、強く魅せられる紫電。
動きを止めたヴァンに構わず、カンタビレはそのまま歩き出した。

「止めたきゃ腕尽くで止めてみやがれ」
「カンタビレ」
「んだよ!うっせぇな!」
預言スコアに縛られぬ世界を創る気はないか?」
「あ?」
「今の預言スコアに支配された世界を壊し、人間が自由の意思を勝ち得た世界を見てみたくはないかと聞いている」

戦場であるこの場で出てきた突拍子もない言葉にカンタビレは一瞬呆けたが、すぐに不機嫌顔に戻った。

「はぁ・・・くだらねぇ事で呼び止めんな」
「ならばお前は預言スコアに支配されるこの世界の在り様が正しいと言うのか?」
「んな事言ってねぇだろ。
本当に、普段からそういう事しか考えてねぇのかよ・・・」

相手にしてられん、とばかりなカンタビレだったがヴァンは先行きを阻むように進行方向に立ち塞がると更に続けた。

「お前も感じているはずだ。世界は預言スコアを盲信し、生き死にさえも預言スコアに弄ばされる。
行き着く先は決まっているようなものだ」
「・・・『世界を繁栄に導く』その為の組織に属してるお前が預言スコアを否定すんのか?」
「お前とて同じだろう」
「一緒にすんな。俺の道は俺の選択した先にある」
「その選択が預言スコアで定められているとしたら、それはお前の意志ではない。預言スコアによって歪められ選ばされた選択だ」
「んなもん、確かめる方法なんざねぇだろうが。
だったらお前は預言スコアに定められてるのが嫌だっつって、あえて違う選択をするのか?
は、馬鹿馬鹿しい」

そう言うと先ほどと同じ、迷いのない眼光で男を見据えカンタビレは突き放した。

「自分の信念と違う選択をした所で何が得られる?
預言スコアに反抗しているつもりか?目にも見えない、自分を縛ってもいない存在に」
「お前は知らぬだけだ、世界は預言スコアによって毒され預言スコアによって破滅の道を歩まされ続けている事に」
「いかにも自分は真実を知っているって偉そうな口ぶりだな。
だったらこの戦いを最小限の被害で終結させろよ。未来を知ってるお偉い上司様がやりおおせたらいくらでもその話に乗ってやるよ」
「私が知っているのはこの星の行き着く先だ、このような些事などーー」
ーーガンッ!ーー

テーブルを陥没させた拳が耳障りな叫びを上げヴァンの言葉の続きを遮った。
そして、怒りを露わにするカンタビレはヴァンを睨み付けた。

「話にならねぇ」
「何だと?」
「『些事』だ?ならこの戦いで失われてる人命は何の価値もないってのか?」
「滅びの未来を知らぬ愚者故の言葉だな」

その言葉を受けたカンタビレはそれまでの勢いが急に鳴りを潜めたように静かに呟いた。

「・・・なるほどな、ソリが合わねぇはずだ」

ヴァンの言葉に、カンタビレは叩きつけていた拳を離すと侮蔑の視線を男に向けた。

「俺は預言スコアなんざどうでもいい。だが、それは俺の考えだ。誰にも押し付けるつもりはない。
この世界は十分に自由だ。
預言スコアなんていう尺で世界を勝手に計ってるのはお前だ。
そしてお前は預言スコアでなく、預言スコアに踊らされる人間を憎んでるだけだろ。被害妄想も大概にしろ」

静かな語調ながらも決して歩み寄る余地を許さない突き放すように告げたカンタビレは、ヴァンの横を足早に歩き去る。
そんな立ち去るカンタビレの後ろ背に、ヴァンは失意に満ちた声を上げた。

「お前は愚者の選択をするのか?」
「てめぇは独りよがりの結論しか出せねぇただの大馬鹿野郎だ」































司令テントの外。
派遣した各部隊からの状況報告を受けていたマールスは、新たなざわめきに視線を巡らせた。
すると司令テントから肩を怒らせるように歩いてくる人物に他の兵が声をかけることもできずに道を開けこちらに近付いてくる見知った般若顔の相手。
当然、テントに向かう前とは打って変わった上司の様子にマールスは首を傾げた。

「カンタビレ?」
「第6師団遊撃部隊に召集だ。それと前線はマールス、お前が指揮を執れ」
「それは構わんが・・・お前は?」
「救援要請の北西区、奪還してくんだよ」
「そんなに殺気立ってか?」
「いつも通りだろ」

触れただけで爆発しそうなそれはとても『いつも通り』ではないカンタビレの様子に、やってきた方角からそうなった原因をなんとなく察したマールスは嘆息し た。

「・・・仮にも主席総長は上官だろ。少しは部下らしくしたらどうだ?」
「世迷いごとの駄べり野郎なんざ屑だ」
「だから上官・・・」
「ちっ、斬り捨ててやりゃよかったぜ」
「おい!滅多なこと言うな!」
「あんな屑野郎の指示なんざ聞いてられっか」
「おま、それじゃぁ軍として立ち行かなくなるだろ」
「だったらお前があいつの下に付けばいいだろ」
「冗談だろ、俺はお前以外に付くつもりはない。あの時に言っただろうが」

マールスの言葉に、虚を突かれたことで溜飲が下がったのかカンタビレの怒りはみるみる消えていくと深々とため息をついた。
思い出される死線を共に越えることとなった初対面となった任務、そして階級が上がったその日に告げられた忠義の約束。
頭に上った血がすっと下がって行くのが分かり、カンタビレは自身の頭を乱暴に掻きながら呟いた。

「ったく、モノ好きだな」
「前線は任されてやる、お前は好きにやって来い」
「おう。己が力を尽くせよ、死ぬ事は許さん」
「はっ!」

気安い言葉に最敬礼が返されると、指示に従うべくマールスはその場から足早に駆け出していく。
そしてカンタビレも自身の隊へと歩みを進める。
決意に満ちた足取り。
自身の言葉を現実のものとすべく挑むように笑んだ口元には、あの男の鼻っ柱をへし折ってやるという思惑をも含まれているようだった。







第6師団長就任後、戦場にて。
主席総長と完全決裂した話。




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2017.2.25/2025.03.29修正