ーー春眠を邪魔した訪問者ーー







































































































太陽の光が眩しい
だが、徹夜明けの身体にはもう少し睡眠を貪りたい。

「んー・・・」

もぞっ、とは布団の中で身じろぐ。
季節は初春。
春眠暁を覚えず、とはよく言ったもの。
薄っすら目を開け、障子の光から逃げるように寝返りを打つ。

(「あとちょっとだーー」)

瞬間、は目の前に飛び込んできた光景に固まった。
目の前に、誰かいる。
寝ぼけているのか?蟲が化けているのか?それとも単なる夢か?
だが、それは自分にはとても見覚えのある奴の姿で・・・
と、視線が合うとそいつはニヤリと笑ったことで、は飛び起きた。

ーーガバッ!ーー
「ギ、ギンコ!?」
「よお、起きたか」

眠気が吹っ飛んだ。
バクバクと煩いほどの鼓動が胸を叩く。
いつからいたんだとか、あれ?私ってどっか行ってたんだっけとか、やっぱり夢なのかとかとか・・・
軽いパニックだ。
だが時間が経つにつれて、は徐々に落ち着きを取り戻した。
そして、その原因となった男に険しい視線を向ける。

「・・・なんであんたがここに?」
「あぁ、少し要り用でな」
「それは女性の寝所に入る理由にならないわよ」
「外で待てってのかよ」
「下の店で待ってりゃ良かったじゃない」
「別に減るもんじゃなーー」
ーーバシッ!ーー

ギンコの言い分を待たず、は眼前の的に枕を投げつけた。

「とっとと、店で待ってろ」
「・・・へいへい」





























































































身仕度を整えたは、怒り収まらずな様子でギンコの待つ店先へと下りてきた。

「ったく、信じらんない。化野でもこんな礼儀知らずなことはしないわよ」
「随分、無防備な寝顔だったな」
「・・・あんたとの商売、考えようかしらね?」
「だから、悪かったって言ってんだろ」
「悪いとも思ってないくせに謝んな、余計に腹が立つ」

そう言いながら、はドンッと荒々しく湯呑みを置いた。

「そもそも、来る時は文寄越せって、いつも言ってるでしょ?何回同じ事言わせるのよ」
「まぁ、いいじゃねぇか」
ーーパコッーー

即座にお盆で叩かれたギンコのジト目に構わず、は引き戸をパタンと閉める。

「良くない。ギンコが寄ると蟲が煩いの。
来るって分かってたら香焚いておいたのに・・・」

そう言って、は部屋の隅に置かれた蟲払いの香に火をつける。
部屋を締め切ったそこにはあっという間に煙が充満する。
すると、それから逃れるように部屋にいた蟲達は一斉に逃げ出して行った。

「相変わらず、いい腕だ。蟲師になりゃいいのによ」
「冗談じゃないわよ、これはあんた用。
人間より蟲に好かれるギンコが来ると、普段より障りが大きいのが寄るから調合変えてあるの」
「へぇ・・・じゃ、それも貰おうかな」
ーーカンッーー
「それより、肝心の用件は何よ?」

キセルに火を付けたが文机に肘を付き用件を聞く。
すると出されたお茶をすすっていたギンコは湯呑みを置いた。

「あぁ。義眼を貰えるか」
「・・・は?新調したばっかのはずでしょ。不良品だったとでも?」
「いや、ちょいと譲ってな」
「そう、譲ったんじゃ・・・」

そう言い腰を上げかけたの動きが止まる。
そしてはたと我に返ってギンコに詰め寄った。

ーーガダッ!ーー
「ゆ、譲った!?誰に!?」
「そうがなるなよ」
「がなりたくもなるわよ!あれは特注品よ!?他人にほいほいやれるほどーー」
「マナコノヤミムシに両眼を病られた子供にやったんだよ」
「なっ・・・」

自身を遮ったギンコの言葉には続きを言えず、最後は力なくうな垂れた。

「はぁ・・・あんたって、お人好しが過ぎるわ。その世界じゃ早死によ?」
「なんだ、心配してくれんのか?」
「調子に乗るな、馬鹿」

一瞥を送ったはすぐに席を立った。
そして必要な道具をテキパキと揃え、最後に手の消毒を終えるとギンコと向かい合うように膝立ちになる。

「ほれ、目、見せてもらうわよ」
「ああ」
「相変わらず、闇を掬い取ったみたいね・・・」
「あんま見つめんなよ」
ーーバシッーー

無言の天誅にギンコが口を閉じると、は再び前髪を掻き分け、ぽっかりと穴を開けている闇を見下ろした。
ソレの正体は知っている。
奥で身を潜めているソレを内で飼ってしまっているからこそ、ギンコの体質が更にあちら側のものらに好まれている原因になっているのだ。

「で?変調はないの」
「蟲の寄る量が若干、多い気はするな」
「そう。ま、早めに来てくれたのは何よりだわ」

ギンコから離れたは手元の薬草を品定めするように考え込む。

「用意できるか?」
「まぁね。でも、半刻ほど時間を貰うわよ」
「構わんが・・・何するんだ?」
「言ったでしょ、特注品だって。
義眼にまじないをかけるの。蟲払いのね」
「ほぉ〜・・・」
「ま、その子供に義眼をあげたってのも、あながち正しかったわね」
「お前が褒めるとはな」
「褒めてない。
目がダメになったのは、光脈に入ったからでしょ?」

の問いでなく確認に目を瞬いたギンコは頷いた。

「ああ、そうだ」
「マナコノヤミムシは目に巣食うけど、その目を潰すのは相当、症状が進んだ時だって言うし。
そう考えると幼いのに両眼を潰すほどなんて、光脈に入った事による蟲の光酒の急激な吸収が原因、かな〜ってね」
「それに光脈に入ってしまうとね、その者は光脈の気みたいのを纏うって聞いたわ。
だから自然と蟲が寄りやすくなる。それが普通に村で暮らしている子なら、呼び寄せた蟲が障りをもたらす。
その点においては、ギンコの行動は評価できるってことよ」
「素直じゃねぇな」
「あんたが、私を呼んでくれてたらもっと良いようにしたんだけどね?
それで?その子、何処に居るの?」
「なんでそんなこと聞くんだ?」

の手がピタリと止まる。
視線を上げれば、きょとん、という音が聞こえそうな顔のギンコが映った。
はこれでもかとばかりに半眼を向ける。

「白っ々しいわね。どうせ、理由こじつけてもう片方も、とか思ってるくせに」
「バレたか」
「何年の付き合いだと思ってんのよ」














































































≫余談
「ま、払いはギンコに付けるけどね」
「は?そこは粋な計らいするところだろ?」
「粋な計らい求めるなら素行を矯正するのね」
(「・・・まだ根に持ってたか」)






Back
2015.1.18