棚卸しで猫の手も借りたいほど忙しい時に、そいつはやって来た。












































































































ーーお人好しはお互い様ーー







































































































「は?硯の造り手の居所?」
「あぁ。急いでてな、心当たりないか?」

は帳簿を片手に、梯子からギンコを見下ろした。
それも呆れた視線で。

「ギンコ・・・あんた、私を何だと思ってーー」
「子供の命がかかってんだよ」

遮ったその言葉にの手は止まり、表情を引き締める。
そして、梯子から降り始めた。

「はぁ、また蟲絡みって訳・・・って、ギンコが来たんだからそれしかないか。
ちょっと貸して」
「ああ」

ギンコから件の硯を受け取ったは作業を中断し、裏に刻まれた銘を見つめる。
そして硯を片手に奥へと消え、再び現れた時には一冊の本を持っていた。

「んー・・・」

文机に腰を下ろして、次々にページを捲る。
ギンコはその様子をただ黙って見ていた。
の動きは止まることなく続く。

「確か、硯の匠の後継が・・・こんなだったよーーあった!」

まるで子供が宝物を見つけ出したように晴れやかには笑う。
そして今度は地図を広げ、ギンコに示すように細い指が目的地までをつつつ、と辿った。

「今はここ。まずは街道を西に半日歩いて、山を3つ越えた山岳の集落、確かこの辺に居るはずよ」
「助かった。じゃあな」

礼ももそこそこに、ギンコは硯を受け取ると腰を上げた。
いつになく忙しないそれに、嫌味を飲み込んだはその背中を呼び止めた。

「ギンコ・・・」
「ん?」

返された翠の視線に、何と言ってやろうか迷う。
気を付けろ?お人好しも大概にしろ?手を貸そうか?
だがそのどれも違う気がしたは、

「・・・帰ってきたら、事情を聞かせてもらうからね」

文机の上で頬杖をついたは、眇めた視線でそう言った。
の言葉にギンコは微かに笑い、片手を上げ店から出て行った。
しばらく、その背中を黙って見送る。
そして誰もいなくなった店の中に、再びため息が響いた。

「・・・私も、大概甘いわね・・・」

店主の苦笑い混じりの呟きは、誰に聞かれる事もなく消えていった。










































































Back
2014.4.13