ーー痛みの在り処ーー















































































































「はぁ!はぁ!はぁ!」

肺が悲鳴を上げる。
だがその締め付けられる痛みに構わず、全速力で荒れた床を蹴った。

(「間に、合え!」)
ーーズザザザッ!ーー
ーードゴッ!ーー

間一髪。
めいいっぱい伸ばした手が届き、倒れた潔高を掴んだと同時に頭上を呪霊の拳のような塊が通り過ぎた。
荒れ果てたむき出しのコンクリの上を滑ったおかげで、制服は破け素肌が削れるがそんなことを気にする暇なく、片腕で潔高を抱えたは鋭角に進路を変え近場の部屋へと飛び込む。
そして、壁際へと身を隠すと自身の呪具のスライドを起こした。

ーージャコッーー
「伊地知くん、生きてます?」
「・・・うっ」
「何よりです」

周囲を警戒しながらも気を失っている潔高の首筋に手を当て、辛うじて生存していることだけを確かめたは荒い息をなんとか整える。

(「どうする・・・」)

走ったからだけではない、嫌な汗が流れる。
可能ならすぐに手当をしたいが、いつ襲ってくるかも分からない呪霊を片付けなければ共倒れが目に見えていた。
だが意識のない潔高をこのままにして祓いに行ったとして、その間に潔高が襲われない保証もない。
ならば・・・

(「迎え撃つしかなーー!」)
ーードォーーーンッ!ーー

鼓膜をつんざく轟音に思わず顔をしかめる。
そして近付いてくる気配に腰を上げセーフティを外し、土煙に写った影に迷わず引き金を引いた。

ーーパンッ!ーー
「おっと」
「!」

届いた声に固まった。
そして土煙の塊を切って現れたのは、先輩である夏油傑だった。

「やぁ、なかなか過激な挨拶だね」
「え・・・夏油、先輩・・・どうして・・・」
「補助監督から連絡もらってね」

そう言った傑はぐったりとしている潔高の様子を確かめる。
まだ数十体の呪霊が居たはずだが、それを祓い終えたのか。
実力差を見せつけられ、惨めな気分になるも今はひとまずその感情は横に置く。
特級の肩書を持つこの人がこの場にいるということは、この場はもう安全だということになる。
緊張を解いたは呪具をしまうと応急処置の止血帯を取り出した。

「お手間をおかけしました・・・」
「時間がかかってるから等級が上がってるかもしれないってのは本当だったみたいだね」
「すみません、当初の報告より数が多すぎて二人では捌ききれませんでした」
「そうか・・・もっと早く来るべきだったね、悪かったよ」
「どうして夏油先輩が謝るんですか。来ていただいて感謝しかありませんよ。
・・・はい。ここでできる応急処置はここまでです、すぐ高専に」
「よし、伊地知は僕が運ぼう」
「お願いします」

潔高を肩に抱えた傑が動き出す。
が、がその後に続くことがなかったことで傑は振り返った。

「ん?ちゃん、どうしたの?」
「いえ、ちょっと気になることがあるので先に行ってください」
「そうか。早めに頼むよ」
「分かりました」

潔高に肩を貸した傑が消えると、は小さく嘆息し壁に身体を預けた。
そして傑へ向けた言葉通りに動くことをせず、その場で靴を脱ぎズボンの裾を上げ、トレンカをまくる。
そこにはドス黒い赤紫に染まった足首が腫れ上がっていた。
思いっきり捻ったことは自覚していたが、目にしただけで痛みが増した気がした。

「痛・・・」
「うわあ、派手な捻挫だね」
「ひゃあっ!?」

不覚にも素っ頓狂な悲鳴を上げてしまった。
まさかその場に自分以外が居るとは思わず勢いよく振り返れば、出ていったはずの傑が出口からこちらを見下ろしていた。

「い、伊地知くんは・・・」
「呪霊に運ばせたよ」
「あの、どうして気配を殺して近付いたんですか?」
ちゃんの隠し事を知りたくてね」
「・・・」

性根が悪すぎる。
どこぞのもう一人の先輩を彷彿とさせた。
深々とため息を吐いたが背にした壁に頭を預けると、傑はにこやかな笑顔で続けた。

「それで?」
「・・・その質問はどういう意味でしょうか?」
「どうして隠していたんだい?」
「別に隠していたわけでは・・・伊地知くんの手当の優先度が高かったというだけです」
「自分は優先度が低いっていうことかな?」
「まぁ、たかが捻挫ですから"っ!!!
ーーパンッ!ーー

いつの間にか距離を詰められ、捻挫で腫れ上がったそこを触られた手を跳ね除けた。
脈打つ度にそこに心臓があるのではと錯覚するほどの激痛。
は涙目でそれをしでかした相手を睨みつけるも、傑は堪えた様子もなく先程から変わらぬ笑顔の・・・いや、その背後から黒いものが見える気がした。

「私は素人だけど、これは『たかが』なレベルかな?」
「・・・素人なら不用意に触らないでいただけますか?」
「なら、伊地知と同様に高専で治療を受けようか」
「分かりまーーちょっっっ!

一瞬の浮遊感に思わず慌てたが、足を動かした瞬間に走った激痛に言葉は続かなかった。
それも見越していたのか、傑は横抱きにしたを軽々と抱えて歩き出す。

「じゃ、行こうか」
「まっ!呪霊に運ばせればいいじゃないですか!」
「大丈夫だよ、ちゃんは軽いから」
「そういう問題じゃ!」
「はいはい、騒ぐと怪我に響くよ」
「・・・」

反論できず、醜態のまま連行される。
階段を下りながら会話が無かったが出し抜けにがポツリと呟いた。

「・・・すみませんでした」
「ん?」
「呪霊だと思って夏油先輩に引き金を引いてしまいました」
「気にしないでいいよ」
「気にしますよ、当たったら大事だったんですから」
「当たらなかったでしょ?」
「だから!そういう問題では・・・本当にすみません、言い訳になりますが直前の轟音で動揺して夏油先輩だと思わなくて・・・だかーー」
ーーコツッーー
「!」

額に走る軽い衝撃。
驚いたは思わずそこを押さえ顔を上げれば、困ったように笑う傑が見下ろしていた。

「謝ってばかりだね」
「・・・すみま・・・」

条件反射のように言いかけたは閉口した。
気まずそうに顔を背けるにさらに傑は続ける。

「君は十分に頑張ってるよ」
「・・・」
「負傷者を優先させるほど優しいし、自分の怪我は後回し、任務報告も手抜かりなし」
「・・・どうもです」
「応援に来た先輩を撃つし、先輩を出し抜こうとするし、運ぼうとした厚意を無下にまでーー」
「ですから、それはすみませんでしたってば、悪気があったわけじゃなくてーー」
「ふふふっ」

肩を落とし、しおらしくしていたが顔を上げれば堪えきれてない笑いを浮かべている傑が目の前にいた。
からかわれたことが分かったは、自分を抱えている男の耳をこれでもかと引っ張り上げる。

「・・・」
「いや、ごめんごめん。いててて」
「何に対しての謝罪ですか」
「後半はからかいすぎたよ」
「なら下ろしてください」
「捻挫で歩けないでしょ、それに足の擦り傷だって浅くないんだし。じっとしてて」
「・・・ちょっと待ってください、いつから見てたんですか?」

捻挫も深い擦り傷も、傑が助けに入る前に負ったものだ。
捻挫のことはさておき、他を知っていると言う事は、そうなる前からの様子を知っていたことになる。

「だから謝っただろ?」
「・・・」

顔を合わせて早々の謝罪の意味をようやく理解し、突っ込む気は失せてしまった。
引っ張っていた耳を離し、黙ってしまったに今度は傑から話し始めた。

「でも、怪我は隠して欲しくなかったかな」
「だから軽症だとーー」
「君が傷付くのを平気で見てられないんだけどな」
「・・・はい?」
「うん?」
「え・・・」
「さて、早く帰って硝子に治してもらおうか」

言われた意味を理解する前にはぐらかされ、そのまま高専、そして医務室と連行された。
潔高の治療を終えた硝子から、必死に顔を背けるは真顔の圧迫からできる限り距離を置いていたが圧は増す一方となっていた。

「ほーん、なるほど」
「・・・」
「夏油にこれが『軽症』だって言ったらしいな?へー」
「・・・」
「おいこら、こっち見ろ
「ふぁい」

見ろと言い放ちながらも、顎クイされ強制的に硝子と向き合わされた。
顎を掴まれたは逃げることもできず、真顔の硝子から更に問いが重ねられる。

「言ったんだろ?」
「こ、言葉の弾みれす」
「弾みねぇ・・・座学でも優秀なお前がんな妙な言葉を使うほど誤魔化せないって分かってんならもう少しマシな言い訳用意しとけ。
それとも・・・」
ーーポンッーー
「い”っ!!!」

顎をから手を離されたかと思いきや、捻挫で腫れ上がったそこを硝子に触れられ濁った悲鳴が上がる。

「痛みによる教訓でも刻んでやるか?ん?」
「け、結構、です・・・」

ぽんぽんと、気軽に腫れ上がった箇所を何度も叩いてくる硝子には涙目で首を全力で左右に振る。
その様子にやっと溜飲が下がったのか、硝子は診察を始めていく。

「こりゃ骨と靭帯もヤってるな。
反転術式かけても暫く違和感残るのは覚悟しとけ」
「はい・・・」
「おい、本当に分かってんのか?」
「っ!じゅ、重々!理解してます!」
「よし、じゃ始めんぞ」



























































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2022.10.09