ーー止まり枝ーー
ーードッ!ーー
ーードサッーー
畳張りの道場に鈍い音が上がる。
同時に、拳をかわしきれなかった恵は顔面への一撃は辛うじて防いだものの、腕から全身に渡る衝撃に尻餅をついた。
「っ!」
「恵ー、集中足りないよ。これじゃすぐ死ぬけど?」
「・・・」
「はーい、すぐ立った立った。呪霊はお前の事情なんて待ってーー!」
ーーパンッ!ーー
「!?」
突然、乾いた破裂音が響く。
放たれた銃弾は悟の無限によって難なく阻まれ、小さな金属の塊が畳の上へと落ちた。
目の前の状況に驚いた恵は入り口に立つその人を見る。
そしてそれを仕出かした当人へ、悟は口調は砕けながらも雰囲気は殺伐とした空気でサングラス越しに相手を見据えた。
「おーっと、ついにもジジイ共の手先になった?」
「本心でそう仰っているなら全力でお相手しますが」
淡々とそう答えたは呪具を腰元へと戻した。
そして悟と恵の二人へと距離を詰める。
「マジで撃っておいてその態度なんなの?」
「どうせ当たらないじゃないですか」
「そういう問題じゃないし」
「それに急所は外してますので、心配しないでください」
「そういう心配してないから」
「私の勘違いなら後でいくらでも罵詈雑言、好きなだけ承ります」
「は?」
「恵くん、失礼しますよ」
二人の間に割入るように、悟に背を向けて恵の前に膝を折ったは、恵の額に手を当てる。
一拍置いて恵は身を引こうとしたがそれより早くのもう片手が恵の腕を掴んだため逃走は失敗に終わる。
鍛錬が始まったばかりにしては高い温度、顔色も良くないことを見切ったは、いつもより低い声で問うた。
「自覚症状はいつからですか?」
「・・・」
「ま、津美紀ちゃんから連絡もらってないから昨日今日の直近あたりかな」
沈黙になんとなくの当たりを言えば、図星なのか恵の表情に苦味が増した。
恵と視線を合わせていたはそのまま後ろに立つ悟に振り向く。
「切り上げで問題ないですよね?」
「これくらい、大じょーー」
「駄目です」
即座に首を前に戻したは、そのままずいっと恵に詰め寄る。
「体調が万全じゃないのに、鍛錬しても身に付きません。
というか、この人相手の鍛錬は万全じゃないのにやっては自殺行為です、加減なんて器用なことできないんですから」
「加減くらいできるっつーの」
「五条さんは黙ってて下さい」
「・・・呪霊相手に体調がどうとかーー」
「そもそも恵くんはまだ呪術師じゃないので、そういう考えはまだ持たなくて良いんです」
表情は穏やかながらも、僅かな反論も許さない論理武装。
日頃から恵に対して甘く、砕けた対応しているはずのの変わり様に、さすがの恵も沈黙を返すしか無い。
とはいえ、その表情は納得から程遠く不服気満々。
はその様子に仕方なさそうにため息を吐くと立ち上がった。
「とはいえ、私に決める権利はありません。
恵くんの一応の保護者は五条さんなので最終決定はお任せしますけど?」
そう言って肩越しに振り返り、視線で悟にどうするのかと答えを求める。
の言葉に頭を掻いた悟はくるりと背を向けた。
「ま、切り上げるか。津美紀に感染っても困るし」
「だそうなので、帰りましょう。準備して下さい」
「・・・はい」
帰り支度をする恵を待ちながら、悟は隣でスマホをいじるに呟いた。
「いつ気付いた?」
「逆に驚きです、気付かなかったんですね」
「・・・」
即座に切り返され、悟は口を噤んだ。
そんな隣に操作を終えたはスマホをしまうと、ようやく隣へと視線を向けた。
「五条さんも今日はもう任務ないですよね?
なら先に帰って休まれてください。恵くんは私が送りますから」
「・・・いや、妙なのに絡まれても面倒だから僕も送る」
「そうですか」
が答えると同時に支度を完了した恵が現れ、3人は帰路へと着いた。
そして伏黒家へと到着すると、恵に食事と薬を用意し終えたは、ちょうど帰ってきた津美紀に後を託し悟と共に帰ることにした。
「どうぞ」
その帰り道。
カフェに寄った悟の目の前に、カップから盛り上がるようなホイップが乗ったカップが差し出される。
「何これ?」
「ス○バの新作フラッペです。五条さん、先週飲みたいって騒いでたじゃないですか」
「お前の奢りなんて怖っ、毒でも入れた?」
「心からちょーそんけーする先輩に無警告で攻撃したお詫びでーす」(棒)
「尊敬する語調じゃないよね」
口を尖らせる悟が未だに虫の居所が悪いような様子に、語調を和らげたは続けた。
「疲れた時は甘い物ってよく五条さん言ってますのでどうぞ」
「僕は疲れてないよ」
「そうですか。飲まないなら良いですよ」
「飲むけど」
引っ込めようとしてやっとカップを受け取った悟の隣にも腰を下ろすと、自身のアイスコーヒーに口を付ける。
と、出し抜けに隣が声を上げた。
「あー、それにしてもびっくりした」
「そうですか」
「僕って案外、余裕無かったんだね」
「そうですね」
「もしかして硝子から聞いてた?」
「何の話ですか?」
表情を変えずしれっと聞き返すに、悟は喉の奥で笑った。
「くっくっく、できた後輩だね」
「恐縮です」
ーートサッーー
「!」
肩に乗った重さに、は飲んでいたコーヒーからズゾッ!と盛大な音を立てそのまま固まった。
普段から弱っている姿を見せる人ではない。
まして、後輩である自分にそんな姿を匂わせる事もしてこなかった人の行動に、は咄嗟にかける言葉を見つけられなかった。
「はあぁ・・・ジジイ共皆殺し、はい解決だったら楽なのにな」
独り言、にしてははっきり聞こえる呟き。
そのぼやく理由は察していた。
寄りかかってきた隣の受け持ちの生徒が、実地任務先で亡くなった。
それも担任である当人の預かり知らぬ任務かつ生徒が亡くなった報告も硝子経由で翌日に、だ。
どれだけ上層部の性根が腐り切っているかが改めて露呈し、自身もぶつけようのない怒りに身を焦がした。
そんな時に恵の所へ行ったという話を聞けば、余計な心配とは思ったが顔を出してみたのだ。
ま、結果としては良かった。
(「ここで『協力しますよ』って言える実力が無いのが、私の現状か・・・」)
こんな時だからこそ、余計に考えてしまう。
この人と対等でない故に、背負っている重荷を分けてもらう事もできない。
何もできない現実を突き付けられる。
そして、本来ならこの場に相応しい人のことも・・・
と、その考えに至った事で最低だな、と自身を戒めはストローから口を離し口にできる言葉を続けた。
「心情的には大変同感ですけど、それを知ってて選んだのは五条さんじゃないですか」
「・・・普通、落ち込んだ先輩は慰めるもんじゃないの?」
「雑魚な後輩からの慰めは最強な先輩に効果があるか分かったもんじゃありません」
「あー、言われてみればそうか」
「ええ、私ができるのはある方から頼まれた凡庸故の能力を発揮すること」
「そういえばそうだったっけ」
「それと夢を追う同僚が、少し休むための肩を貸せるくらいですから」
口惜し気にそう言ったに、数呼吸の間を置いて悟は呟いた。
「・・・しょぼい肩だ」
「ええ。某最強と比べれば頼りなくて申し訳ないです」
「ま、たまに借りるのは良いかもな」
予想外の返答だった。
大口を叩いた事をなじるか、馬鹿にするかで終わると思ったのが大番狂わせが過ぎる。
内心の動揺が隠せないまま、は落ち着こうと話の矛先を変えた。
「たまでもとはいえ、光栄ですね。
その時はフラッペくらい奢りますよ」
「・・・新作フラッペ」
「はいはい、出たら教えてください」
ーー後日
五「!今度の新作フラッペはほうじ茶だって!
Ventiでぜーんぶ増し増しにして!」
「・・・」
(「『たまに』って話はどこ行った?
ってか、まさか今後本気で新作奢らせる気なのかこの人」)
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2021.12.01