ーー春陽と猫ーー
ーーコンコンーー
「失礼します。硝子先輩、すみま・・・」
気重な声は、主が不在と分かって小さなため息へと変わった。
いつもならこの場に居るだろう人が居ないということは、何か用事があって席を外しているのだろう。
(「あとで反転術式かけてもらえばいいや・・・」)
後ろ手で医務室のドアを締めたは、自分でできるところまでは済ませようとつかつかと足を進める。
手当てに邪魔な上着とシャツを脱ぎベッドに放る。
キャミソール姿となるが、誰も居ないこともあり何の気兼ねもない。
今回は呪霊に吹っ飛ばされ、盛大に左腕を擦りむいてしまった。
肩口から肘にかけて傷口を洗えば、白い洗面台は花が咲いたように色鮮やかに変わり徐々に薄く色褪せていく。
その後、備え付けのタオルで水気を払い、勝手知ったる手順で消毒薬を傷口へとかければ、針で刺されたような痛みに思わず顔をしかめた。
「ったぁ・・・はぁー、また怪我したのかってバカに・・・?」
と、誰も居ないはずの部屋に何かの気配を感じた。
(「なんだろう、視線を感じる気がするんだけど・・・」)
高専にはそもそも関係者以外は立ち入りができない。
これは呪霊に関しても同様らしい。
嫌な感じではないから、呪霊ではないのだろうが医務室には人が隠れられるような場所がそもそも無い。
というか、人がいれば割と自分は気が付く方だ。
辺りを見回しても気配の主は見当たらない
やはり思い過ごしかとは最後の確認場所であるベッドの下を覗き込んだ。
「気のせーー!」
その瞬間、大きな瞳と視線がかち合い息を飲んだ。
向こうも同じようで、まるでぎょっとしたように目を丸めている。
「び、びっくりした。猫いたんだ」
早くなる鼓動をなだめながら、気配の主が分かったはひとまず自身の手当を再開する。
傷口にガーゼを当てサージカルテープで固定。
本来ならさらに包帯を巻くところだが、面倒になり先程の先客と視線を合わせるように膝を折った。
「君、野良なのかな?高専に迷い込んで来るなんてことあるんだ」
ゆっくりと手を差し出してみれば、向こうはベッド下から姿を現した。
陽光の下では目立つ、漆黒をまとったような黒猫。
道理で物陰に隠れられては気付かないはずだ。
そろりと近付いてきた黒猫はの差し出した手に顔を擦り付けてくる。
それを見たは表情を緩ませ頭を撫でた。
「ふふ、君は人懐っこいね。毛並みもいいしどこかにご主人様がいるのかな?」
『にゃー』
「んー可愛いなぁ。抱っこしても嫌がらないかな・・・」
今度は両手を差し出してみれば、黒猫は自ら抱かれるように歩み寄る。
もこれ幸いとばかりに抱き上げ、間近となった黒猫の顔へと頬を擦り付ける。
「あー、やば。すっごい癒やされる〜」
『ゴロゴロゴロ』
「喉鳴らしてくれるんだ。ありがとね〜
前脚でふみふみするってことはまだ子猫なのかな?その割に大きーー」
ーードッ!ーー
「わっ!」
突然、頭に何かがぶつかったような衝撃が走り、黒猫は腕からすり抜けてしまった。
こんなことを平気でやる先輩に心当たりがありすぎたため振り返るも、医務室のドアが開いた様子が無い。
犯人が分からなかったが、視界を掠めた白に視線を下げればベッドの上には凛とした雰囲気の白猫がこちらに背を向けていた。
「な、なんだ、もう一匹いたんだ」
再び跳ねた鼓動をなだめる。
なんだか医務室に来てからこの連続だ。
目の前の白猫はご機嫌ナナメのようで、長いしっぽをタシタシッとベッドに叩きつけていた。
「えっと、こんにちは白猫ちゃん。君も迷い込んだのかな」
ご機嫌を伺うように、視線をなるべく低くしそう問うも、向こうはふんっ、とばかりに顔を背けてしまった。
まさにらしい反応には笑う。
「あはは、君は猫らしいね。こっちの黒猫ちゃんとは大違ーー」
ーートンッーー
「っと!」
足元に擦り付いていた黒猫を撫でようとした手は白猫が飛びついてきたことで慌ててキャッチする。
「はは、そうでもないか」
腕の中に飛び込んできた我が物顔で陣取るつややかな毛並みの体躯を撫でる。
よくよくで見れば、この白猫も綺麗な毛並みを持っている。
控えめに喉を鳴らす音を聞きながら、時折薄く開く瞳はまるで蒼天を流し込んだような青。
思わず見入ったの手は自然に止まる。
「君、随分と綺麗な目ーーふぶ」
『にゃっ!』
手を止めるなとばかりに顔面を頭突きされる。
なかなかの衝撃に額をさすったの手は再び動き出した。
「ぁたた、はいはい、撫でさせていただきます」
ベッドの端に腰を下ろしながら、擦りついてくる二匹の猫を交互に撫でる。
自分にとっては至福の時間だが、医務室に猫が居るのも不可解で答えが返らないことが分かっても思わず言葉が漏れた。
「それにしても珍しいな。入学前から高専には来てたけど、高専の中で迷い猫なんて見たことなかったんだけど・・・」
『にゃー』
『にゃーぉ』
の疑問に答えるように二匹は鳴き返す。
膝の上の白猫はそんなことはどうでもいいから撫でろ、身体にすり寄る黒猫はこっちも撫でろと言わんばかり。
それを見たは考えるのを放棄した。
「うん。ま、いっか。私は君達に会えて幸せだし」
窓辺に日が差してきたことで、日向ぼっこしようと破れた上着を肩に引っ掛けたは二匹を抱き窓を開けて腰を下ろした。
吹き込んでくる風は柔らかくはなってきたがまだ僅かに冷たさを持っている。
だが、優しく包む陽気と二匹のおかげでとても良い日和だ。
「それにしても君達、どこの子なんだろうね。硝子先輩なら知ってるかな?」
『なーぉ』
「はいはい、白ちゃんは意外に甘えただね」
『シャー!』
ーーベシッーー
『ンナァ"!』
「あーこらこら。人の膝の上で取っ組み合いやめてよ」
黒猫からの猫パンチを受けた白猫がやり返したことでゴングが鳴ったようだ。
二匹はじゃれているのか喧嘩しているの分からないほど絡み合う。
猫は液体と言われているが、そのうち解けなくなのではないかと思うほど身を捩る様子は傍目に見る分には面白い。
と、尻尾の付け根に揺れるタマ印を見たは思わず呟いた。
「あ、ふたりとも男の子だったんだ」
『『ニ"ャッ!?』』
「なら黒くんと白くんだったんだね、ごめんごめん」
『ニャニャニャッ!』
『フーッ!』
「こらこら、暴れないの。うーん、元気良すぎ・・・」
あまりの暴れっぷりに、仲裁すべく距離を離し二匹を両脇でホールドする。
だが、左右から白と黒の前脚が腹の前で激しい戦いを繰り広げている。地味に爪で引っかかれて痛い。
ちなみに、背中は両者のしっぽが当たって幸せではある。
「うーん。高専でもし飼えるなら去勢したほうがいいよね」
『『ニ"ャッ!?』』
「硝子先輩できたりして。聞いてみようかな・・・」
『『・・・』』
「あれ、おとなしくなった」
先程までの勢いがどこへ行ったのか分からないほど、両隣の二匹は静かに項垂れている。
まるで先日見た、担任に怒られて正座させられた二人の先輩と重なりは笑った。
「あはは、君達私の言葉が分かるみたいだね。やっぱり猫は賢いなぁ」
大人しくなった二匹を再び並んで膝に乗せたは、つややかな毛並みの背中を撫でた。
陽光が光沢ある長い背を照らし、はその魅惑的な場所へと顔を埋めた。
「あー、お日様の匂いだ・・・・」
顔に当たる温もりと、陽光の匂いに任務後の緊張感がより解れる気がした。
は二匹の背中やアゴの下を撫でながら小さく呟いた。
「君達は野良なのに頑張ってて偉いな・・・その上、可愛いんだから」
ゴロゴロと至福の調べに身を委ねながら、気が抜けた為か普段は目を背けている感情がこぼれた。
「・・・どうしたら君達みたいに強くなれるんだろうね」
どうしようもないと分かっているつもりでも実力不足な現状に悔しく不甲斐ない自分に涙がにじむ。
上の先輩は強く、自分たちは弱過ぎる。
単純だが分かりきったどうしようもないこと。
この道を進むと決め、弱音を吐く前に自分を鍛えていこうと思っているのに、負傷の度にやはり暗い考えに囚われてしまう。
ーーペシッーー
「痛っ」
頬に走る軽い衝撃に驚いて視線を下げる。
そこにはを見上げている青い目の白猫が睨み付けていた。
「・・・白くん」
ーーペシッペチッペシッーー
『にゃぉ、なぉ!なーぉ!』
「いた、ちょ!わ、分かったから、爪立てた猫パンチやめて」
地味な痛みの連続パンチを阻むように、白猫の前脚が届かぬよう片手でガードする。
と、
ーーザリッーー
「!」
『ニ"ャッ!』
今度は反対の頬に走るザラついた感触。
目尻に浮かんだ涙を舐め取られたそれは、人で言うところの涙を拭われたようで驚きに涙が引っ込んでしまった。
「びっくりした」
『にゃーぉ』
「えっと、ありがとね黒くーー」
『フシャーッ!』
白猫が黒猫へと飛び掛かって、二匹は庭先へと転がっていった。
場所を変えて本格的な取っ組み合いの喧嘩となり、先程の落ち込んだ雰囲気が見事にぶち壊されは声を上げて笑った。
「あはは!本当、君達って兄弟みたいだ」
春の陽気の下、賑やかな高い声を聞きながらじゃれ合う二匹を愛おしそうに見つめながらは願いを込め呟いた。
「二人はずっと仲良しでいてね」
ーーその後の彼らを知るものは誰も居なかった
「さてと、私はそろそろーー」
ーーガラッーー
家「おう、。戻ってたのか」
「お疲れ様です硝子先輩、すみません軽く手当てしたんですが・・・」
家「分かった。反転かけるから座ってろ。つーか、んな格好でうろつくなよ」
「すみません。誰も居なかったので別にいいかなって」
家「・・・は?誰も?」
「?はい。あ、猫ちゃんは居ましたけど」
家「ほーん・・・」
「まだ子猫だったみたいですよ。抱っこしたら前脚でふみふみしてくれたり、ほっぺ舐めーー」
家「よーし。それくらいでいいぞ。で?そいつらどうした?」
「今もそこで喧嘩し・・・あれ、居なくなってる」
家「とりあえずお前は座って待ってろ」
「は、はい・・・」
(「硝子先輩、なんで怒ってたんだろ・・・」)
ーードン引きx2
「あ!灰原先輩。少しの間、匿ってください」
灰「良いよ!どうかしたの?」
「いや、ちょっと五条先輩が・・・」
七「あの人が面倒なのはいつものことでしょう」
「それはそうですが、最近、なんか顔を合わせる度に夏油先輩より自分の方が可愛いだろ、って圧迫面接を仕掛けてきてまして」
灰「だったら、夏油先輩に助けてもらったら?」
「いや・・・その、夏油先輩からも顔を合わせる度に何故か妙な慰めを受けてまして・・・」
七「妙な慰め?」
「・・・十分頑張ってるとか、可愛いとか」
灰「あはは!夏油先輩はちゃんのこと好きなんだよ」
「私も最初の1,2回は甘んじてましたが、顔を合わせる度に言われ続けてはちょっと不気味を通り越して恐怖しかなくて」
灰「・・・」
七「・・・」
「私、何かやってしまったんでしょうか?」
灰「家入先輩に相談だね」
七「家入先輩に報告しなさい」
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2023.07.26