京都府、某所。
荘厳な佇まいの造りと、伝統ある日本庭園の庭先で待ち人の戻りを待つ二人が手持ち無沙汰で待っていた。
と、その時。
恵に近付こうとする和装の男に気付いたは、進行を阻むように立ち塞がった。

ーースッーー
「大変恐れ入りますが、当主様より何人も触れさせぬようにと申し使っております」
「おい、女。
俺を誰やと思っとんねん」
「申し訳ありませんが、御三家の如何様な関係者であれ、私の行動は変わりません。
どうぞお控えを」

にっこり、と表面上は営業用の笑みを浮かべながらもの言葉尻は凄みが増していく。
初対面に対して無礼過ぎる振る舞い。
どこぞの先輩と似通う辺り、御三家は類友の集まりらしい。
自身を見下ろす長身、やや吊り上がった目元に金髪。
顔立ちは整っていても、その顔つきとこちらを見下したような薄ら笑いは同僚の問題児を彷彿とさせる。

「お前、五条家の付き人やろ?」
「ご想像にお任せ致します」
「たかが下女の分際で禪院家の次期当主に歯向かうって命知らずやな」
「繰り返しとなりますが、私は申し付けを果たしているだけですので苦情全般は当主様にお願い致します」

ホント、うんざりだ。
どうして自分がこんな面倒な状況になってしまっているのか、巻き込んだ当人への罵詈雑言を目の前の相手に叩きつけたい衝動を抑えながらは深々とため息を吐いた。


















































































































ーー〆のムチ打ちーー



















































































































遡ること数時間前。
気持ちの良い微睡みに落ちていた中、肩を揺すられた。

「・・・ーー、ーー起床を」

夢オチにはさせてくれないほど、肩にかかる手は離れない。
昨夜は日付が変わって帰ってきたが施錠はちゃんとした記憶がある。
それを破ってまで他人の家に上がりこんでくる相手は限られるため、は唸りながら相手に背を向けるように寝返りを打った。

「うー・・・硝子さん。
一万歩譲って不法侵入は許しますが、連勤続きで昨日二徹明けだったんです。
鍵は外から新聞受けにーー」
「失礼ながら、ここはご自宅ではございません」

淡々と返された声に、やっと聞き覚えが無いことに気付いた。
横になりながらもガバッと振り返れば、障子を背後にこちらを見下ろす知らない人。
と視線が合った妙齢の女性は深々と頭を下げた。

「おはようございます」
「・・・」
「それと僭越ながら、ご友人でも不法侵入は許容されないほうがよろしいかと思います」
「・・・・・・え」

誰?と口走らなかった自分を褒めたいと思った。
ゆっくりと上体を起こしたは周囲を見回すも、場所も見覚えの無い和室。
自分が借りている部屋は洋間だ。
和室なはずがない。

「え・・・?」
「早速でございますが、お召し替えを」
「・・・うち、じゃない」
「はい。こちらは京都にございます五条家の客間にございます」

今なんて?
律儀に返された返答には疑問符しか出てこない。

「・・・は?」
「私は、この五条家で皆様のお世話をしております下女にございます」
「・・・」
「お召し物はこちらでご用意をさせていただきました。
お手伝い致しますので、どうぞご用意を」

待って待って待って待って待って。
話が理解できない。

「きょ・・・ごじょ・・・は?」

いやいやいや、落ち着け。
今まで呪術師として散々な状況に対応してきたんだ。
これくらいで動揺するなんてことはないだろう。
自問自答を続け冷静さを保とうとしているに構わず、下女は淡々と続ける。

「皆さま、様のご用意をお待ちしてます」
「・・・すみません、お聞きしても?」
「何でございましょうか?」

一周回って考えることを止めたは布団から立ち上がると、にっこりと笑って聞いた。

「五条悟は何処にいますか?」




















































































































鹿威しの軽快な音が響く。
と、そんな風流な庭先を眺めながら湯呑を傾けていた男の耳に、その風流を壊すような騒がしい音が大きくなっていく。

ーードッドッドッドッドッーー
「おー、なんかでかい足音が響いてきたね」

言い終えた直後、開けられた障子戸から姿を見せたのは先程起きたばかりのだった。

「よっ、おっはぁ〜」
「・・・・・・」

行儀悪く机に肘をついて呑気に茶をすする和装した美丈夫。
もとい、がこんな状況になっていることの原因を知っている、というかしでかした主犯であろうその人・五条悟に大股で近付いたは無遠慮に胸ぐらを掴んだ。

ーーガシッ!ーー
「お」
「私に、言うこと、ありますよね?」

一言一言区切りながら笑顔ながらも米神に青筋を浮かべたは、目の前にあるサングラスをかけた相手に凄む。
とはいえ、ハタから見れば褒められるような光景ではない。
それが分かっているのか、悟はケラケラと笑いながら悪びれた様子をおくびにも出さず続けた。

「あはは〜、行儀わるーい」
「あなたに行儀云々言われる筋合いありませんけど」
「何でそんなに怒ってんの?」
「それを私に言わせるからですよ」

ギリギリと容赦なく襟元を交差し首を締め上げるに、悟はの手を叩いた。

「た、タンマタンマ!首!入ってるって!」
「入るように締めてますから」
「ちょっ! ってば落ち着こうよ」
「めーーーっちゃ落ち着いていますよ。連勤二徹明けで自宅で寝ていたはずの私が何で目が覚めたら京都で五条家の客間で寝てるなんてことになるのかと瞬時に頭を働かせるほどとーーーって冷静ですからねそれで弁明や釈明は言うつもりあるんですかね」
「そりゃ勿論、僕が連れて来たからv」
「知 らないようなので教えて差し上げますが他人のうちに不法侵入の上、許可も取ってないのは、ただの犯罪ですよ犯罪。犯罪って知ってます?刑罰が科される事実 を指して言うんですよ。そもそもあなたにモラル道徳感一般常識なんて求めてませんけどせめて私に同意を得るのが人としての最低条件だということくらい五条 さんだって知ってますよね」
「同意は取ったもーん」
「取られた覚えがありません」
「お前が寝てる時に、連れてくぞって言ったら『うん』って言った」
「それは同意じゃなくて、単に唸ったのをあなたが自分勝手に解釈しただけでーー」

「何ですか」

悟は人差し指をに向けるハンドサインのポーズのまま、にやけた口元で続けた。

「いい加減、胸元隠せば?はだけすぎじゃ、お子様の教育に悪いでしょ?」
「お子様って・・・」

やっとここでは自身が悟に詰め寄る部屋にもう一人居ることに気付いた。
和服に身を包んだ恵が、と視線が合ったことで居心地悪そうに会釈を返す。
一気に怒りのボルテージが下がったは掴んでいた襟元から力が抜けた。

「な、んで恵くん、が・・・」
「その、五条さんに昨日連れて来られて・・・」
「・・・」

恵の言葉に一旦、自身の怒りを横に置いたは着崩れを戻すとすぐに悟に向き直った。

「ってか、いつの間に浴衣に着替えさせられたんですか。私の服はどこですか?」
「その辺にあるっしょ。
ってか、早く着替えて来てよ。ここに呼んだのは用事があるからだって聞いてんでしょ」
「・・・はぁ」

相変わらず傍若無人が過ぎる。
しかし話が進まない上、手持ちが無いなら東京に戻れる状況でもないため仕方なく悟の指示に従ったは和装へと着替える。
というか、何故に和装?
嫌な予感しかしなかったが着替え終えたが、悟と恵が待つ部屋へと舞い戻ればやっと事情を聞かされた。
要約するに、御三家の茶会への参加。
の回答は即答だった。

「帰ります」
「ほらー、言うと思った。だから昨日のうちに連れてきたんだってば」
「『連れてきた』?拉致っておいてその態度なんなんですか?
兎も角、私は帰ります。服返してください、御三家絡みは関わりたくないと散々ーー」
「先日の不審者の話覚えてんでしょ?」

悟の言葉に腰を上げたの動きが止まった。

「危うく恵と津美紀が拐われそうになったのは恐らく、禪院家絡みだと思うんだよね。
で、犯人探し面倒だからさもういっその事手を出すなら潰すって脅してやろうかと思って」
「(脅すって言ってるし)・・・それで何で恵くんと私が京都に連れて来られる羽目になってるんですか」
「恵はもちろん顔合わせ。
今日の茶会は御三家が代々開いてるやつだから、家の顔役が勢揃いする。
そこて顔見せとけば最悪、恵が拐われてもすっとぼけるのは無理って寸法」

内容からして危険な臭いしかしない。
そこへ連れて行くというのも正気を疑いそうだったが、目的も納得できたは仕方なさそうな表情で振り返ると続きを促した。

「で?」
「お前は五条家の付き人として同行してもらう」
「それ、五条家の元々の付き人を使えば済む話ですよね」
「禪院家がこっちに手を回してる可能性あるでしょ。
御三家嫌いのなら間違いなくシロの上に恵も安心。
ついでに言えば、妙なのが手出しても恵を守ってくれる。徳しかないもん、連れてくるでしょ」
「・・・」

つまり、自分は保険目的で呼ばれたということだ。
私の意志がガン無視なのが大変気に食わないが。
とはいえ、この場で一番の被害者は自分ではない。
は重いため息を吐くと、当事者となっている恵へと視線を合わせるように膝を折った。

「はぁ・・・恵くんはそれで納得してるの?」
「津美紀がこれから危なくならないなら、それでいいです」

この場の誰よりも大人びたセリフに、それならばとの腹は決まった。

「分かった、それなら私は恵くんが危なくならないように一緒に行くよ」
「ちょーっと、丁寧に説明してあげた僕に対する態度と違くない?」
「五条さんには後で相応の落とし前つけてもらいますからね」

と、そして冒頭のやり取りに至ることとなる。
連れて来られた高級な料亭の庭先で、離れの部屋からこちらに刺さる視線は気付いていた。
というか、何ならそこかしこからの視線は呪術師だけでなく、呪霊も混じっていてずっと気が休まらない。
正直、気持ち悪くて恵を連れて早々にお暇を告げたい場所だ。
まだ直に対面しないだけマシか、と思っていた矢先。
そう事はうまく運ばず、近付いてきたのは禪院家宗家の第一長子、記憶が確かなら名前は禪院直哉だったはず。
御三家相伝の術式を持つ呪術師としては実力者だと聞いた。
そして時代遅れな考え方をしているということも。

「たかが下女の分際で禪院家の次期当主に歯向かうって命知らずやな」
「繰り返しとなりますが、私は申し付けを果たしているだけですので苦情全般は当主様にお願い致します」

にっこりと営業スマイルで返したの態度が気に入らなかったのだろう。
整った顔立ちが分かりやすいほど嫌悪に歪み、威圧するように一気に距離を詰めてに手を伸ばした。

「婢女如きが、大きな口ーー」
ーーグラッーー
「なっ!?」
ーードサッ!ーー

度が過ぎた軽率さだ。
こちらが単なる下女だと勘違いしてくれたことも幸いし、直哉を庭に転がしたは呆れ顔で見下ろした。
当然、女に見下されている状況を許せない直哉の顔は一気に怒りに染まる。

「っ・・・この!
「あなたには自分以外が下賤の民にでも見えているんでしょうか」

時代に逆行した考えは好きになれない。
その所為で学生時代も呪術師としての今も、上層部の凝り固まった主義に振り回されている。
まさにそれを体現しているような男に、は侮蔑を含めた視線で見下ろしたまま続けた。

「何様でしょうかね、婢女と罵った女から転がされている程度の者が」
「何やて!?」
「散々警告しました。聞こえるように、『手を出すな』と。
再三の厚意を無にしたのはそちらでありますから、どんな文句も受け付けるつもりはありませんのでご理解ください」
「このアマ!このままで済むとでもーー」
「すでに何処の馬とも知れない婢女相手に御三家の重鎮の方々の前で転がされて、挙句、逆ギレでさらに恥の上塗りをなさいたいと?」
「っ!?」

小首を傾げて見せるの言葉。
前時代的な考えの者には余計に煽りを与えるそれに直哉の怒りは一気に膨れ上がった。
そんな庭先の対峙を離れから眺めていた老齢の感心した声が響いた。

「ほぉ・・・あの女、ただの付き人ではないな五条家の」
「答えてやるとでも思ってんのかよジジイ」

茶会とはかけ離れた態度で胡座をかく悟からの言葉に、禪院家26代当主の直毘人はご自慢の口ひげを撫でながら先程まで話にあった話題へと戻った。

「ふむ。ま、先程の条件で今後の手出しはさせぬという事にしよう。それで良いな、加茂」
「元々此方には無関係な話ですから」
「だそうだ、幸いだったな」
「はぁ?何上から言ってんだ、次があるとでも思ってんのかよ」

立ち上がった悟は、サングラス越しながらも殺気が籠もった空気で直毘人を見下ろした。

「『次』があれば僕が禪院家を潰す」
「それは精々気を付けるとするかの」
「クソ狸が。ボケて寿命縮ませんないように目開けとけよ」

飄々としながら、点てられた茶を飲む直毘人と加茂家当主を残した悟は颯爽とその場を後にした。
所変わり庭先では、に転がされた直哉が起き上がり一触即発の事態となっていた。

「三歩後ろを歩かれへん以前に男の前に立つ女は今殺したる!」
「随分と短慮で浅慮な次期当主様ですね。
あなたが本当に継いだなら次の呪術界もマシになりそうです」
「はあ?ここにきて命乞いでヨイショかいな。今更ーー」
「あなたが当主なら自滅してくれそうですから、呪術界も少しは風通しが良くなるでしょう」
「ブッ殺す!」
「はーい、そこまで」

が袖の中に仕込んだナイフを、直哉が術式を発動しようとしたまさにその直前、両者の間にこの場の最強実力者が割り入った。

「ご!」
「楽しそうなところ悪いけど、お開きだから帰るよ〜」
「その節穴抉って欲しいならそうして差し上げますが?」
「怖っ、何怒ってんの?」
「あっけらかんとしてるあなたが嫌い過ぎて」
「相変わらず素直じゃないね。当主様に向かってv」
「・・・」
「ほらほら〜、恵が怯えるからもう少しお淑やかにしてよ」
「ちょい待ちいや!」

自分そっちのけで話を進められ、たまらず直哉が声を上げた。
自身の背後に立つ直哉に、悟はやっと気付いたとばかりに抜けた声を上げた。

「あ、禪院家のクズ」
「うわ、クズがクズって言ってる」
「聞こえてるよ」
「空耳ではありませんか?」
「もう帰るんか?」
「用済んだら帰るでしょ」
「そっちの女にはオトシマエがまだやねん!帰らせるとーー」
「へー、僕を足止めできると思ってんだ」
「!」

当然とした疑問を投げる悟に直哉は言葉を失う。
この場において、いやこの国の誰もこの男を止める者など、阻める者など居ない。
それが分かっていて聞いてくる辺り、本当に性格が悪いと改めて思う。

「聞いてると思うけどコレは五条家の付き人な訳で、手を出せば禪院家は五条家と事を構えるって事になるけど?」
「先に手ぇ出したんはーー」
「直哉、退け」
「親父!何でや!」
「お前の振る舞いは目に余る、これ以上手間を取らせるな」
「・・・クソが」
「じゃ、帰ろっか〜」
(「やっぱり一番最低だなこの人・・・」)

料亭での一触即発の事態が不発に終わり、無事に帰路へとついた。
帰りの新幹線へと乗り込んで早々、買い漁った土産を頬張る悟は肩の荷が下りたとばかりに晴れ晴れとした声を上げた。

「あー、終わった終わった。うざい連中ばっかで困るよホント」
「恵くんも疲れてぐっすりです。仕方ないですけど」
「なんでー?お前ら特に何もしてないじゃん」
「精神的疲労はMAXですよ」

正直、生きた心地がしなかった。
どんな状況になっても恵だけには手を出させないように気を張っていた。
自身の力を過信しているつもりはなかったが、相手は呪術界を牽引してきた猛者揃いの家柄。
いくら最強の後ろ盾があるとはいえ、何を仕出かされるかは料亭を出るまで安心できなかった。
深々とため息をついたは、座席へと身体を放り投げ今更ながら痛みが増してきたような眉間を揉んだ。

「話し通り過ぎて逆に疑いましたよ」
「どこの話し?」
「恵くんに手を出してくるって話しです。
しかも今回の主犯とされた禪院家の次期当主直々とは」
「事前に話してたんだから別に驚くことでもないでしょ」
「そう言う意味じゃなくてですね・・・」

駄目だ、この人にも話しが通じない。
普通の神経ならより警戒されることを恐れて大人しくするものだが、と予想していたが、『普通の神経』の連中ではなかったということを痛感させられた。

「はあぁ・・・普通は隠すでしょって話です」
「ハナから隠す気はないって。
連中は力尽くでも能力あるなら取り込む。そうやって御三家は昔から不毛なこと続けてたんだし」
「そうですか」

その辺りは深く知りたくない気持ちが働き、は話を打ち切った。
そして新幹線に乗る前に買ったミネラルウォーターで熱を持ったような額を冷やす。
と、

「で、
「・・・はい?」
「落とし前、どうしたいの?」

あぁ、そう言えばそういうこと言ったか。
隣で菓子をエンドレスで食べている悟に文句の一言も言いたいところだ。
が、連勤続きのトドメのこの京都遠征にもう頭が限界過ぎて働かない。

「東京着いてから、考えます・・・」

兎も角、今は寝たいに尽きた。




























































Back
2021.12.01