ちょうど座学の休憩となり、廊下に出ていた傑は廊下に響いた足音に振り返る。
そこには数週間前に同じ任務の仲間を失った後輩が歩いていた。
「ちゃん、任務お疲れ様」
「いえ」
憔悴さがまだ抜けていない中だというのに、任務を回すとは上は酷なことをする。
いや、それより任務後とはいえ殺伐さが抜けないの様子に傑はさらに声をかけた。
「顔色悪いけど大丈夫?」
「大丈夫です」
「あれ、潔高は?」
「私の代わりに報告に行ってます」
「そう・・・」
会釈を返したは傑の横を過ぎようとしたが、顔色悪の悪さに加えて、僅かに震えているような様子に、行き先を変えようと隣に並んだ。
「負傷したなら、医務室にーー」
「大丈夫です、手当は済んで・・・」
「いや、顔色がーー」
ーーグラッーー
「ちょっ!?」
言い終わりを待たずはそのまま崩れるように倒れる。
辛うじて抱き留めた傑だったが、当人は浅い呼吸の上に顔面蒼白。
どう見ても普通の様子ではない。
「
ちゃん!」
「だ、じょぶ・・・」
「全然大丈夫じゃないでしょ!」
尚も不調を認めないを抱え、傑は医務室へと走り出した。
ーー声無き悲鳴ーー
を医務室に連行した傑はすぐに硝子を呼びその後を託した。
しばらくして、教室のドアが開けられ硝子が戻って来た。
「硝子おかえりー」
「どんな様子だった?」
飴を舐めながらの悟と心配顔の傑に、硝子は大したことないとばかりにひらひらと手を振った。
「脱水症と中程度の低血糖。
点滴打ってるしそのうち目ぇ覚ますよ」
「自己管理なってなさすぎ、有り得ないんだけど」
「悟、怪我してる子にその言い方は酷いよ」
「任務はたいした事なかったらしいし、大きな負傷も無いからすぐ復活するよ」
淡々とそういった硝子が椅子に腰を下ろす。
が、尚も心配顔が消えない傑の様子を目敏く見つけた悟は揶揄うように声を高くした。
「きゃー、傑くんってばそんなに後輩ちゃんが心配?」
「悟よりは素直で可愛げあるしね」
「同感」
「ええ!GLGの俺より素直で可愛いとか有り得ないけど!」
「鏡ここにあるけど?」
「ウッザ」
「それにって可愛げあるか?俺に対して生意気じゃん、マジ腹立つ」
「それは悟の所為」
「それは五条の所為」
夕方。
本日の授業が全て終わった所で、傑は医務室へと顔を出した。
そこには一人だけが横になっており、顔色も昼時に見た時より良くなっていた。
(「硝子の言う通りか」)
同期の診断に間違いが無かったことに、ほっとしたように肩の力を抜くと、横の椅子へと腰を下ろした。
こうしてまじまじと後輩の顔を見る機会は無かったが、少し痩せた気がする。
頬にかかった前髪を払ってみたが起きる気配はない。
普段はこちらの気遣いを忘れない、術師には不向きなほどの優しい後輩。
階級を考えれば心配すら無用だというのに任務前に顔を合わせれば、必ず無事を願う言葉をかけ、無事に戻ればとても嬉しそうに戻りを喜ぶ裏のない笑顔で迎えてくれる。
こんなにやつれてしまっているのに、自分にできることは何かあっただろうかと傑は思案に耽る。
夕方の静寂の時間は静かに流れる。
悟が担任に怒鳴られる声が遠くから響いた。また何かやらかしたのだろうか。
「・・・夏油先輩?」
と、掠れた声に視線を上げればやっと目を覚ましたようなが傑を見上げていた。
「や、気が付いたんだね」
「・・・はい」
むっくり、とは起き上がる。
まだ寝起き頭らしいが、顔色も回復し言葉尻も殺伐さが抜けていた。
「目の前で倒れられた時はびっくりしたよ」
「・・・目の前・・・」
「うん。
あれ?もしかして覚えないかい?」
傑の指摘に、しばし回想に耽っていただったが思い出したのか慌てて頭を下げた。
「す、すみません!夏油先輩が運んで下さったんですか!?」
「まぁね。私じゃどうにもできなかったし」
「本当、多大なお手間を・・・すみません」
「可愛い後輩を運ぶくらい訳ないよ」
さらっとキザ発言にいつもなら照れるか謙遜するかの反応が返るはずだが無反応。
リネンを固く握り、肩を落とすの様子に頬を掻いた傑は口を開いた。
「最近、根を詰めすぎてるんじゃないのかい?」
「そんなことは・・・」
「硝子から聞いたけど、低血糖って食事をちゃんと取ってないのが主な原因って聞いたよ。
身体が資本なんだからちゃんと食べないとね」
「・・・はい、すみません自己管理不足でした」
「雄が死んでから、近接も訓練してるって聞いてるけど」
傑の言葉にの肩が目に見えてぴくりと跳ねた。
「オーバーワークで食べる時間も無いなら本末転倒でしょ?」
言葉の端々から滲む心配。
気遣いも、心配も分かっていた。
分かっているのに、自分なんかに向けられる意味がおかしくは軽く吹き出した。
「ふは!
ええ、本当に・・・全部先輩の言う通りです」
何だか、凄い滑稽だ。
その言葉がとてもしっくりくる。
いつから自分はここまで馬鹿になってしまったのだろうか。
「今頃、必死になっても灰原先輩が戻って来る訳ないのに本当に、何してるんでしょうね」
「・・・」
「聞きましたよね?
あの任務、私も後学のために同行したんです。中距離からのバックアップでした。
なのに・・・何もできなかった」
「君の所為じゃーー」
「不毛なのに考えが止まらないんです。
私がもっと早く感知できてたらとか、一瞬でも灰原先輩の前に出れたらとか。
ホント、今更馬鹿じゃないの?って感じなのに動いてないと不安になるんです。
また違う先輩が居なくなるかもしれない、私はまた何もできないのかって。
おかしいですよね、先輩達は私よりずっと経験を積んでるし強いんだからそんなはた迷惑な心配までしちゃう辺りイタ過ぎですよ。
だから、せめて任務中は呪術師として在ろうとそれ以外を考えないようにって思うのに・・・
一般人を守らなきゃって分かってるのに、私は自分が知ってる先輩達が居なくなる方が凄く怖いんです」
「大丈夫だよ。
私や悟も居るんだし、何とかなるさ」
「それじゃあ、夏油先輩達のことは一体誰がーー」
「
!」
鋭く呼ばれたことではビクリと肩を竦めた。
やっと自身が述べていた言葉を自覚したのか、恐る恐る傑へと視線を向けた。
目元を赤らめ、今にも涙が決壊しそうなに傑はゆっくりと言い諭した。
「大丈夫だよ」
「・・・」
「大丈夫だから」
「・・・すみません」
我に返ったらしいの頭にぽんと手置き、今にも壊れそうな状態を必死に耐えているような姿にさらに続けた。
「ちゃん、こんな業界だし焦る気持ちは分かるけどね。
無理をしては元も子もない。
無理なら今は立つ必要ないよ、立てない分は私達先輩が何とかするんだしさ」
「・・・」
「悟はあんなだけど腕は立つし、硝子に私も居れば大概、どうにでもなる」
「・・・はい」
傑の言葉にの肩は大きく震えていく。
そのまま見てられず傑はその小さな肩をそっと抱き寄せた。
「だから、大丈夫だよ」
「っ!」
声を押し殺し、泣き疲れたは再び眠りに落ちた。
相当、張り詰めていた様子に先輩として気配りが足りなかったかと僅かに罪悪感が募った。
が、それよりも先にこの状況を見物している人物に一言物申す必要があった。
「それで硝子はいつまでそこに居るだい?」
「なんだ、気付いてたのか」
「当然だろ」
「後輩を泣かしてるゲスの割にはいい勘してるな」
「オイ・・・」
傑の文句に、タバコを咥えた硝子は文句を受け流し傑の腕の中で眠るの様子を見れば、問題ないとばかりに一つ頷いた。
「患者兼後輩なんだ、様子を見にくるのは当然だろ」
「煙草をふかしながら言う台詞じゃないな」
「夏油が泣かせ疲れて寝てるだけだ。すぐ目を覚ますよ」
「誤解を招く表現は止めてくれ」
口を尖らせる傑に硝子はにやにやと笑うだけ。
言うだけ無駄な事を悟り、傑はそっとベッドへを戻した。
まだ真新しい涙の跡を拭う。
それを見下ろしていた硝子は、呆れと困ったような半々の感情が混じった表情を浮かべを見下ろした。
「わざわざクズの心配か。術師向きじゃないな」
「そうだね。この子は優し過ぎるよ」
「ま、オーバーワークの報告はしとく。
しばらくは呪力の鍛錬に集中させるように言っとくよ。
あ、いっそ反転術式でも覚えさせようか」
「反転術式って・・・そう簡単に習得できる物じゃないだろ」
「できたらラッキーだろ?」
「宝くじのノリで言われてもね」
ーー後日
「夏油先輩、この間は大変お世話になりました」
夏「気にしなくていいよ」
「お礼に都内に戸隠蕎麦の名店でご飯どうですか?」
五「無論奢りだろ?ついでに焼肉とケーキも付けろよ」
家「来週末は空いてたよな〜」
夏「悟、硝子、誘われてるのは私なんだけど?」
「人選は夏油先輩に一任です」
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2021.10.29