呪術界は万年人手不足だ。
それ故、呪術師が複数の任務を請け負うのは珍しいことではなく、それをサポートする補助監督が任務毎に変わることもさもありなん。
「お疲れ様、伊地知くん」
コーヒーを片手に持っていれば、自身の横手からやってきた待ち合せ人に軽く手を挙げると気心知れた同期は恐縮した様子で頭を下げた。
「すみません、お待たせしましたか?」
「んーん。時間通り。
前のが思いの外、早く終わったから先乗りしてただけ」
「そうでしたか」
ほっとした様子の潔高には飲み干した空き缶を捨てると向き直る。
瞬間、潔高の表情は再び焦りを戻した。
「負傷を・・・」
「かすり傷だから平気」
「もしや、前の任務で新人が何か不手際を・・・」
本日の予定を把握していたらしい潔高のあまりの慌てぶりに、目の前で見ていたは吹き出した。
「ふは!伊地知くん、心配し過ぎ。
彼女はちゃんと頑張ってたから後で会ったらねぎらってあげてよ。
私は手当要らないって言ったけど、気遣ってこれ貼ってくれたのその新人ちゃんだから」
「それなら良かったですが・・・」
やっと肩の力を抜いた潔高に、は伸び上がると横に置いていた呪具を肩に担いだ。
「それより早く済ませよう、今日は早く帰りたい気分なんだ」
「分かりました」
ーー制裁ーー
「よし、完了っと」
最後の呪霊を祓い終えたは一言呟くと、下ろしていた帳を上げた。
(「低級ばっかりだったけど数が多かったな・・・ここ定期の見回りリストに加えてもらわないと」)
追加の報告事項を携え、廃墟を後にしたは潔高が待機している外へと歩き出す。
大した等級の任務でないこともあり、ひらひらと手を振ったは潔高に気軽に応じた。
「お待たせ〜、終わったから帰ろう」
「お疲れ様でした。負傷はありますか?」
「大丈夫。
そっちこそ追加で予定外(某最強)の用事を片付けないのとか入ってないの?」
「・・・実は、今回の任務の行き先をお伝えしたら苺を買ってこいと」
「本当に自由人だね、あの人」
呆れるしかない。
が、買わなきゃ買わないで後がうるさいことは学生時代から互いに身に染みていた。
「はぁ、仕方ないね。近場の道の駅か直販所にーー」
「それが・・・農園を指定されてまして・・・」
「・・・じゃ、行こうか」
もはや悪態に使う体力も馬鹿らしく、突っ込む気が失せたは車に乗り込んだ。
「広っ・・・」
車を走らせること約半時間。
目的地に降り立った降りたの口から素直な感想がこぼれる。
初めて来たがこれほど広い畑全てがとは驚きだ。
視線を巡らせないと見渡せないほど広大ないちご畑から直販場の人とやりとりをしている潔高へと戻すと、自身もそちらへと向かう。
悟からの依頼なら、当人分と生徒達には買うだろうと踏み、は並べられたさまざまな形の商品を眺めていく。
(「ここまで付き合ったんだし、津美紀ちゃんと恵くんと七海さんと補助監督のみんな、学長と・・・硝子さん苺くらいなら・・・」)
「さんも買いますか?」
隣に並んだ声に振り返ることなく、は間延びした声で応じた。
「んーまぁ、折角ここまで連れて来てもらったしね。お土産に・・・というか、品種多過ぎない?おススメ聞いた?」
「この紅ほ●ぺという品種が甘くて美味しいそうですよ」
「そうなんだ、じゃあそれにしよ。
ね、補助監督って今何人くらいだっけ?」
「今は10名前後ですが、どうしてですか?」
「いつもお世話になってるし、お土産にね。みんなで後で食べてよ」
「それは・・・ありがとうございます」
「こちらこそだけどね、どういたしまして」
互いに会釈を返し終えると、切り替えるように用件の話が始まる。
「さんはどれくらい買いますか?」
「んー、補助監督抜きだと4人分かな」
「それはさん含めですか?」
「?いや?だってお土産だし」
「そうですか。
では五条さんの分とまとめて用意してもらいますね」
「ありがとう。
あ、五条さん以外の分はちゃんと払うからね」
トントンと精算と梱包された商品の受け取りを済ませ、ようやく帰路へとついた。
「太っ腹だったね、あの農園の人」
車内は甘い香りで満たされている。
後部座席で苺を頬張りながら呟いたに同意するように潔高も頷き返した。
「そうですね」
「まさかサービスで追加5箱って・・・採算取れるか心配になる」
「まあ、売り物には難しいという形が悪いものらしいですが、味は変わりませんね」
「本当ホント。食べきれなかったらジャムだな」
「ジャムですか、良いですね」
「学生が食べ切ったらそれまでだけどね」
助手席と後部座席の隣を占領してる箱の山を見ながらはさらに口に苺を放り込む。
「それにしても結構な量、買ったね」
「ええ、そうですね。
あ、さんの分は隣の、一番上の箱がさんの分です」
潔高の言葉に隣を見れば、紐で括られている箱があった。
だが、当初話していた数とは違っていたことでは首を傾げた。
「二箱?」
「補助監督分は差し引いてますから」
「なら4人分だから一箱じゃーー」
「新人のフォローをしていただいた御礼として受け取ってください」
「んぐっ」
折角の甘い苺を丸呑みにしてしまった。
まぁ、この状況で味は・・・じゃなくて。
そろりとミラー越しに見れば、潔高は前を向いたまま運転を続けていた。
しかし受けた発言はきっと推測通りな気がした。
「あー・・・もしかしなくても新人ちゃんから報告来たとか?」
「はい」
「・・・」
あ、この間のない返事は怒ってる。
とはいえバレてしまっては隠しようがないことで、は悪びれはしながらも口を尖らせた。
「はぁ・・・口止めしたんだけどな」
「いや、今後は報告してください」
「別に大したことしてないよ。
横柄で人格破綻の呪術師のパワハラに文句言っただけだし」
「それであなたが暴力を受けてはーー」
「んもー、だから伊地知くんには知られたくなかったのにー」
同期のよしみもあるのだろうが、気を遣う相手を選べばもっと仕事はしやすいだろうと常々思う。
そうでなくても補助監督として優秀な彼は厄介な特級術師のほぼ専属。
それを疎ましく思っている輩は一定数いる。
わざわざ敵を増やすような報告はしたくないと言うのに、仕事に真面目が過ぎるというか、気遣いが過ぎる。
とはいえ、何も言わなければそれはそれで諦めが悪いのも知っている付き合いだが、は最後の抵抗を試みる。
「元々、問題ある術師じゃん。
御三家ゆかりの人だから、新人ちゃんも口を挟めないのは見てて分かったけど、今日のは10:0で向こうの八つ当たりだし」
「報告するにしても、新人の報告だけでは不足です。
経緯を知りたいのですが・・・」
「えー・・・」
「補助監督としてさんと同じ人を増やすわけにはいきませんから」
「その切り口で言われるとツラいな・・・」
やはり誤魔化し切れないらしい。
気分が良くない話になるけど、と前置きしたは素直に白状した。
「えーっとね、帳を下ろすのがトロいから始まって、下ろしたら下ろしたで手に余るから他の奴に回せってゴネて、私が現着したら自分より下の階級の術師呼ぶ
なんてって文句続けて、見兼ねて私でも対応できるレベルだから問題ないって言ったら女が余計な口を挟むなって返されて、新人ちゃんが私しか居なかったのを
弁解しようとしたのをあいつが手を挙げたから思わず庇っちゃった。
みたいな?」
「・・・」
「実際問題、私で何とかできたし。階級査定も問題なし。
全面的に術師に問題があった案件だよ」
「・・・・・・」
「ま、私も流石にカッチーンときちゃったから、無傷で戻って新人ちゃんに楽勝だったから次の任務も問題なく余裕で行けるよ♪って言ったら向こうが逆ギレして帰ったみたいだけどね」
内心、ざまぁと思ったが。
今回は反抗的な態度を表面に出さなかった自分を珍しく褒めてもいいと思った。
と、つらつらと語ったが前を見れば、バックミラーに映ったのは表情を曇らせた心配顔の同期の姿。
だから、そっちにソレを向けるじゃなくてだな、と先に口を開かれる前にが先に口を開いた。
「心配するなら新人ちゃんが初っ端からあんなハズレに当たっちゃったこと心配したげて。
人間性が終わってる術師は多いけど・・・というか、術師に人間性を求める方が間違ってるのかもしれないけどさ。
まったく、ああいう手合いは能力あっても真面目に仕事している人を潰すなら有害以外の何者でも無いし、正直邪魔だわ。
単騎で行動してくれるなら問題無いけど、そういう輩に限って補助監督のサポート必要になるし・・・」
「それは・・・そうかもですが・・・」
「新人にいきなりあんなのをうまくやり過ごすのは無理だからね。
後でフォローよろしくですよ、伊地知先輩」
「・・・わかりました、ありがとうございます。報告は上げさせていただきますので」
「取り合ってくれるかは微妙だけどね、あんなの実家に戻せばマルっと解決なのに世知辛い業界だよねホント」
不愉快さを紛らわすようには苺を再び口に放り込みながら悪態に近い愚痴をこぼす。
そして、うまく事が運べばこんな話をしなくても良かったことに、自身の不運さを嘆いた。
「はぁ・・・それにしても伊地知くん相手だと学生の頃から隠し事できなくてヤダなぁ」
「それは日頃の行いの所為かと」
「ちょっと、私をこんなところまで苺買いに行かせるような人と同列みたいな言い方やめて」
ーー後日談
伊「さん、報告が・・・」
「ん?この前の報告書、どこか違ってた?」
伊「いえ、件の術師ですが京都で活動するそうです」
「え・・・伊地知くん何かやったの?」
伊「いえ、それが・・・私があの新人と話していた所に五条さんがたまたま居合わせまして」
「いつもこれくらい頼りになると良いのに」
伊「そこは褒めるところでは?」
「私的に最大級の褒め言葉だよ」
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2023.10.15