ーー酒は飲んでも呑まれるなーー


















































































































「おねーさん、こんな所でなーにしてんの?」
「休憩できる場所にオレ達が連れて行ってあげよっか?」

頬を撫でる冷えた空気にのんびり当たっていたというのにぶち壊しの声がかかる。
微睡みと涼しい風の間をたゆたう久しぶりの感覚を邪魔されたことで、 は低い声で応じた。

「・・・ほっといてよ、面倒くさい」

正直、今は目を開けていられない。
というか動きたくない気持ちが大きい。
だが、声をかけてきた連中が立ち去る気配が無いことで、 の苛立ちメーターがぐんぐんと高まっていく。
次に一歩でも近づく気配が来たら殴り飛ばす。
そう決め、ゆらゆらと半目で船を漕ぎながらも左右どちらでも拳を繰り出せる準備を整える。
そして、そんなことを知らない男達は越えてはならない一線へと手を伸ばそうとした。

「えー、そんなつれなーー」
「やぁ、こんなところに居たんだね」

と、次いでまた新たな声が上がる。
近づいてくる軽い足音に男達が威嚇するように声を上げた。

「あ?なんだよてめ・・・」
「私の連れに、何か用でも?」

が、現れた人物は長身で男達は見下される形となる。
さらに人が良さそうな表情の割に凄みがある圧と出で立ち。
男達は瞬時にヤバイ連れに声をかけたと理解したらしく、対峙することを早々に諦め即座に踵を返した。

「い、いえ!」
「し、失礼しました!」

騒がしい声が離れていく。
どうやら殴り飛ばすことはなくなったらしいが、妙なおせっかいをした闖入者は残ったらしい。
相手をするのが面倒だ、とふわふわする思考で考えていた に苦笑がこもった声がかけられた。

「まったく、少し不用心が過ぎるんじゃないのかい?」
「・・・」

聞き覚えがあるような落ち着いた声に はゆるゆるとまぶたを持ち上げる。
見上げた先には繊月を背負った、見覚えのある面差しの男が五条袈裟の姿で立っている姿が飛び込んできた。

「や、久しーー」
「ぶはっ!あははははは!ちょ、演出が過ぎるんですけど!なんのインチキ宗教ですか!」
「わー、斜め上の反応だよ」

酔いが回っている所為か、豪快に吹き出した の様子に呆気にとられた傑は乾いた笑みを返すしかできなかった。
しばらくしてやっと笑いが収まったらしい は、目尻にたまった涙を指先で払いながら話し始めた。

「あー、やっばぁ。めっーちゃ酔ってるらー私」
「そうだね。そんなに飲んでどうしたんだい」
「うっわ、夢のくせにあの人と同じこと言ってるし、ウケます」
「本当に酔ってるね、水でも買ってーー」
ーーグンッーー
ーードガッ!ーー

隣に座っていた傑が腰を上げた瞬間、遠慮なく裾を掴まれた上、力任せに下に引っ張られたことでなかなかな鈍い音が上がった。

あっはー、いーからいーから。こんなとこれすがゆっーくり座っていってくらさいよ」
・・・っ、そうだね・・・」

いつもなら回避はお手の物のはずだが、酔っている所為でいつもの行動からかけはなれてしまっている。
の暴挙に後手後手になりながらも、勢いよくベンチへ打ち付けた腰をさすりつつ、すでに飲み干した缶ビールを手の中で回している へ話しかけた。

「何かあったのかい?」
「はい?あー・・・まあ夢ならいっかー。仕方ないのれ聞かせてあげますよー」
「・・・そ、そう」
「はあー、実はですねー、禄っでもない任務が続いてましてー」
「・・・そうか」
「一つは小さい子を攫ってただ痛めつけていただけのクソ呪詛師崩れでしょー、女性をヤリ目で呪術を悪用していた最低野郎共でしょー、トドメが上が回してきた情報に不足がありすぎる案件れすよ。救助者無しのはずが現場で10人の非術者が死にかけてたって馬鹿じゃないれすか。
笑えねーってやつれす、はっはー」
「それは・・・」
「でー、結局助かったの2人だけって、私の能力不足をなじる前にあれだけの人数把握れきてなーいってことが問題だーっつ責任転嫁に笑うしかなかったれすよ」
「そしてコレがその代償ってことかい?」

話を遮らず聞き役に徹していた傑が、真新しい の頬のテープに触れる。
瞬間、 は間髪入れずにその手を叩き落とした。

ーーペシッーー
「ふん、別に。これは呪詛師を殺すときに反撃を受けた傷れすもん。呪霊の方は速攻片付けましたしー、いえーい」
「君が傷を負う必要はなかったんじゃないのか?」
「はいー?」
「呪いが渦巻く場所へ足を踏み入れた代償だろう。君が心を痛める必要はーー」
ーーバシッバシッ!ーー
「あははは!もー、なんれすかなんれすかー!その辛気臭い顔はー!」

(「・・・痛い」)
「はーーーぁ、別に痛めてなんかないれすよー。私はできる限りをしましたもーん」

酔っ払い故の力加減知らずな応じで肩をこれでもかと引っ叩かれる。
だが、シラフの状態であればこうして会話すらも成り立たなかったであろうことに傑の表情は冴えない。
と、ぷらぷらと足を投げ出していた がベンチの上でその足を引き寄せた。
そして赤ら顔を膝の上に乗せると、傑の方向へと向き続ける。

「あのれすねー、私はー・・・私が術師を続けているのは私の同類を作りたくないだけなんれす」
「そうか」
「・・・それに」
「それに?」
「・・・あの人の選択も間違いじゃ無かったことを証明するために、私は・・・」

まるで傷を隠すように蹲るような は消え入りそうな声で呟く。
だが、あまりに小さすぎて僅かな単語しか拾えなかった傑は、きちんと聞くべく の声を聞こうと距離を縮める。

「証明?何のはな"ーー」
ーーゴンッ!ーー
「い"だぁー!ちょっとぉー!何してくれてんですかぁ!」
っ〜〜〜・・・い、いや。すまない・・・」

しかし、勢いよく顔を上げた の頭突きが傑の顎へとクリーンヒット。
平衡感覚を失いそうなほど、目の前に星が飛んでいるような衝撃に悶た。
しばし回復まで時間を要したが、どうにか視界が正常に戻ってきたところで痛む患部をさすりながら先程の続きを問うた。

「たた・・・それで、証明って何のはーー」
「はーーーい、ざんねーん!これ以上は本人にしか言いませーん」
「・・・」
「あははは、顔が超むくれてるー、ウケますね」

ケラケラと笑い転げるいつもより高いテンションの の姿に傑は先程の続きを質すのを諦めた。
どうやってもこの泥酔状態の様子ではちゃんとした会話のキャッチボールを望むのは正確性も怪しい上に無謀だろう。
しばらくして、やっと笑いが収まったらし は視線を前に戻した。
辺りに広がる暗闇を見据えながら寂しそうに呟いた。

「あーぁ、もう・・・あの人ともこんな風に言い合えたら良かったのにな・・・」
「あの人って、だーーふぶ」
「うるさいれす、口閉じてください」
「えー・・・」

飲み終えた缶を隣の口元へと押し付けた はそう言うと、しばらくは夜風に肌を撫でらせるままにしていた。
そして、しばらくすると傑へと押し付けていた腕の力も抜け、崩れるように寝落ちしてしまった。

「まったく・・・本当に不用心な子だよ」

完全に酔い潰れてしまった を見下ろし、傑は困ったように呟いた。
このように見下ろしているが、その手で何人もの呪詛師を手にかけてきている優秀な術師だ。敵対しているその界隈では恨みも相当買っているだろう。
故に、屋外でこのような姿を晒して良い立場ではない。とはいえ、自身でさえその敵対している部類に属しているわけだが。

「こんなところで無防備に眠っては悪い男にさらわれてしまうよ」

寝入っている にそうこぼしながら、普段は結われている長い髪を梳く。
起きる様子がない に傑は苦笑をこぼすと、その身を抱き起こし夜闇にその姿を消すのだった。































































ーーお約束
 「うっー・・・頭いたいー背中と腰もいたーい・・・」
家「なんだ、ちょっとしか飲んでなかったろ」
 「いや、私の中で一升瓶を開ける時点ですでに『ちょっと』の域は軽くオーバーですから」
家「よく言う、それほど飲まずにバックレた癖に」
 「キャパオーバーだからバックれたんです」
家「ほー、その割にちゃんと家まで帰れたとはな。感心感心」
 「まぁ、ベンチでうたた寝して少し酔いが覚めたからですかね」
家「屋外で寝るな。悪い虫が付くだろうが」
 「あー、そういえば虫にも食われて痒いです」
家「自業自得だ。軟膏でも塗っとけ、ほれ」
 「ありがとうございまーす。はぁ、もう深酒しません・・・」
家「・・・おー、そうしろな」(「・・・首のそれは本当に虫か?」)



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2025.03.29