ーーはかない恋ーー
寒さの折り返しとなる2月。
オフだったその日、買い出しの帰りにふと花屋が目に留まった。
特に花を買う予定は無かったが、思ったより長い時間店先に立っていたようで店員から声をかけられた。
「何かお探しですか?」
「え・・・あ、いや・・・」
買う予定は無かったんだからそのまま立ち去れば良かったはずが、気が変わった。
「えっと・・・じゃあこれを」
「他にご希望はありますか?」
「いえ、その一輪だけで大丈夫です」
適当に手近の花を指差し終えれば、店員は包装するため奥へと消えた。
どうかしている。
花なんて買っても、ほとんど家に居ないのだから無意味だろうに。
疲れているのだろうか、とぼんやり考えていれば店員が戻ってきた。
「お待たせしました。お会計はxxx円になります」
「はい、ちょうどありま・・・あれ?」
代金を支払おうとした視線が、包んでもらった花に落ちた。
そこには指定の花だけでなく、もう一種類入っていた。
「あの、選んだのは一つだけだったはずじゃ・・・」
「ちょうど花束を作ってまして、そちらはサービスです」
「そうでしたか、ありがとうございます」
「いえいえ、ありがとうございました!」
元気の良い声に見送られ帰路に着く。
そして自宅に戻ると買い出しの荷物を置く。
まずは衝動買いとなった花を生けるか、とコートとマフラーをソファーへと投げた。
「ってか、花瓶なんて無いのに何で買ったんだろ。
代わり、代わり・・・」
結局、探したが代わりはコップが果たすことになった。
花を生け終え、は荷物とコートを片付ける。
そして今日片付ける予定だった呪具の手入れをしようと、花が飾られたテーブルに使い込んだ敷き布を敷き呪具を広げる。
弾倉を抜き、工具で分解し掃除とオイルの塗布、作動確認。
「・・・」
もう染み付いてしまったように手慣れた手捌きで時間を要せず完了する。
組み上がった呪具をケースにしまうと、は小さく息を吐いた。
と、視線の先に飛び込んできたのは何故か気まぐれで買ってしまった花。
アネモネとカスミソウ。
今更ながら、どうして買ってしまったんだろうか?
「やっぱり疲れてんのかな、自分に花なんて今まで・・・」
ポツリと呟き、ふとカレンダーへと視線が移った。
その時、
「あ」
やっと思い出した。
と同時に自己嫌悪に陥った。
「あー・・・もう馬っ鹿か私」
そう。
2月はあの人の誕生日。
中学時代から高専に顔を出していたこともあって、何度かプレゼントと一緒に花も贈った。
この花は自分にではない。
無意識に覚えてて買ってしまったということだ。
「は、皮肉も効きすぎ・・・あの花屋、エスパーかよ」
自分の誕生花の隣にある紫のアネモネ。
未練タラタラすぎている自分に引く。
テーブルに突っ伏し、ひとしきり乾いた笑い声が上がりすぐにそれは止まった。
「殺し合う予定の人を待つなんて、イカれすぎ・・・」
花を下から眺めポツリと呟く。
あの人が高専から去り、すでに6年。
傍迷惑な先輩の気紛れで呪術師として準一級まで昇給した。(昇級など望んで無かったというのにだ)
勿論、実力も見合うものとなるように鍛えたが、ふと気を緩めた時に考えてしまう。
『あの時、この力があったら言えなかった言葉を言えただろうか?』
しかし、同時に痛感する。
特級の肩書きを持つ者がいかに『遠い』か。
そしていくら鍛えたとしても、もうあの人に届けられる言葉は無いということ。
いや・・・
「あ"ー!やめやめ!馬鹿馬鹿しい」
これ以上の思考を巡らせるだけ虚しくなる。
は元凶となった花へと手を伸ばした。
一つの器で並んで咲く、2つの花。
自分には成せなかった結末。
「・・・ま、枯れるまではいっか」
掴もうとした手を引っ込める。
そして、腰を上げ寝室へと向かうと手にしたリボンをコップに結び窓辺へと置いた。
「誕生日、おめでとうございます」
あの時から伝えられなくなったお祝いを小さく呟くと、は再びコートを羽織り気分転換にコーヒーを買いに出かけた。
力尽きた...リボンは脳内変換で
花言葉:「あなたを愛します」「はかない恋」
白:「真実」「期待」
紫:「あなたを信じて待つ」
赤:「君を愛す」
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2022.02.03