ーー春桜の再会ーー

















































































































「硝子さーん、買ってきましたよ」
「おう、ご苦労さん」

医務室の外のベンチに座る硝子は軽快に駆けてきたの言葉に片手を挙げて応じる。
隣に腰を下ろしたは手にしたコンビニ袋を指差しながら続けた。

「ご飯、コレで足りますか?一応、おにぎりとかも買ってきましたけど」
「私はお前と違って現場じゃないから問題ない」
「いや、まぁ、それを言われると何も言い返せませんけど・・・」

隣にエナジーゼリーを渡すと、は自分用の朝食のおにぎりの包装を剥く。

「昨日は悪かったな、急な呼び出しで」
「報告書提出途中の呼び出しだったので構いまへん」
「だと思ったから連絡したんだけどな」
「・・・それ言う必要あります?」

にやりと笑う硝子に、反論を諦めたはかぶりついていた食べかけのおにぎりに再び向き直り頬張った。
手早く食事を済ませるに、組んだ足に肘をついていた硝子は問うた。

「で、今日の予定は?」
「あー、確か伊地知くんから数件任務があるって聞いていますね。変更なければ」

食後のコーヒーを飲みながらは携帯をいじる。
追加の連絡もない事を確認し、変更なしとばかりに一つ頷く。
隣を見れば、禁煙用のガムの袋を開けていた。

「硝子さんは少し休めそうですか?」
「どうかな。お前が大怪我しなけりゃ休めるかもな」
「うっ・・・善処します」
「冗談だよ」

口端を上げた硝子に、安心したように胸を撫で下ろす。
先月それをやらかしているので頭が上がらない。
と、携帯に着信が届いた。

「準備できたみたいなのでこれで」
「おう、気をつけてな」

は片手を挙げ、硝子へ挨拶を済ますと待ち合わせの駐車場へと向かう。
しかし、その場で待っているはずの人が居ない。

(「あれ、伊地知くんならもう車で待機してると思ったけど・・・」)

車外から運転席を見てもキーが差さってない。
周囲を見ても人の気配が無い。

「なんか変更かかったのかな。それにしてもこんな急に変更あるなんて・・・」

携帯を見直すが着歴もメールもなし。何なら折返しもない。
先程までのモチベーションが機嫌と共に急降下していく。

(「アレ絡みの嫌な予感しかない」)

頭に浮かぶ、ウザやかましい実力者の先輩顔。
現実にしたくなかったが、行動しないことには任務が終わらないので、仕方なく携帯を開くと繋がるだろうその人へと電話をかけた。

『もう怪我したのか?』
「開口一番止めてくださいよ」
『で?』
「そこから硝子さんの同級生の姿は見えませんか?」
『・・・』
「あ、切るのは無しですよ。伊地知くん捕まらないと、お土産予定の地酒買えなくなっちゃうんですから」
『私の視界の範囲じゃ居ないな』
「はあぁ、まったくもう何なの人の仕事の邪魔してからに・・・何か知りませんか?」
『そうだな、昨日やたらと笑ってテンション高くスキップしてた姿は見た』
「うわ、不気味」
「失敬な」
「っ!?」

突然響いた声に肩が跳ね、危うく携帯を落としそうになった。
勢いよく振り返れば、諸悪の根源が腹が立つほどの爽やかさで口元に笑みを浮かべていた。

『見つかったな。
五条、私の土産買えなくなったら学長に伊地知を私用で使ってるって言いつけるからな』
「はあ!?」
「もう切れてますよ。あまり朝から騒がないでください」

通話ボタンを切ったは、深々と嘆息するとようやく後ろへと向き直る。

「おっは、
「・・・・・・」
「ちょっとちょっとぉ、朝からGLGに会ったら嬉しそうに挨拶するように素敵な悟先輩に教えてもらっただろv」
ーーパシッーー
「おはようございます、伊地知さんはどこでしょうか?」

頬に指を突っ込まれていた手を叩き落とし、は淡々と告げる。

「素直か。
そういえばさぁ、さっきやたら失礼なこと言ってくれちゃってたよねー」
「夜蛾学長ですか?実はーー」
「これからチョー真面目に任務に行ってきまーす!」

ブチッと通話終了ボタンを押され、話は強制終了された挙句、携帯を取り上げられる。
身長差もあって取り返せないのは分かっていたので、すーんと表情筋が死んだ顔での声は低く這い出た。

「携帯返して下さい」
「ね、少しは先輩のお話聞いてくれない?」
「携帯返したら聞きますよ」

携帯返却後、これ以上の時間を無駄にしたくなかったため、付いてくるように言われた後を仕方なくは続いた。

「それで伊地知さんはどこですか?そもそも今日の任務って五条さん関係ないですよ」
「ちょーっと予定変更でね。新人っぽいの実力査定の任務に切り替わったの」
(っぽいって何?)今日って確か1級と2級相当の案件ですよね?新入生の実力見るのに、いくらなんでも高すぎるんじゃ・・・」
「いんや。肩慣らしには十分だよ」
「・・・まさか憂太くんレベルの術師なんですか?」
「あっはっはっはっは!」
(「答えろよ」)

要点をはぐらかす背中に思わず拳が上がるが、振り下ろしても届かない事が分かっているので仕方なく一旦下ろす。

「あの、その人に任務が移ったなら私は要らないじゃないですか」
「せっかくじゃん、顔合わせしたいでしょ?」
「新人がOGと会っても気不味いだけですよ。
逆にこれから担任になる人がその人から離れて何考えているんですか」
「相変わらず真面目だねぇ、そんなに真面目で疲れない?」
ーージャコッーー
「そうですね。
少なくとも真ん前を歩く背中にぶち込みたいっていう真面目な衝動は抑えられそうもないです」
「キャー!悟、撃たれちゃうぅー」
「・・・・帰ります」
ーーガシッーー

限界で踵を返せば、肩を掴まれる。

「まぁまぁ、そう言わずに寂しいから一緒にお手て繋いで行こうぜ」
「間に合ってます。
離し・・・ってもう!外れないし!

男女の差もある事ながら、身長差30cm以上では抗えず足を突っ張ってもズルズルと引き摺られる。
これでは自分が駄々っ子のようじゃないか。
あくせくと脱出を試みようとしたが、すでに角から同期の潔高の姿が見え目的地がすぐそこだと示していた。

「やっほー、伊地知お待たせー」
「五条さん!離してくーー!」

瞬間、時間が止まった気がした。
角の景色が消えたそこ、同期の前に白いスーツに身を包んだ長身が立っていた。
忘れる事などない、4年前に高専を離れたその人。

「じゃーん!なんちゃって新人の出戻り呪術師、七海建人くんでーす」

記憶よりも僅かに高い目線、軽薄な人が隣にいるから余計に際立つあの人の性格を反映した装い。
でも思い出されるのは、共に心に深い傷を負ったあの日の出来事で、は言葉を探せなかった。

「・・・」
「・・・」
「あれ?」

建人、の両者が固ったままな事に悟のウザい顔が両者の間をせせこましく動く。
と、先に建人が軽く頭を下げた。

「その・・・ご無沙汰してます」
「・・・」
「ちょっとちょっとぉ〜、せっかく僕が気を利かせて感動の再会を演出してあげたんだからさぁ、もっと反応しろよ」
「ご、五条さん・・・」
「七海もさぁー、もっと気の利いた歯の浮くようなセリーー」

続くいつもの調子の悟の言葉は急停止した。
何しろ建人を前にしたが涙腺が雪崩を起こしたかのように静かに涙を零していた。

「「「!?!?!?」」」

瞬間、その場の男共の肩がぴゃっと跳ね上がると同時に顔色を無くした。
しかし、一番復活が早かった同期である潔高が、おろおろしながらもへと近付いた。

さん!?」
「・・・あ、ちが・・・ごめ・・・」

ようやく自分が泣いてる事に気付いたらしいは慌てて顔を背ける。
しかし、なかなか止まらない涙に声を震わせ高専の中へと踵を返した。

「す、すみません。ちょっと、顔洗ってきます」

取り残された3名は重い空気の中見送るしかできなかった。

「・・・」
「・・・」
「・・・」
「七海の所為だね」
「五条さんの所為ですよ」
「五条さんの所為ですよ」






































































































目的の部屋を見つけノックもせずは荒々しく扉を開けた。

ーーガラッ!ーー
「どうーー」
「タオル貸ります」

返事を待たず、置かれた場所が分かってるは颯爽と硝子の隣を通り過ぎずぶ濡れの頭へとタオルを被せた。
朝から騒がしい始まりとはなっても、なかなか見ない後輩の変わりような展開に流石の硝子も仕事の手を止めに問うた。

「・・・任務だったはずがどうして水を被ってるんだ?」
「すみません、ちょっとびっくりして」
「どういう回答だよ」

難解な方程式に首をひねれば、万国共通解となるワードを挙げる。

「また五条がなんかしたのか?」
「まぁ、したというか連れてきた所為というか・・・」
「は?」

当然と返される疑問符に、深々と息を吐いたは息を整えると、顔が隠れていたタオルを肩へかけ乱れた髪を束ね始めた。

「七海先輩と先程お会いしたんです。
それでびっくりして少し取り乱しだだけです」
「へー、あいつ出戻ったのか」
「ええ・・・そうみたいです」

テキパキと身支度を整え終えると、使用済みのタオルをランドリー行きの箱へと投げ入れ、朝食後に別れた時と同じナリになったは硝子へと頭を下げた。

「すみません、お手間おかけしました」
「ああ、気をつけてな」
「はい」

来た時とは真逆な、いつもの通り静かに扉が閉められる。
再び医務室は静かになり、硝子は止めていた手を再び動かし始めた。

(「五条が戻ったら一言言ってやるか」)

気を取り直したが元の場所へと足早に戻る。
先ほどと同じ、角を曲がり待っている3人へいつもの語調で話し始めた。

「すみません、お待たせしーー」
「はい、みんなせーの」
「「「ごめんなさい」」」

高専でも長身揃いの3人から同時に頭を下げられ、今度は違う意味で高専に踵を返したくなった。

「・・・どういうプレイですか?」
「いや、まさかガチ泣きとは流石の僕も予想つかなかったし」
「ガチじゃありません、話を盛らないでください」
「だって、伊地知があれはガチだって言うから」
「い、言ってませんよ!」
「すみません、取り乱してしまいまして。
改めてーー」

同期と面倒を放置したは、待っているその人へと手を差し出した。

「ーーお久しぶりです、七海さん」

僅かに赤い目元ながらも今度はちゃんとした笑顔では建人を見上げる。
差し出された手を握り返し、同じように表情をゆるめた建人もその手を握り返した。

「ええ。久しぶりですね」
































































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2021.10.29