ーーRe;はじめましてーー
低級呪霊ばかりのためか、各階とも大した時間を要さずスムーズに祓除が進む。
張り合いが無い実感のままあとは最上階を残すのみとなった。
(「クソっ、肩透かしだ」)
自分の担当分を終えた真希は内心で留められなかった舌打ちをつく。
本来なら毎度合流するように言い含められていたが結局、合流すること無くさっさと上階へと進んでいた。
最後の階で合流すればいいだろうと思っていたが、待てど暮らせど相手がやって来る気配がない。
『そうそう、これから会う術師はそこそこの実力者だよ』
『そこそこかよ』
『あははー、だいじょーぶ。真希より強いから』
『あ"?』
当初聞いていた話とだいぶ違う。それに当人と対面しても実力者と称される印象は皆無。
おまけに自分の扱いを持て余していることが明白のただの口うるさいだけの偉ぶった大人というだけだ。
再び舌打ちをついた真希は背中を預けていた壁から上階へ向かう階段へと一人歩き出した。
元々短い忍耐力も限界だ、最上階も自分がさっさと片付ければ向こうだって文句を言えないだろう。
(「にしても遅ぇ・・・この程度にいつまでかかってーー」)
ーードッ!ーー
突如襲われた背後からの衝撃に息が詰まった。
「っ!」
しかし、持ち前の身軽さで体勢を整え呪具を構えた。
が、攻撃を受けたはずのそこには何も無い。
(「何だ?」)
ーードッ!ーー
油断するほど気を緩めてはいないというのに。
再び死角からの衝撃で今度は身体が横に飛ぶ。
壁に叩きつけられる直前に、くるりと身を翻し壁に足をつくと別方向へと回避する。
だが次々と見えない攻撃に翻弄され、回避しかできなくなった真希は怒鳴りながらも活路を見出そうとした。
「ちぃ!どうなってやがる!」
「ーー!」
「クソッ!キリがねぇ!」
「真希さん!」
ーーガッ!ーー
慣性の反作用がかかったように身体が後ろへとガクンと力強く引っ張られ体勢が崩された。
新手の攻撃かと思わず警戒心が跳ねたが、襟首を掴んでいたのは合流相手。
負傷を探すような気遣いの一瞥はあっという間に状況を把握し、目前へと移しながら
は真希に訊ねた。
「怪我はありませんか?」
「は・・・?」
「すみません、荒っぽくしてしまって。でも、あのままじゃ埒が明かなかったので勘弁してくださいね」
手元の呪具の装填を素早く済ませた
の視線にならえば、壁面いっぱいに広がった蔦のような触手がそこかしこに伸びている呪霊の姿が真希の目に飛び込んできた。
つい先程まであの真っ只中に居たというのに全く気付けなかったことに真希は歯噛みした。
「こいつ、どこから・・・」
「恐らく2級といったところですか。最上階全てがあいつの腹の中だったみたいで気付くのが少し遅れました」
「・・・どうやって」
「それは後で。サイズはありますが、攻撃は単調なのでこの階層まで大きな怪我が無かった真希さんなら問題ないと思いますが、無理はしないでください。
私は大本を叩くので、その間は攻撃を捌くか、階下へ退避よろしくです」
淡々と指示だけ告げた
は、真希を置いて呪霊へと向け駆け出していく。
口ぶりが如何にも格下に向ける物言いなことに腹を立てた真希は、怒りのまま怒声を上げる。
「おい!足手まとい扱いーー」
ーーパンッパンッパンッ!ーー
立て続けの発砲音、それに追随する耳障りな断末魔の繰り返し。
先程まで自身が翻弄されるしかなかったその場で、
は攻撃を受けること無く軽快に回避しながら的確に反撃をいなしていく。
そして間を置いて腹に響く一発が鳴り響くと同時に、ビルを揺らすほどの残響がビル内に木霊しその後静寂が訪れた。
「はぁ、やれやれです。最近の窓からの報告は査定が甘くて困りますね」
部屋の奥から肩に手を置きぐるぐると回しながら
が愚痴りながら現れる。
当然、無傷だ。
結局最後は何もできなかった真希は、目の前で見せられた光景に言葉を継げない。
だが
は調子を変えぬまま、黙ったままの真希へと歩み寄った。
「・・・」
「真希さん怪我はありませんか?」
「・・・無い」
「良かったです。あ、それより今後はちゃんと計画通りお願いしますよ。合流できなかった時点で不測の事態が起こっている可能性も考えなくちゃいけなかった
んですからね」
「あんな雑魚に手間取るかよ」
「途中はそうだったでしょうがそもそも事前情報が正確とは限りません。現に最上階は不測の事態だったわけですからね」
「・・・・・・」
「こほん・・・『はぁ、やれやれですー。最近の窓からの報告はー』」
「分かったよ!」
「ご理解いただけたようで何よりです」
半ば腕尽くで返事を引き出した
は、満足げに頷くと階下へ向かって階段を下り始め真希も渋々後に続く。
そして廃ビルを後にし帳を抜ければ、不安そうなあかりがこちらの姿を確認したことで目に見えてホッとした様子で駆け寄った。
「お疲れ様っス!怪我はないっスか?」
「大きな負傷はひとまずありません。帳上げて各所へ連絡お願いできますか?」
「了解っス!」
あかりが慌ただしく動き回る中、
も手元のスマホを操作しつつトランクから手慣れた様子で水とタオルを真希へ渡す。
目の前で進む任務の事後作業は初めて目にしていても淀みや無駄がないことは明らかで。
真希は思わず心中に浮かんだ素直な感想を口にした。
「あんた本当に術師だったんだな」
「え!?それ今ですか?」
メッセージを打っていたような
は面食らったように手を止めて真希を見返した。
このような素直な反応も、正直、術師であることに疑念を抱かせる。
「正直、腕は立たない奴だと思ってた」
「あはは、まぁ私は落ちこぼれに近いですから迫力やら貫禄は持てずですよ、五条さんなんかと比べないでくださいね」
貶された返しのはずも、
は怒るでもなく笑って応じる。
今まで自身が見てきた術師は身内や御三家の関係者だけだったこともあって、印象が塗り替わっていく。
誰も彼も呪霊が見えない自身を見下し、女だからと軽んじられ、男に勝てば生意気だと制裁を受ける。
幼少から女だから、術師としての才覚は無いなら黙って耐え忍ぶしかない、という価値観が大きく揺さぶられていく。
「・・・あんたみたいなヤツでも普通に任務やらされるんだな」
「それは女でありながら男性と同じように、という意味ですか?」
「・・・」
「ま、京都に比べれば東京はそうかもですけど、上が上だけにこっちでも似たり寄ったりだと思いますよ」
「!」
聞き返した問いの沈黙に
が軽口で応じれば、真希は驚きその表情に気づいた黎馨もキョトンとしたように首を傾げた。
「あれ、変なこと言いました?」
「・・・なんで京都と比べてるって分かったんだよ」
「え?だって、真希さんって御三家の関係者ですよね」
「んなこと言ってねーだろ」
「・・・あぁ、そういうことですか」
合点がいったとばかりに頷いた
は手元に視線を戻し続けた。
「結論から言えば勘に近いんですけど、五条さんが絡んでる時点で何かしらの事情がある子なんだろうなと思ってました。
それに立ち居振る舞いの所作が一般の方より丁寧ですし、それから言葉のイントネーション、あとあなたが私の知り合いに似ていましてもしかして血縁かなぁっ
て思ったんですよ」
「・・・」
「あ、違ってたら言ってくださいね」
侮っていたはずの相手からの的確な判断に反論する言葉がなく、さらに正解だと言うのも癪で真希は口を噤むしかできない。
そんな真希の内心を他所に、手元での作業を終えた
はスマホをポケットに戻すと真希に向き直った。
「そうだ。この後なんですがーー」
「どういうことだ、話が違うだろ!」
突然荒れた声が響き渡った。
何事かと騒音に視線を向ければ、あかりと見知らぬ男が言い合っている様子があった。
それを目にした
はあからさまに面倒そうなため息を吐くと、初めて聞いた低い声で真希に告げた。
「はぁ、すみませんが真希さん。ちょーっと不愉快なものを見せてしまいますが我慢してくださいね」
そう言うと、
は足早に歩き出し口論中の会話がはっきりと聞こえ始める。
どれもこれもいいがかりに近いもので、事情を深く知らない真希でさえも耳に届く内容に表情を険しくしていく。
「このエリアはxx術師が派遣されるはずだったろ!」
「で、ですからここは要警戒巡回ポイントなので取り急ぎ手の空いている術師で対応することになってですね・・・」
「そんなことは関係ないんだよ。この場所は以前からxx術師が対応していたんだ、どうして女なんかが派遣されるんだ!」
「そのxx術師が負傷で当分動ける状態になく、これ以上定期ポイントの見回りを放置できないために上層部が下した決定ですよ」
淡々とした声で
が二人の会話に割り込む。
男の苛立った視線が移り、
はさり気なくあかりを真希の方向へと押し出すと対峙するように男に向いた。
「誰だ貴様は」
「本件を担当した術師で
と申します」
あからさまに機嫌を害した男は、見下しの視線を強め威圧するかのように
との距離を詰めた。
「女の分際で口を挟むな!」
「申し訳ありませんが稚拙な恫喝に構っているほどこちらも暇ではないんです。どうやら上層部の決定に異論がおありのようですので私の方から報告させていた
だきます。名前と階級をいただけますか?」
「い、今はそういう話しをしているのでは・・・」
「xx術師と関係があるようですし必要な情報は彼から伺うこともできますが?」
「くっ!き、貴様!女のクセに俺に意見を通そうってのか?どうせ階級も低い分際で身の程をーー」
「これは失礼致しました」
声を荒げるだけの男に、
は懐から身分証提示を取り出すと見せつけるように目の前にかざし、慇懃に平たい語調で続けた。
「改めまして、準一級・
と申します。
二級xx術師に代わって、上層部からの指示と五条特級の代行指名で本件の3級定期ポイントの巡回任務に当たっています。巡回期間が開いたために呪霊も2級
格に上がっている状況でしたが、ご覧の通り無事に、無傷で任務を完了してます。
こちらは他の任務も控えていて立て込んでいるんですが、これ以上私や補助監督の足止めをする正当な用向きがあるようでしたら、私がお伺いしますが?」
「ぐっ!」
「どうやらご納得いただけたようで。ではお引取りください」
にっこりと笑みを返す
の背後にありありとさっさと失せろ、とばかりな本音がちらつく。
何も言い返せない男は最後に悪あがきの悪態を残して消えたが、これは傍目に見て負け犬の遠吠え状態。
姿が消えたことで、作り笑いを引っ込めた
は不満そうな表情であかりと真希の元へと戻ってきた。
「ったくしょーもない。新田さん、大丈夫でしたか?」
「す、すいませんっス・・・本当なら自分が対応しないといけなかったっていうのに・・・」
「いや、あの手は単にこっちが女であることが気に要らないので騒ぎが大きくなるだけです。私がさっさと追い払った方が正解でしたよ」
「うっス・・・」
「それより、あの人のことは補助監督内で共有しておいてください。なるべくこの地区は女性が担当しない方が余計なストレスもないと思いますから」
「・・・了解っス」
終始落ち込んでしまっているようなあかりの肩を
は叩くと、気分を変えるように明るい声で応じた。
「さて、じゃぁ任務も終わりましたし、手近な大きな駅辺りまで移動しましょうか」
「は?他にも任務があるんじゃねぇのかよ」
「え?」
「?」
真希の言葉に互いに疑問符を返すも、さっきの話をちゃんと聞いて真に受けていたことで
は破顔した。
「あはは、あんなの追っ払うデマカセですよ。あぁいう言いがかりをつけてくる暇人にこっちが時間あることを知られてもつまらない
じゃないですか」
「・・・」
あっけらかんと、堂々と嘘で追い払ったことを悪びれない
に真希は一瞬抱いた尊敬が消えた。
それどころかこうなる事態となった原因主と似通ったものを感じ苦虫を噛み潰した表情を浮かべる。
当の
はそんなことを気にする様子もなくあかりの背を押し車へと向かう。
「それより、真希さんが初任務を終えたっていうのにあんなつまらない輩のせいでぶち壊しですね。気分転換に美味しいもの食べましょうか。
新田さん、ひとまず移動しましょう」
「は、はいっス!」
手近の駅で下ろしてもらった
と真希はそのまま買い出しをすることとなった。
これから寮生活が始まることは分かっていたが、それ以外のことを悟から大して聞かされていなかったことで、
は不在の先輩にぶちぶち文句を言いながら真希を連れて店を回った。
「とりあえず携帯と衣類周り、寮生活での必要最低限の道具は揃いましたね。あとは自分好みの身の回り品は買い足していけば問題ないでしょう」
「・・・」
「真希さん、他に寄りたいお店とかあります?」
「・・・・・・」
戦利品を手にしたまま、ぼーっとした様子の口数がない真希に
は覗き込むように近づくと額に手を当てた。
ーーズイッーー
「!」
「気分でも悪いですか?」
「は、はぁ?!ちっげーし!」
「じゃぁ人に酔っちゃいましたかね?御三家の関係でずっとお屋敷暮らしなら都会の人混みってそんなに経験なかったと思いますし・・・少し休憩しましょう
か」
そう言うと
は手近のカフェを見つけそのまま店へと入った。
ブーランジェリーと併設らしい香ばしい小麦とコーヒーの香りが漂う店内で飲み物の注文を済ませると空いている席へついた。
「初めて入った店だけど、品揃えなかなかです。あかりさんへの手土産も買えそうだしラッキーでしたね」
「・・・」
ひとりホクホク顔でコーヒーを飲みながら店内を見回す
は楽しげだ。
だが、駅に着いてから余り口を開いていない真希は憮然顔のまま。
「ん!このチョコクロうま。真希さん、食べないんですか?」
「・・・あんた、馬鹿じゃねーの。あのバカ目隠しに荷物押し付けられて、どうしてそうヘラヘラ笑ったり気ぃ遣ったりしてんだよ」
「荷物?こんなの荷物のうちに入りませんけど?」
「そういう意味じゃねーよ!」
不思議そうに荷物を指す
に噛み付くような真希の物言いに驚くでもなく、言われている意味をすでに承知している
は苦笑しながらカップを再び傾けた。
「御三家で女性という立場がどういう扱いになっているか、東京に居る私でも少しは知っていますよ」
これまでのおどけた調子が消えた、静かで穏やかな口調。
これが本来の姿であるような落ち着き払った様子に、面食らったように目を見張る真希に
は続ける。
「京都に尊敬している同性の先輩がいますし、御三家の一角である禪院家とは・・・あー、昔少々絡まれたというかやり合ったこともありまして・・・女性とい
うだけでどういう風に見られているかは多少は体験しています」
「・・・」
「ま、何よりこの呪術界が旧態然としてますし、上層部はさらに輪をかけてますからね」
困り顔で言いながら
は真希をまっすぐ見つめ淡く笑う。
「入学を控えている後輩に、こんなことしかお伝えできなくてOGとして情けない限りですが・・・。
とはいえ、息苦しいご実家から離れられたなら、これからの学生生活を少しは楽しんでくださいね」
自分の目的のため、強くなることしか考えてなかった。
そのために利用できるものは利用してやるつもりだし自身を鍛え、早く力をつけなければならない焦燥に駆られていた。
初対面で完全に見くびっていた相手は、術師として相応の力を持っていて、理不尽にも毅然として立ち向かっていて、受けた理不尽を誰かにぶつけること無く誰
かを守るように使っていた。
確かに気に食わないアレから『強い』という言葉を言わせるだけのものを持っている。
狭まっていた視野、術師としての在り方、今日だけであの屋敷で培われた自身を縛る鎖に悉くヒビを入れてくれた。
「さて、そろそろ帰るとしてタクシー使ってみようか。いや社会見学として電車でもーー」
「なぁ」
「はい?」
手元のスマホから顔を上げた
にそっぽを向きながら真希は続けた。
「・・・禪院真希、今日は助かった」
不器用な謝意は、かつての幼子と似通うもので
は懐かしむように笑い返した。
「どういたしまして。こちらこそこれからよろしくお願いしますね、禪院さん」
「名字はやめろ」
「ふふ、じゃぁ引き続きよろしくです。真希さん」
「・・・おう」
ーー黒歴史
真「なぁ、ところでやり合ったって何したんだよ」
「えー・・・あんまり人様に言えるようなことじゃ・・・そもそも真希さん身内ですし」
真「私は知らねーし」
「あー、うん・・・えーとですね、あまり広めて欲しくないんでそこは守ってくれます?」
真「分かった」
「実は五条さんに拉致られて御三家のお茶会に強制参加させられまして」
真「あー、毎年やってるやつだ」
「そこで禪院家のおそらく次期当主っぽい人にちょっかいかけられてしまって・・・」
真「直哉か?」
「そういう名前でしたか。まぁ当時はよく知らなくて、再三あっち行けと言ったんですが聞いてもらえなかったのでつい投げ飛ばしちゃったんですよ」
真「投げ・・・は?茶会の場でかよ?」
「え?えぇ、まぁそうなりますね」
真「・・・」
「その後は一触即発だったんですけど、ちょうど五条さんがもう帰るってことになって事なきを得たという。今思えばおっかないことしましたよね。一応、私
は五条家の付き人の呈で参加していたのでその後は妙なちょっかいは無かったのは幸いでしたが」
真「あんた、見かけによらずすげぇ根性してんな」
「あはは・・・一応、黒歴史なんで秘密でお願いします」
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2026.03.26