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ーー誰そ彼の約束ーー
それは草木が長い眠りから覚め、野山が芽吹き初めた頃。
夜明け間際の山深い裾野は、どの生き物もじっと息を殺して今か今かと山際を明るく照らす日の光を待ちわびていた。
だがこちらは反比例するように身体が重くなっていくことに苛立ちが募っていた。
とはいえ、人の気配などと無縁の山深いこの場に分け入ってくる者などあるべくもなくそれは追手もやって来ないということと同義であった。
だからこそ身体の奥の燻りをどうにか回復させるべく、日が差さないであろう苔生した岩へと身体と投げた。
と、その時。
涼しげな音が耳を掠めたことで閉じていた目を開ける。
まだ人が好んで出歩く時間では無いはずの時間、森深い故に立ち入りらぬ場所。
だというのに、間違いなく遠くから場所にそぐわぬ鈴の音が近付いてきた。
ーー・・・シャンッ、シャンッ、シャンッーー
酔狂な輩が居たようだ。
だがこちらに気付くはずもないだろうと、高をくくっていれば、予想に反して鈴の音は背を預けていた岩の上で音を止めた。
ーーシャランッーー
「あら、こんな深山幽谷にご訪客とは有り難い天佑ですね」
まるで顔なじみの小動物に会ったかのような間抜けな声が響いた。
鬱陶しい存在でしかないそれを追い払おうとしたが、先にふわりと向こうが岩から飛び降りた気配が伝わる。
柔らかい着地音が目の前に響き、それはゆっくりとこちらを向いた。
夜明け前の薄闇に映える白の狩衣、水引でゆるくまとめられた黒髪、風に運ばれてくる芳しい白檀の香り。
「お初にお目文字賜ります、まろうど様」
両の目が閉じられたままそう言った奇妙なそれは、こちらを向き口元を隠すでもなく緩やかに微笑んだ。
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2026.03.25