報告書を提出し終え、木張りの廊下を一人歩く。
今日は特に大きな負傷もない。
久しぶりに料理でもしてゆっくりしようかと思っていたとき声がかかった。



振り返ってみれば、ここ東京高専のトップである夜蛾正道がどっしりとした足取りでこちらに歩み寄ってきた。
は玄関に向いていた足を戻すと軽く頭を下げる。

「お疲れ様です、学長」
「うむ。任務帰りか?」
「はい、報告書の提出も完了したところです。何かご用でしたか?」

先を読んだような、相手に口火を切りやすいような受け答え。
の言葉に正道の首肯が返された。

「来週なんだが、交流会の打ち合わせに京都へ行くがお前も同行して欲しい」
「それは構いませんが、打ち合わせに私は不要ではないですか?」

スケジュール的にも問題ないため、は即答するも同行する理由が分からず再度訊ね返せば、正道は少し間を置いて答える。

「実は京都校から名指しで依頼があってな」
「えー・・・嫌な予感しかしませんけど、それ私じゃ無いとダメなんでしょうか?」

数秒前の即答とは打って変わって、の口端が下がった。

「・・・名指しと言ったろう」
「有名どころの五条さんや硝子さんなら分かりますが、色々パッとしない私を名指しでというのが引っかかります」
「お前は術師としては優秀だろ」
「それが高専上層部の見解なら修正いただきたいんですが」

返される言葉ことごとくに難色を示すに正道は閉口した。
口が減らないというか、自己評価が低いというか。
まぁ、他の厄介な生徒に比べれば手を焼くことは無いに等しいのは助かっているが。
だが、付き合いだけはすでに10年以上になっても、この自己評価・認識に対しての頑固さは未だに変わらない。
とはいえ、行き先故の不満もあるのを承知していたような正道は無理強いするつもりもないのか、再度意思確認を問うた。

「それで、行くのか?」
「行きますよ」

予想外の即答に虚を突かれ、正道は咄嗟の言葉に詰まった。

「・・・行くのか」
「え?だって行かないと学長の面子が立たないじゃないですか」
「そうか・・・」

先程の流れるような文句の割に、あさりとそう返答したに正道はどうにか返答を返す。
戸惑っているような男を置き去りに、腕を組んだは顎に指を当て最近の記憶を手繰った。

「何の用件ですかね。
最近は京都に関わるような事はしてなかったと思うんですけど・・・
召喚じゃないなら私用?それなら私個人に連絡が来てもいいようなものですけど・・・」
「京都は嫌いか?」
「過剰なまでの御三家主義と排他的な環境に時代錯誤も甚だしい女性軽視は好きになれません。
ご飯は美味しいのに残念過ぎますよね」

またまた流れるように文句が続く。
正道相手が故の素直な言葉、かつ別な相手ならもっと文句は続いていただろう。
だが、任務ともなれば弁えた態度と発言をするかつての教え子。
それは術師として、一社会人として、共に働く同僚として頼もしいことこの上ない。
感慨に浸った正道は自身の下にあるの頭を学生時代のように撫でた。

ーーポンッーー
「大人になったな」
「そりゃ、もういい歳ですからね」
「悟にも少しは見習ってほしいものだ」
「それは世界がひっくり返っても一生無理だと思いますね」













































































































ーー先駆者ーー













































































































「よ、。久しぶりね」
「ご無沙汰しております、庵さん」

京都高専にて、出迎えた相手には深々と頭を下げた。
正道は本来の打ち合わせで席を外し、は歌姫から場所を変えようという言葉に従い目的の場所に向けて歩き出す。
緑の木々の間を抜けながら、僅かに強張っていた肩から力が抜けたは先導する背中へ口を開いた。

「呼び出し主が歌姫さんと聞いて安心しました」
「召喚されたとでも思った?」
「まぁ・・・ちょっとだけ」

歩く道すがら、相手が見ていないことが分かっていてもは視線を逸らした。
というか、それ以外の候補がなかったのか本音だが。
などという本心は隠し、目的の場所に着いたは居住まいを正すように咳払いをすると歌姫に向き直った。

「それで、わざわざ学長を通して私を呼んだ理由は何ですか?」
「ちょっと相談があってね、はい」

ぴらり、と一枚の紙が渡される。
それを受け取ったが目にしたのは、とある術師に関する詳細が書かれた書類。
呪術師にとっては第三者においそれとつまびらかにされるのはよろしくないモノだ。
その上・・・

「これは・・・来年入学予定の子ですか」
「そ、コレが相談理由よ」
「いや、部外秘では?」
「固いこと言わない。で、禪院家の子なんだけど・・・」
「・・・それ、私が聞かないとダメですか?」
「相変わらずの御三家嫌いね。五条と連んでるんだから慣れてもいいでしょ?」
「五条さんに慣れるとか有り得ないですから。私より付き合い長い歌姫さんこそ慣れてください」
「嫌よ、私あいつ嫌いだから」
「・・・」

他人のこと言えないじゃん。
内心のツッコミでは収まらなかった視線を返すも、歌姫は意に介さず話の路線が戻される。

「で、この子なんだけど禪院家出身とはいえ、生得術式は得られなかったらしいのよ」
「・・・」
「その上、呪力もそんなに無いみたいでね」
「・・・・・・」

は当然と顔を逸らし無反応を決め込む。
まだ話を聞くとも引き受けるとも言ってない。
重要書類なんて見ていないし聞こえるのは木立の囁きだから右から左に聞き流せば問題無し。
だがこれ以上、ここに留まればなし崩しで引き受けざるを得ない。
なれば・・・

「でも術式はーーってコラ」
ーーガシッーー

話に夢中の不意を突いたつもりが、の手首はがっしりと歌姫に確保されてしまった。
だがここで折れたら負けだ。

「お疲れ様でした」
「話しの途中で逃げるとはいい度胸じゃない」
「私は歌姫さんの独り言聞いてただけなので」
「聞いてたなら丁度いいわ。で?あんたはどう思う?」
「・・・」

墓穴を掘ってしまった。
これ以上の押し問答はそれこそ時間の無駄だ。悲しいことに学生時代から刷り込まれてしまっている。
言外の抵抗が虚しく終わったは、諦めのため息を一つつき腰を席へ戻す。
そしてテーブル置かれた書類を手にすると改めて、じっくりと内容を確認した。

「禪院家出身の上、女子。
生家では今まで相当肩身の狭い境遇だったでしょうね。
ホント、最低です」
「話しを戻すけど、術式は持ってるのよ」
「『構築術式』ですか・・・でも物を具現化させるのって、相当な呪力が必要ですよね?」
「そうなのよ。
術式自体は悪くないんだけど、術師としては戦い方を考えなくちゃいけなくてね」
「そうですね・・・」

自分がこの術式を持っていたらどのように戦うだろうか。
一つだけ言えるのは、鍛錬すれば恐らく自分よりも上に行く術者になるだろうということだ。
つらつらと考えを巡らせているようなを前に、歌姫は目論見成功とばかりに声を張った。

「そこで!」
ーーポンッーー
「?」
「中遠距離型の呪具を扱うスペシャリストのご意見をと思ってね」
「えー・・・」
「だって、術式と呪力のバランス考えたら近接型ではないし、術式頼りじゃない優秀な術師といえばあんたしかいないと思って」
「いやいやいや、他にもいっぱいいますよね?それこそ京都にはゴロゴーー」
「他は面識ないし、そもそもいけ好かない奴が来ても参考にならないし」
「・・・」
「それに硝子に聞いたらが適任って言ってたしね」

あー、これガチの拒否権ないやつ。
というか最後に硝子の名前を出してきた時点で断らせるつもりはハナから無かったということか。
東京にいる自分が京都に口を出すみたいで後が面倒になりそうだが・・・このまま引き受けないというのも、すぐに面倒事になりそうで嫌だ。
未来の自分にこの先に起こる面倒事を託したは、手にしていた書類を返却するように歌姫側に向けた。

「まぁ、参考意見の一つとして聞いていただきますが・・・」
「うんうん」

なんとも説得力のない合いの手だ。
いや、もうさっさと済ませる。

「呪力消費が高い術式で、呪力も限られるなら、起死回生の起点となるような戦い方を取るのはどうでしょうか?」
「ふーん、例えば?」
「そうですね・・・呪具を使っての中遠距離での戦いとなると、弓や銃となって、必然的に攻撃の手数が限られてきます。
そこにブラフを張る」
「ブラフ?」
「仮に相手が3本の矢を持っていたとして、反撃に出るタイミングはどこを狙います?」
「そりゃ、3本打ち尽くした後でしょ」
「ええ。
反撃の手が無いと油断している相手に、彼女の術式で構築した4本目でカウンターを仕掛ける、という感じの戦いはどうかなと」
「ふーん、なるほどね」
「ま、どの程度の規模の物を構築できるかによって、戦い方も変わってくると思いますけど」
「仮に呪具を持たせるとしたら何がいいと思う?」
「私が使っている呪具だと装填数の把握は相手がしずらいので、分かりやすくリボルバー式でしょうね」
「あら、弓じゃないの?」

歌姫の返に論外だ、とばかりには首を振る。
そして、術式が記載された箇所を指で叩いて続けた。

「呪力が限られているなら、身体強化に回すより手っ取り早く呪具の威力を借りた方がいいです。
何より、彼女はカウンター後の対策も必須ですし、射撃は当然として近接だってある程度こなしておかないと、青春じゃ足りないくらいやることが盛りだくさんですよ。
個人的な私見ですが、女子が弓で戦うメリットは術式に恵まれていないなら無いと思います」

自身にも通ずることに僅かに苦味が走る。
この子も、きっと痛感することだろう。
呪力が限られていること、術式に恵まれていないこと、女であること、非力であること。
それが術師としてどういう意味を、結果をもたらすかを入学して目の当たりにするのだ。
ふつりと黙ってしまったに、話を聞いていた歌姫は置かれた書類を手にすると満足したように頷いた。

「ありがと、参考にするわ」
「あの、念を押しますが本当に参考にしてくださいよ。
私以外に聞かないとか無しにして下さい」
「分かってる分かってる〜」
「・・・」

身近の人と重なる気楽な返答に期待は無意味のようだ。
その後、しばらく雑談を挟んだタイミングで歌姫はに聞いた。

「ね、は教師にはならないの?」
「向きじゃありませんよ」

自身にとっては意外でもない決まりきった答えを言ったはコーヒーを傾ける。
即答が意外だったのか、歌姫はやや目を瞠った。

「そう?あの五条がやってるのよ?あんたの方こそ適任だと思うけどなぁ」
「五条さんはあんな感じでいいんですよ。
私は人に気付きを与える事はできません」
「真面目ねぇ、気付きなんてそんなしょっちゅう与えられる訳じゃないわよ。
その時その時に即した答えを一緒に見つける、見つける道筋を示すってだけ」

今度はが目を瞠る番となった。
術師として第一線に立っている訳だが、未だに時代錯誤な考えの輩が多い。
だからと言う訳ではないが、教鞭を取る術師に対しても無駄な期待、というか諦観しか抱いていなかった。
それが小気味いい勢いでひっくり返された。
しかもそれが同性からだということが、余計に今後の先行きの明るさを示してくれたようでは心の底から嬉しそうに微笑んだ。

「歌姫さんみたいな先生が京都に居て安心しました」
「・・・」
「どうしました?」
「今の顔、五条の前でしちゃダメよ」
「はい?」
「それとさっきのは褒めての発言よね?」
「勿論です」































































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2023.07.26