ーーもう一つの選択ーー
数日後。
傑も完全に回復し、
は再び軟禁状態となっていた。
ただ以前と少し違うのは、暇つぶしになる本がその手元にある事だった。
「何か御用ですか?」
次のページをめくりながら、紙面から顔を上げる事なく問う。
軟禁部屋に戻ってからここ数日、視野の端にちらちらと入ってくるこちらを伺う気配。
正直、そろそろうざったくなってきていた。
名前は覚えていないが相手が誰かは分かっているために、その主がわざわざ自分に近づくなら用事がないはずがない。
そして、見なくとも分かる不服顔を浮かべてるだろう沈黙する相手に
は続ける。
「あなたは私を嫌っていたと思いましたが?」
その言葉で開きっぱなしの障子戸に渋々・嫌々来たというばかりな表情の少女がやっと姿を表した。
は本を読みながらも相手からの反応を待てば、嫌悪感全開の声が返される。
「は?嫌いに決まってるじゃん」
「ならお引き取りください」
「はあ!?あたしだって好きで来てない!」
「だから、その用向きは何かと聞いてるんですけど?」
「っ!んと!感じ悪っ、あんた偉そうなんだから!」
「あなたは嫌ってる相手に愛想良くするんですか?」
「っ〜〜〜!」
伊達に問題を起こしてきた特級クラス相手に言い合いをしてきていない。
ティーンに言い負ける気はないが、少々大人気ないかな、とは思いながらも互いに嫌ってるなら問題ないだろうから良いか、と
は文字を追いつつ相手の反応を再び待った。
「・・・と」
「はい?」
相手の声を聞き逃すほど本には集中していなかったはず。
は耳を掠めた音を問い返せば、絞り出すような小さな声が返された。
「あり、がと・・・」
「何ですかそれは」
予想してなかった返しに、初めて顔を上げた
は相手の顔を見た。
そこには明後日方向を見ながら、不承不承を隠さずも、年相応な少女が懸命に言葉を探している姿。
「だから!夏油様のこと!助けてくれた、から・・・」
どうやらここ数日のあの付け回された理由はそれらしい。
治療時はあれだけ食ってかかってきた印象しかないだけに、まさかわざわざ礼を言いに来るとは思ってもみなかった。
それ故に、呆気に取られるしかない
が言葉を発せずにいれば、沈黙に耐えきれなくなったのか菜々子はもう限界だとばかりに声を張り上げた。
「用はそれだけ!べ、別にあんたに気を許したとかじゃないんだから!変な勘違いしないでよ!!」
「どういたしまして」
「!」
の方がしっかりと返礼を返せば、菜々子は驚いたように目を見張る。
対して、動じることなく
が少女を見据えていれば我に返ったのか菜々子は顔を染め騒がしく踵を返した。
「じゃ、じゃあね!」
バタバタと和装の建物には似つかわしくない足音が遠のいていく。
再び静かになると、
は読みかけの本に視線を落としながらも先ほどのやり取りに苦笑混じりの笑みを浮かべた。
(「妙なところで義理堅いというか、律儀というか。誰に似たのやら・・・」)
今は軟禁状態だと言うのに、面識も碌にない敵に礼を言われるとは妙な感じだと思いながら、
は再び手元の本へと意識を落とした。
ーー強制寝落ちのその後
「よし、落ちたな。ラウルさん、居ますよね?」
ラ「んもう、もぅすこーし傑ちゃんに優しくしてくれてもいいじゃない」
「御託は結構。この後の処置について説明するので、担当する人か今後医療周りに携わる人で私の話を聞く気がある人を呼んできてください」
ラ「その言い方じゃ来る人なんて居ないわよ」
「じゃ、あなたでいいですね」
ラ「え?私は医者じゃーー」
「まず、出血毒の応急処置に患部冷却って頭悪すぎです馬鹿じゃないですか?腫れ
たから捻挫と同じ処置で良いと思うなんておめでたい思考回路の上に組織破壊を自分から招くなんてとんだモノ好きですよ。おかげで重度のネフローゼで壊死し
てましたからね、いっそのこと脳内ネフローゼ起こせって感じですよ。仕方ないので患部は切除しましたけどえらく陥没したのでひとまず可能範囲で反転術式掛
けましたけど筋組織が完全に盛り上がるまではドレッシング材は絶対外さないようにしてください。あ、一応その上からも包帯は巻いてますけどあの人のことな
のでどうせすぐに外そうとするでしょうけどそれはあなたの腕っぷしで物理的に止めてください。放置してまた適当な処置して化膿しても私はもう知りませんか
ら。次にーー」
ラ「ちょ!待って待って待って!」
「なんですか、人の話を遮らないでください」
ラ「いや、だから私は医者じゃないのよ。専門用語並べられても分からないわよ」
「要するに、死にたくなければ医者をちゃんと用意しとけってことですよ」
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2025.05.30