「・・・うっ」

小さな呻めき声と共に目の前に景色が飛び込んでくる。
板張りの天井。
同期の付き添いでよくやってきた嗅ぎ慣れた消毒薬の匂い。
自分が今いる場所が分かった瞬間、低い声が這い出てきた。

「はーい、グッドモーニン伊地知くーん」

聞こえてきた隣を見れば恐ろしく目の座った同期が自身を見下ろしていた。

「・・・お、おはようござーー」
「さーて問題でーす、私めーーーっちゃおこでーす。何故でしょーか?」

ひえっ、と小さな悲鳴がこぼれる。
目覚め一番に見るには心臓に悪い光景に潔高はもう一度気を失いたいと本気で思ってしまった。











































































































ーーおあいこーー










































































































睨み合い(一方のみ)がどれほど過ぎただろうか。
これ以上の沈黙に耐えられず潔高は謝罪を口にした。

「す、すみませんでした・・・」
「何が?」
「その、負傷をしてしまって・・・」
「そうね。腕が千切れるような怪我で心配したけど、任務である以上負傷はしょうがないね。
そこじゃない、次」
「えっと、医務室まで運んでもらって・・・」
「確かに肩貸したけど、それ伊地知くんに私もしてもらってるし、そんなことで怒りません。
次」
「め、目を覚ますのが遅かった?」
「だいぶ遠くなった、次」
「・・・・・・」
「圧迫面接みたいな質疑応答はそれくらいにしておけ」

天の助けのタイミングで、医務室にやってきたのは2つ上の先輩、硝子だった。
そして手にしていたクリップボードで、潔高の横に座るの後頭部を叩く。

ーーパコッーー
「伊地知が目を覚ましたら報告しろって言っただろ」
「・・・すみません」
「不調はあるか?見た限りの負傷は治したぞ」

不満顔のを他所に硝子が問えば、潔高は慌てて頷いた。

「は、はい。大丈夫です」
「よし。なら二、三日休んだら部屋に戻っとけよ。

「・・・はい」
「ほどほどにな」
「あ、ありがとうございました、家入先輩」

ひらひらと後ろ手を振った硝子はそのまま医務室を出て行った。
直後に訪れる再びの沈黙。

「・・・」
「・・・」
(「き、気不味い・・・」)
「ねえ」
「は、はい!」
「どうして、庇ったの?」

本題の問いをが口にする。
視線を潔高に向ける事なく、静かに怒っているはさらに続けた。

「呪霊に足場を崩されたのは私のミスだったし、伊地知くんが飛び込んで呪霊の攻撃を受ける必要無かった。
下手したら死んでたよ」
「・・・すみません」
「だから謝って欲しいんじゃないんだってば」

小さく嘆息したは無言で続きを求める。
先ほどよりも重い沈黙に呼吸さえままならなくなりそうな錯覚を覚えた潔高だったが、一番的確な言葉を口に乗せた。

「・・・嫌だったから、ですかね」
「?」

その答えに疑問符を浮かべたは初めて潔高を見た。
視線が合った潔高は慌てたように続ける。

「最近のさんを見て、とても・・・その心配だったんです」
「心配されるほど負傷してないけど」
「誤解を恐れずに言わせてもらえると、自分を・・・その、大事にしてないと言うか、二の次のように扱っているなと」

視線を外した潔高のしどほもどろの言葉には目を見開くが、それに気付いていない潔高はさらに続けた。

「鍛錬されて、以前より近接でも戦えるのは見てて分かります。
ですが、その、呪霊に向かう距離・・・というか、負傷することに無関心な踏み込みとかが、あの・・・」
「・・・」
「すみません・・・」

沈黙を返すしかできないに潔高は三度謝る。
聞かされた答えに、椅子の背もたれに体を預けたは盛大にため息を吐いた。

「はあぁ・・・伊地知くんまで居なくなるかと思った」
さーー」
「あの時!」

潔高の言葉を遮り、勢いよく前へ項垂れたは絞り出すように続けた。

「もし、あの時・・・飛ばされたのが首だったら私は何もできないまま、伊地知くんだった身体をただ見てるだけしかできなかった。
私はもう、目の前で仲間を失うのを黙ってみてられるほど心は保たない」

目の前で倒れた潔高を前に、頭が真っ白になった。
恐ろしいほど、重なってしまった。
先輩を目の前で失ったあの任務。
居なくなった人達の顔が消えていってしまう恐怖と激怒。
初めてだった。
激情に突き動かされそうになりながら、吹き出す呪力に身を委ねて呪霊をあっという間に祓えたことも。
思考が冴え渡り、苦手だった身体強化に呪力を回し、潔高を易々と抱え補助監督の元へと運べたことも。
だが、車に乗り高専に着いてからしばらくは動けなかった。
怖かった。
激情が過ぎ去って残ったのは、苛烈なまでの恐怖。
熱を失ったあの人の冷たい手、離反したあの人が心を刺した冷たい傷。
また、自分は何もできないのかと、その場から動けなかった。
項垂れたまま肩を震わすに、かける言葉を探していた潔高はゆっくりと話し出した。

「でも、さんもよく私を助けてくれてましたよ」
「・・・」
「何度も体を挺して代わりに負傷してたのを見てきました」
「・・・私は腕を落としたことない」
「そ、それは私の鍛錬不足なので・・・」

反論するに潔高は小さく謝罪する。
そして包帯が巻かれた手に、自身も包帯を巻かれた手を重ねた。

「心配をかけて、すみませんでした・・・」

包帯越しに、共に宿る熱は両者が生きていることを示していた。
もう片方の手で潔高の手の上に重ねたは顔を上げる。
その目は未だに涙ぐんでいたが、長く息を吐くとはきっぱりと告げた。

「・・・許さない」
「え・・・」
「今回の件は過去の私が庇った1回分とこれからの私が庇う10回分とおあいこね」
「ええ!この1回でですか!?」
「私、伊地知くん庇って致命傷はないし」
「それは、そう、ですが・・・」
「嫌なら五条先輩から実技で1本取ったらこの取引はチャラ」
「も、もっと無理ですよ!」
























































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2021.10.29