「ふぅ・・・」
重々しいため息が寂れた廃墟に響いた。
体調は最悪だった。
ベルトで締め付けられるような頭痛が治まらない上、発熱によるふわふわとした目眩で自力で立っていられない。
座ったら立てなくなりそうで、壁に背を預ける。
接している部分が廃墟のひんやりとした温度を伝え、僅かばかりの心地よさを伝えてくる。
(「とりあえず、終わった・・・頭痛っ、ちょっとだけ休んーー!」)
帳が上がった直後に現れた自分以外の気配。
過去、同じ状況で呪詛師の襲撃を受けた経験から反射的に気配の主へ呪具の引き金を弾いた。
ーーパンッ!ーー
しかし、銃弾が放たれた先には何もない。
おかしい、確かに他の気配がーー
「落ち着いてください」
「!」
ーーパシッーー
突然届いた声に条件反射で呪具を向けるも簡単に押さえられた。
いつの間にか隣に現れたその人の姿がぼやけた視界にやっと像を結んだことで、手にしていた呪具から力が抜ける。
そこに立っていたのは、この場に現れるにはおかしい男だった。
「な、なみ、さん・・・」
「お疲れ様です」
こちらの動揺など微塵も伝わっていない、いつもの冷静な声が返される。
ゆっくりと呪具を下ろすと、セーフティをかけた。
そして先程より重さを増した気がする頭を片手で押さえながら、は呻くように続けた。
「どうして、ここに・・・」
「補助監督から伊地知くんに来た連絡を聞いたので、私が様子を見にきました」
「そんな・・・思いっきり、時間外じゃないですか・・・」
「帳が上がって1時間経っても連絡がつかないのであれば致し方ありません」
「え・・・」
ーーガンッーー
動揺を隠しきれずの手から呪具が落ちた。
大概、どんな状況でも呪具を手放さないの内心を察したのか、小さくため息を吐いた建人は床に転がる呪具を拾い上げた。
「状況が理解できたようで何よりです」
「ご迷惑を・・・」
「謝罪は結構です。下で伊地知くんが待機しています、ひとまず治りょーー」
ーーグラッーー
「
さん!」
の上体が傾ぎ、慌てた建人が受け止める。
衣服越しでも分かる高い温度に、流石の建人も先程とは打って変わって声を尖らせた。
「この状態で任務を受けるとは、何を考えているんですか」
「・・・すみません」
「とはいえ、先日の五条さんの所為で体調を崩されたんでしょうけど」
「はは・・・それも伊地知くんから、聞いたんですか?」
「ご想像にお任せしますよ」
一人で歩けるという言葉を当然と却下され、建人の肩を借りながらは迎えが待つ階下へと二人は降り始める。
「てっきり術師として、なってないと・・・怒られるかと、思いました」
「病人に鞭打つほど、人でなしだと思われていたとは心外ですね」
病人相手のためか、落ち着いた声音ながらも静かな怒りを滲ませる建人にはいつもより高いテンションで返す。
「あはは、違いますよ。七海さん、優しいから・・・」
「・・・」
「余計な、心配かけてるの怒られるかと・・・」
「はあぁーーー・・・」(クソデカため息)
普段なら弱っていても本音を隠す彼女が、あからさまに言葉を紡ぐ。
熱に浮かされてるためだろう、取り繕いのないいつもより卑下した言葉に建人は深々とため息をついた後、肩に回していた腕を掴む力を強めた。
「あなの心配がどうして『余計』だと思うんですか」
「・・・」
「いい加減に自分がどう思われてるか自覚してください」
「・・・」
「?さーー」
ーーズルッーー
「
!」
力が抜けたの腰元に回した手を建人は慌てて力を込め直す。
膝から崩れるように建人に寄りかかったは、暫くして視線が定まらない焦点で顔を上げた。
「あ、ごめ・・・」
「歩けないならそう言ってください!」
「あはは、すみ、ませ・・・七海さん、けがは・・・」
「こんな時くらい自分の事を考えなさい!すぐ、家入さんにーー」
片膝をついた建人がスマホを手にするも、それを熱い手が阻んだ。
「だい、丈夫です」
「そんなはず無いでしょう」
「単なる風邪です、硝子さんに怒られますよ」
「自力で立てない時点でーー」
「七海さんが来てくださったから、気が緩んだだけですから」
弱々しい声、しかしその手は頑として譲るつもりが無いのを示すように離れない。
こんな状況でも頑固なところが変わらないそれに、建人は再び深々とため息を吐いた。
「本当に、あなたと言う人は・・・」
「ふふ、すみません」
「笑い事じゃありません。回復したら色々覚悟してもらいますよ」
「病み上がりなので、お手柔らかに」
「却下です」
口早に言い捨てた建人は、もはや自力で動けないを横抱きにし足を急ぐ。
普段ならこれでもかと抗議するだったが、高熱の為か抵抗もせず大人しく連行される。
「薬局に寄ってからご自宅まで送りますよ」
「・・・ごめんなさぃ、お願いします」
その後、横抱きで登場したの様子に当然と潔高は取り乱し高専へ搬送すると言い出すも、熱に浮かされながらもそれを断ったと建人がまとめるようにその場を収めたためを自宅へと届けることとなった。
もはや意地ではないかと思えるほど、かろうじて起きていたは、薬を飲んだ後は気絶するようにベッドに横になっていた。
「クソ、少しは頼れ」
汗ばむ前髪を払い、冷却シートを額に張った建人は毒づくも、その視線は気遣わしげな心配を宿していた。
気付いた時、見覚えのある天井に自宅だと言う事は分かった。
だが、ここまでどうやって帰ってきたか記憶が無い。
未だに自由が利かない身体でどうにか起き上がったは記憶を手繰った。
(「私、どうやって・・・」)
「目が覚めたようですね」
空耳か?
聞こえるはずがない声に首を巡らせれば、リビングからこちらを見下ろしている人がいた。
「・・・え」
「熱はだいぶ下がりましたか。伊地知くんが家入さんからの薬を届けてくれました。
食事が取れるなら飲んでください」
呆然としたまま呆気に取られるを置き去りに、距離を詰めた建人は身動きしないの額に手を当てたまま呟く。
そしてやっと我に返ったようなが恐る恐ると現実を口にした。
「・・・なな、みさん?」
「私以外の何に見えると?」
「え、っと・・・」
「その様子では昨日の事は覚えてなさそうですね」
どうしよう、頷く以外の選択肢が無い。
そして、病み上がりの起き抜けで頭が働かない。
さらに心なしか建人が纏う空気がどんどん重圧を増してる気がする。
「何か言いたい事は?」
「・・・」
諸々ある。
あるが、今は思考を埋め尽くすほどの鼓動にひとまず原因である目の前の視界を両手で覆い言葉を絞り出した。
「・・・殺す気ですか?」
「は?」
「病み上がりに見る光景にしては刺激が強すぎます」
「酔っ払ってるんですか?」
「七海さんがカッコ良すぎるのが悪いんです」
病み上がりの寝起きで見るには色々情報過剰だ。
まずは落ち着くために少し時間がーー
「それはそれは」
「なっ!」
企み声が響くと同時に顔を隠していた両手が強制的に外される。
再び視界いっぱいに建人の姿が飛び込み、同時に鼓動が再び跳ねた。
どうにか距離を取ろうとしてもベッドの上では大して距離も取れず、あっという間に詰められる。
「では、もっとその刺激とやらを強めてみましょうか」
「ちょ!わ、私はびょーにん!」
「口で言っても聞かないのであれば、ショック療法も試してみる価値はあります」
「どういうことです!?」
「今度同じ事をすれば今回以上の事が起こる事を叩き込みます」
サングラスを外している男の肌が触れそうな距離で呟かれるなかなかな脅し文句。
熱以外の要因で顔を赤くしたは拘束された両腕でどうにか防波堤を築こうとするも、力比べで勝てるはずはずもなく。
「ち、近っ!風邪!うつり、ますから!」
「私は自己管理を徹底してますので」
「っ〜〜〜!!!」
根拠はない返答だというのにテンパりすぎたに返す言葉は見つからなかった。
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2023.06.11