「ふぅ・・・」

重々しいため息が寂れた廃墟に響いた。
体調は最悪だった。
ベルトで締め付けられるような頭痛が治まらない上、発熱によるふわふわとした目眩で自力で立っていられない。
座ったら立てなくなりそうで、壁に背を預ける。
接している部分が廃墟のひんやりとした温度を伝え、僅かばかりの心地よさを伝えてくる。

(「とりあえず、終わった・・・頭痛っ、ちょっとだけ休んーー!」)

帳が上がった直後に現れた自分以外の気配。
過去、同じ状況で呪詛師の襲撃を受けた経験から反射的に気配の主へ呪具の引き金を弾いた。

ーーパンッ!ーー
「危ねっ」
「!!!」

放った銃弾が床に落ちる高い金属音がやけに響いた。
自身の行動ではなく、耳に届いたありえない声に言葉を失う。
目の前には指を立て術式を展開している最強が立っている。
ちなみに本日の予定ではその人は絶賛任務中のはずで、ここに居るのはおかしい。

「うわ〜へろへろじゃん、ウケるw」
「なん、で・・・」
「お前の担当していた補助監が伊地知に連絡してきたのを聞いてちょっぱやで動ける僕が飛んできてやったってわけ(物理的に)」
「素直に話すとか偽物ですね」
「こんなイケメンGLGが他に居てたまるか」
「暇なんですか?」
「最強に向かって失礼な、過密スケジュールを縫って来てやったっつーのに」
「・・・」

あー、この面倒くさい絡み方、間違いなくご本人だ。
とはいえ、この場に足を運ぶことになった原因は間違いなく自分であることも確かであり、は渋々ながらも頭を下げた。

「お手間を・・・」
「盛大にありがたがってよ。にしてもよくそんなんで任務受けたよね、バカなの?」

カッチーン。
そんな擬音が飛び出しそうなほど、の米神が波打った。
いつもなら受け流せる挑発だが、今の体調ではそんな余裕は皆無。

「そんなバカの、生存確認が済んだなら十分ですよね、お引き取りください」
「先輩に対して扱い酷くない?」
「酷くないです」
「自力で歩けもしないのに強がっちゃって」
「歩けます」
「よく言ーー」
ーーパンッーー

悟に取られた手をは跳ね除ける。
これ以上、今は関わりたくない。
はさっさと帰ろうと悟から離れ歩き出す。

「大丈夫だって、言って・・・」
ーーベシャッーー

しかし、跳ね除けた勢いに引っ張られるようにはその場にひっくり返った。
そしてそれは当人にとっても予想外が過ぎたのが分かるほど、茫然自失。
同時にそれを目の前で見せられた悟も、跳ね除けられたことの文句は引っ込み、先ほどの軽薄な態度から一転。
尻餅状態のと視線を合わせるように膝を折った。

「・・・」
「んー、これ結構やばいやつ?」
「・・・やばくありません」
「あ、硝子?今、がやばい感じなんだよね」
「ちょっ!」

目を離したわずかの隙に、余計な連絡を取られたことでは反論しようとしたがもはや手遅れ。

「コレ、高専に運ぼっか?」
『おい五条、話しをはしょり過ぎだぞ』

しかも、電話なら誤魔化せそうな可能性が残っていたというのに、よりによってテレビ電話。
本当に余計な事しかしない人だ。
液晶画面の向こう、いつもより目元のクマが薄い硝子に向かっては盛大にため息を吐いた。

「はぁ・・・硝子さん、五条さんにさっさと帰るように言ってください」
『症状は?』
「A型の可能性含みです」
『その割にゃ任務は無傷とはな』
「硝子さん・・・」

今はその話しはどうでもいい、とばかりなに硝子もすでに承知しているのか肩をすくめ予想していた返しをした。

『ま、お前がその可能性気にしてんなら高専来られても困るしな。自宅療養をしっかりしろよ』
「ありがとうございます、元々そのつもりでした」
『それと五条、伊地知にを自宅まで送ってやるように言えよ。そもそも責任の9割はお前が原因だからな』
「へいへーい。だからこうやって来てやってんじゃん」
「頼んでないです」
「ってか9割は多過ーー切ってるし!」

スマホに向け口をへの字にしていた悟だったが、気を取り直したようにに向いた。

「つーことで、帰るか〜」
「お疲れ様でした」
「よいせ」
ちょっ!無限切って運ぶ必要、無いです!自分で歩くって・・・っ」

腕を取られたが身を捩ろうとするも、すぐに勢いは無くなり膝から崩れてしまったを悟は軽々と抱え上げた。

「言ってるそばからへばってんじゃん」
「へばって、ません」
「そんな顔で言われても信用できるわけないじゃん」
「顔は生まれつきです。早く離し・・・感染ったら、どうすん・・・」
「大丈夫大丈夫、僕最強だから」
「前科持ちが・・・」

過去、何度そのいい加減な言葉でぶっ倒れたか知らない。
毎度その看病に出張ってたは、間近にある横顔を今できる全力で押し除けた。

「ちょっと、マジで、離れろ、ください」
「いででで、待て待て待て膝ではやめて!それ以上、首曲がんないから」
「最強の癖に、貧弱ですね」
「おいこら、病人だからって調子乗んなよ」
「っ・・・」

しかしついに無駄なことに体力を使い果たしたはぐったりと脱力し、そんなを横抱きに悟は潔高が待つ階下へと歩き出した。

「いやー、さ。死にたがりもここまでくるとヤバすぎでしょ」
「そんな事・・・言った覚え、ないです」
「行動が物語ってるっちゅー話し」
「どうも」
「褒めてないからね」

その後、潔高に送られ会話も覚束なくなったを抱えた悟は、何度も不法侵入をした寝室へとを横にする。
何時でも変わらない殺風景な部屋に響く荒い息遣いに呆れたように呟いた。

「ったく、痩せ我慢が過ぎるっちゅーの」
「・・・ごめ、なさ・・・」
「うお!」

まさか起きていたとは思わず驚く悟に、は不機嫌さを増した低い声を返した。

「声量・・・」
「寝てねーんかい」
「薬・・・飲んでから」
「意地かよ。ほれ、伊地知が買ったやつ」

なんとか上体を起こしたは、受け取った薬箱を見ると、もたもたと箱を開け始める。

「・・・水」
「最強を顎で使う図々しさはくらいだね。ほれ」
「どうも・・・」

キッチンからコップに水を入れて持ってきた悟に礼を述べ、はプチプチとPPTシートから錠剤を出す。
それをなんとは無しに見てた悟だったが、出された薬を一掴みしたはザラっと流し込んだことで思わず薬とコップを取り上げた。
が、もはや後の祭り。

「ちょーーーっ!?何錠飲んでんの!?」
「市販薬、効かない」
「用法容量守れよ!」
「はは、ウケる」
「ウケるポイント!」
「これが私の適量、です」
「ジャンキーかよ」
「オーバードーズって、言うんですよ」
「律儀か!」

熱で朦朧としているくせにキチっと訂正を入れてくるに悟も思わず声が荒くなる。
そんな悟を他所に、はついに力尽きたようにベッドに上体を倒れ込ませた。

「ここまで、ありがとうございます。お礼は、後日に・・・」
「素直ちゃんかよ」
「・・・」

ツッコミに何も返らなかったことで、ようやく寝室から出ると、悟は深々と嘆息した。

「体調不良も言えないほど、信用ないってことなのかね」

独白するも、すぐにその考えを打ち消すように頭を振った。
違うか。
あの時から、自身の負傷も不調も口にせず輪にかけて隠すようになり、周囲への気遣いが増すようになった。
あの時・・・彼女が呪術師としての道を選択し、かつての親友が明確な敵となった話を聞いた時から。
ドアを隔てた部屋で、悟は乱暴に自身の頭を掻いた。

「お前の心配してろっつーの」


































































































意識が浮上し、身体の感覚が戻ってくる。
外が明るい。
寝過ぎたほどの時間は経ってないようだが、どうやら昨日の絶不調は脱したらしい。

(「ヤバいラインは越えたか、あとは胃に詰め込んで薬で何とかなるかな・・・」)

まだ気怠い身体を起こすと、発熱で汗をかいた服を脱ぎ捨てクローゼットから着替えを引っ張り出し手早く着替えを済ませる。
そして薬を飲むため軽く何かを作ろうとリビングへのドアを開けた。

「うわ、もう起きた」

うわ、なんか居る。
寝起きだが、寝ぼけてるにしてはしっかりとした不審者がリビングで我が物顔でくつろいでいる。
ちなみにここは自分の部屋のはずだ。
そんなの心情など意に介さない悟はソファーによりかかりながら軽快な口調で続けた。

「恵ん時はもっと起きるまで時間かかったじゃん。
何、実は大した事なかった系?」
「・・・」
「せめて何か言お?」
「もしもし警察ですか?家に不法侵入ーー」
「ちょーーーっ!!!」

勢いよく携帯をから奪った悟が画面を見れば、相手の名前に態度を戻した。

「なんだ、相手は硝子かよ」
「学長に報告お願いしまーす」
「弁明させて」

その後、電話口の硝子とやり取りを終えた悟から携帯を戻されたは、冷蔵庫から冷却シートを額に貼り食事の準備をしながら我が物顔で居座る不法侵入者に問うた。

「それで何の用ですか?」
「分かれよ」
「分からないから聞いてるんですが?」
「お前の看病」
「は?」
「『は?』って何?」
「何言ってんですか?」
「日本語?」
「そういう意味じゃないです」
「じゃ、どこが分かんないの?」
「任務ほっぽってなんでこんな所で油売ってんのかって意味ですよ」
「素直に看病される気無いわけ?」
「任務放棄した人に素直になれません」

未だに体調が万全で無いながらも、誤魔化されるつもりはないとばかりなからの容赦無い切り返しに、頭を掻いた悟は呟いた。

「無い」
「はい?」
「だーから、任務は無いって」
「そういう嘘いいですから」
「お前どんだけ信用してないの?」
「今までの実績の為せる技です、おめでとうございます」
「褒めてないよね?」
「伊地知くん、お疲れ」
「お前、風邪ひくと容赦無いね」
「ん。私はとりあえず昨日よりマシになったよ。
それより五条さんが任務サボってここに居るん・・・は?
いや、そういうパワハラに屈した釈明要らないから真実言って。
・・・いやいや、だからね・・・」

15分後。
食事の準備ができたはガスとともにスマホの通話ボタンを切った。
押し問答に近いやり取りを終え、不信感が拭えない表情で、かなーり渋々といった顔で納得した。

「・・・ひとまず、任務が無いのは信じます」
「遅っ、そして顔」





























































>あんたが原因だよ
五「そういや、お前何で風邪ひいてんの?」
 「年の瀬に巻き込まれたハプニングのせいですかね」
五「へーそりゃ災難」
 「・・・いただきます」
五「あ、僕もケーキ食べよ」
 (「マジで何しに来たのこの人」)





Back
2023.07.26