ーー9本の薔薇と共に、後日譚 Part.2ーー
夜。
高専に戻り、報告書を上げたは医務室の扉をノックした。
『空いてるぞ』
「失礼します」
断りを受けて扉を開けば、いつもよりクマの薄い硝子が出迎えた。
パッと見た様子に怪我している様子は無かったが、訪れた理由の第一候補を硝子はに聞いた。
「負傷か?」
「甘党に付き合っての胃もたれだけです、ベッド借ります」
「・・・おう、好きにしな」
硝子の言葉に答えたはズカズカと進む。
そして一番奥のベッドまで進んだだったが、横になることはせず隣に置かれた椅子に腰を下ろしてベッドに上体を倒れ込ませた。
妙な様子のに気付いたが、しばらくそっとしておくかと硝子はパソコンに向いた。
かたかたと軽いキーボードの音が響く。
「硝子さん」
「ん?」
「失礼な事、聞いてもいいですか?」
「失礼だと思っているなら聞くな」
にべもない反論に再び沈黙が訪れる。
諦めたようなに硝子は特に突っ込まず仕事を続けたが、出し抜けにが呟いた。
「二度と会えないはずの人からお祝い貰ったらどうしたらいいですか?」
「・・・は?」
意味が分からずキーボードを打つ手が止まった。
硝子が振り返れば、不貞寝の様相となっているいつもの彼女らしからぬ背中が沈んでいた。
まさか、と硝子は腰を上げるとが沈んでいるベッドの端に座り声量を落として問うた。
「あいつに会ったのか?」
「・・・ご想像にお任せします」
明確に答えず、は口を噤んだ。
硝子はが座った椅子の下に置かれた紙袋が目に入った。
そこには小さな赤い薔薇が9本入っていた。
が今手にしていて、直前に同期と会っていたのであればソレは問題ない品なのだろう。
「」
「はい」
「お前、夏油のことが好きだったのか?」
「・・・それは恋愛的な意味ですか?」
「ああ」
濁す事なくストレートに問えば、からは沈黙が返される。
どれほどその時間が過ぎただろうか。
寝たか?と思うほどの時間が過ぎた時、自信がなさそうな小さな声が響いた。
「違う、と思いますね・・・分かりませんけど」
「どっちだよ」
矛盾の返答にタバコに火をつけた硝子が肺いっぱいに煙を吸い込んだ。
そんな呆れたような硝子を察したのか、拗ねたような消沈したような声が返された。
「私は、人を好きになる感覚が分からないんです」
「分からない、か」
「もしくは避けているのかもしれません。
誰かに言われました、『愛ほど歪んだ呪いはない』と。
私は元々、親から愛情を受けた記憶があまりありません。
だから私にとってそれに近いのは多分、高専で出会ったみんななんです。
突然訪れる別れが怖くて、私は誰も呪いたくないからそれ以上の一線を越えたくないのかもしれません」
その言葉に硝子は学生時代を思い起こした。
突然の別れ。
それは前触れもなく、訪れ喪われる。
呪術師としてはとても当たり前の事のそれも、10代のあの時期の別れは心を、人を変え壊すには十分な劇薬だ。
身近な同期もそうであり、そして目の前でまるで蹲るような後輩もその劇薬で変わったのを目の前で見てきた。
「ま、花に細工はなかったんだろ?なら持ってても問題はないだろ。
見るのが辛けりゃ捨てろ」
「・・・道理ですね」
そう答えたは深く息を吐いた。
そのまま身動きを止めたの頭を撫でた硝子は、隣のベッドのリネンをかけ、やりかけの仕事へ戻ろうと歩き出した。
(「自覚がないのは当人だけ、か」)
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2021.10.29