寒い。
ひどく、寒い。
自身の身体に腕を回そうとしても身体が動かない。
というか、今まで自分は何をしていたんだ?
どうして何も見えない?
もしかして、私は・・・

ーーペチペチーー
「おら、。しっかりしろ」

頬を叩かれた軽い痛みに意識が浮上する。
なかなか目の前の景色がはっきりと像を結ばなかったが、かけられた声が誰のものかは分かった。

、こっち見ろ。今から手当をーー」
「しょ、こ先・・・お願いです!灰原せんぱ、血が!止血、したのに!わた、何も!七海先輩も!早くーー
ーーパンッーー

意識を失う直前の出来事が一気に思い出され、はそばに立つ硝子へと掴みかかった。
が、半ば錯乱しているに硝子は容赦なく頬を張る。
鋭い痛みと衝撃に身動きを止めたへ、硝子は結論から告げた。

「雄は手遅れだ」
「・・・・・・え」
「七海は別の担当が手当してる。
お前も軽い怪我じゃないんだ、いい加減大人しくしてろ」













































































































ーー喪失の先ーー











































































































次に目を覚ました時、見覚えのある天井だった。

「・・・」

高専の医務室だ。
目を閉じれば、目覚める前のやりとりを思い出すことができた。

『即死だよ。
苦しまずに死ねたならせめてもの救いだ。
引き継ぎは五条が向かってるらしい。お前も失血が酷かったんだ、いい加減休みな』

淡々と報告してくれた硝子に頷きを返すのが精一杯だった。
身体が重く寒い。
あの時とは雲泥の差だ。



『よーし!帳も下りたし、じゃあ行ってみようか。ちゃん、サポート任せた』
『任されましたので頑張ります』
『気を抜かずに行きましょう』
『そうだね!帰りにお土産買わなくちゃいけないしね』
『・・・今その話必要ありませんよ』
『そうですよ。どうせ五ーー前方、来ます』
『よしっ!』
ーーゾクッーー
(「な!?後ろーー」)
ーードッーー



全て、一瞬だった気がした。
意識を取り戻した時には、目の前には血塗れで動かない灰原、荒い息をつく七海、二人の先輩。
ぼやける視界で応急処置を行なっていた気がした。
周りで補助監督だか誰だかが騒いでいて、抱えてくれたのをぼんやりとした頭で見下ろしている自分がいるだけ。
血の気が失せていくのに、全く現実味がなかった。
それなのにいきなり現実を突き付けられて、どうしろって言うんだ。



『実はさ、ここだけの話。ちゃんて少し妹に似てるんだよね』
『灰原先輩、妹さん居るんですね』
『うん。それにね呪霊も少し見えるみたいでさ・・・』
『それはまた・・・』
『ま、高専には入らないようにめっちゃ言ったし、その分俺が強くなって妹を守ってやんないとね』
『お兄ちゃん・・・無理しないでね』
ーーガバッ!ーー
『い、妹よー!兄ちゃんがんばるよーっ!!』
『灰原!あなた後輩に何してるんですか!!』



思い出されるのは、どれもこれもたわいない、何気ないやり取りばかり。



ちゃん、五条先輩に絡まれると七海と同じ反応して面白いね』
『・・・その言葉にどう反応すれば良いんですか』
『逆にあなたの反応が理解できませんよ』
『俺は普通じゃん!』
(「普通じゃないですよ」)
(「普通基準とは?」)
『潔高はいつも右往左往してるよね』
『い、いや五条先輩に真っ向勝負はちょっと・・・』



明るくて、前向きで、妹思いで、一生懸命で、お人好しで。
どうしてあの人がこんな最期を迎えないといけなかったんだ・・・
じっとしてられなくなったは思うように動かない身体を起こすと静かに医務室を出て行った。
外に出れば時刻はもうすぐ夕方になるようだった。
夏の茹だるような暑さが僅かに緩み、陽の光も徐々に茜色を増していた。
手近の柱に寄りかかり、はそのまま外の景色に視線を注ぐ。

「安静を硝子から言われてなかったか?」

背後からの声に肩越しに振り返れば、大柄角刈りの長身がこちらを見下ろしていた。
再び視線を景色に戻したはそのまま続けた。

「はい、言われました」
「なら何をしている」
「ちょっと・・・」
「・・・そうか」

答えになってない返答にそう答えた正道はの隣へと腰を下ろした。
どれだけ時間が過ぎただろうか。

「すまなかった」

静寂を壊さぬような呟き。
出し抜けの言葉に、は身動きせず答えた。

「・・・夜蛾先生が謝る事じゃ、ないですよね」
「・・・そうか」
「はい」

それっきり、会話は途切れた。
誰も責められない。
少なくとも、隣の人を責める気にはなれなかった。
散々言われた。
呪術師は階級に見合わない任務もある。
会敵し、撤退という選択を取る場合もある。
今回は撤退前に呪霊にやられてしまっただけ。
ただ、それだけ。
自称・最強を口にするあの人の言葉を借りれば、『弱かった所為』だ。

「・・・夜蛾先生」
「なんだ?」
「近接戦を教えていただけませんか?」

なら、少しでもソコから離れなければまた同じ繰り返しだ。
また、失うだけの繰り返し。

「せめて撤退の選択をしても、不意の攻撃を受けたとしても、その場から退くことが可能なくらいの力を・・・」
「・・・」
「もう、目の前で失わないために・・・」
ーーポンッーー
「話しは身体を治してからだ。今は・・・」

そこまで言いかけた正道の声は途切れる。
隣からは夕陽に照らされた一筋の軌跡を残したまま静かな寝息だけが響いていた。




























































ーーお見舞いもらいました
家「随分デカイ奴がいるな、虎か?」
 「はい、夜蛾先生から貰いました、猫です」
家「呪骸か?」
 「ええ、一定時間内に一定呪力を与えることができたら新しい訓練始められるらしいです」
家「そうか、言っておくが今成功したとしても貧血で逆戻りだということを忘れるなよ」
 「・・・はい」



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2021.10.29