ーー不器用で弱気な新入生ーー
廃ビルの中を荒い息遣いと床を駆ける音が響く。
「はぁ、はぁ、はぁ・・・」
肺が焼けるように痛い。
と、突然、目の前に呪霊が現れ太い腕がこちらを潰そうと迫ってきた。
「っ!?」
ーーパンッパンッパンッ!ーー
『オオオオオオッ・・・』
襲い来る痛みに思わず目を閉じた、と同時に乾いた音が続く。
そして、耳障りな叫びを残し呪霊はモヤへと消えていった。
へたり込む自分と対象的に、やる気なく歩いてきたもう一つの足音が廊下の向こう側から手にした呪具を腰元へと戻しながらやってきた。
「はぁ・・・危なかーー」
ーーガッーー
「てっ!」
「わあ!?
さん!」
床の段差に躓いたのか、瓦礫が散らばる床にダイブする勢いでつんのめってきた同期に潔高は悲鳴を上げる。
が、危なげながらも踏みとどまり、再び何事も無かったように潔高の隣へとやってきた。
「終わったね。上の階、ありがとう」
「い、いえ。結局最後はさんが倒しましたけどね」
「伊地知くんが削ってくれたおかげだけどね、早く帰ろうか」
「ええ・・・っ!」
立ち上がろうとした瞬間走った鋭い痛みに、勢いよく尻もちをついた。
情けない格好に羞恥が走ったが、すぐそばにやってきたは表情を変えず痛みで思わず庇った潔高のズボンの裾を遠慮なく捲し上げた。
「怪我?」
「い、いえこれくら・・・い"!?」
「捻挫・・・流石に骨までイッているかどうかは私じゃ分からないから固定だけしとくか」
即座にそう言うと、はヘアバンドを外し縫い目を引きちぎった。
目の前の行動にギョッとした潔高だったが、言葉を挟む間もなく簡易の布帯で潔高の紫色に腫れ上がった足首を固定していく。
「包帯は無いから、気休めなんだけど・・・」
「もしかしてよく手当していたんですか?」
ーーピタッーー
その言葉がブレーキだったようには動きを止めた。
見事なほどのフリーズに慌てた潔高はフォローするように続ける。
「・・・」
「あ、いや、その手際がいいなと思いまして・・・」
「ごめん」
「ええ!?」
「やっぱり高専に戻って専門の人にやってもらおう」
「いや、さすがにこの状態では・・・私ではやり方も分かりませんのでお願いします」
「・・・はい」
布帯を外しかけたは再び手を動かし、潔高の足首をしっかり固定する。
そしての肩を借りた潔高は補助監督が待つ場所へと歩き出した。
任務後、高専に戻った潔高は医務室へと連れられる。
そこには二つ上の三年生である家入硝子がスタンバっていた。
「おら伊地知、足出して〜」
「お、お世話になります・・・」
硝子の指示で固定された足を見せる。
すると、すでに固定された潔高の足首に硝子は目を丸めた。
「ん?これって誰が応急処置したんだ?」
「これはさんにやってもらいました」
「ふーん・・・」
「?」
含みがある返事を返した硝子に疑問符を浮かべた潔高だったが、気にするなとばかりに硝子にはぐらかされるだけだった。
「」
ーービクッーー
別日。
実技授業から戻ったらしいを呼び止めた硝子の声に、の肩が跳ねた。
恐る恐るというような感じで振り向いたに硝子は僅かに吹き出す。
「ふは、ビビり過ぎ。取って食いやしないって」
「い、家入先輩・・・」
「硝子で良いって言っただろ。それよりこの間の任務で伊地知の手当したの、お前なんだって?」
硝子の言葉にの顔色が、さぁ、と目に見えて青くなっていく。
質問の内容から予想外の反応に硝子は首を捻った。
「ん?」
「・・・すみません」
「意味不だぞ、どういう意味だ?」
「その、専門の人に診てもらう前に勝手なことしてすみません・・・一応、伊地知くんにもーー」
「は?勘違いするなよ」
ーーポンッーー
怒られると思ってたらしい思い違いをする後輩の頭を硝子はグリグリと撫でる。
「良い腕だな。お前ん家って医療関係なのか?」
「・・・え?」
「だから、応急処置は完璧だったって言ってんの。
道具も無い中、よく機転が利いたな」
褒める硝子に、青ざめながらぽかんとしていたの顔が今度は瞬く間に真っ赤に変わっていく。
そして、まるで言い訳るすように捲し立て始めた。
「わっ、わ、私はただ、伊地知くんの怪我が酷くならないようにって!
あの程度なんて、誰にだってーー!」
「あーはいはい、それができない奴が多いんだよ」
(「おもろいな、こいつ」)
揶揄いがいのある後輩が入ったと、硝子は不敵な笑みを浮かべながら、素直に褒められないを褒め続けた。
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2021.10.29