高専に入学して4ヶ月。
それなりに任務をこなし、徐々に呪術師としての覚悟が出来上がってきたと思っていた。
だからこのまま、うるさい先輩に絡まれて、共に卒業を祝って、大人になったら将来は居酒屋で愚痴をこぼしながらお酒を飲むと思っていた。

「・・・」

そう、思っていた・・・
なのに自分はなんて甘い考えを持っていたのだろうと、医務室の天井を見上げ強く目を瞑った。










































































































ーー自身の立つ場所ーー










































































































夏の暑さに焼かれながら葬儀が行われている受付テントのそばへと降り立つ。
が、頭が重い気がしたの足元が危なげにたたらを踏んだ時、隣から支えるように腕を取られた。

ーートッーー
さん、やっぱりまだ動くのは・・・」
「・・・少しふらつくだけだから大丈夫」

同期に小さく礼を言ったは再びこれから向かう先を見据えた。
立てられた看板に書かれている『灰原家告別式』
先日の任務で命を落とした先輩の家だ。
炎天下の中、黒い装いの集団に紛れるようには歩き出すが、潔高は再びと並び心配そうな声が返される。

「本当に行くんですか?」
「行く・・・約束、したから・・・」
「ですが・・・」
「あの、大丈夫ですか?」

日陰に立つ、年の頃は小学生中高学年辺りに差し掛かるくらいの少女がこちらを見上げている。
記憶に似通う顔立ちだった。
まさか、とは恐る恐る訊ねる。

「・・・もしかして、灰原雄さんの妹さんですか?」
「はい。あ、お兄ちゃんのお友達ですか?」
「・・・ええ」

探し人本人にここで会えるとは思わず、は言葉に詰まった。
目の前で立ち尽くす見知らぬの様子に少女はどうしていいか分からず戸惑いを見せた。

「えっと・・・」
「・・・いえ、すみません。
実はあなたに渡すように預かっていたものがあるんです」

そう言って、膝を下り少女と視線を合わせたはポケットからキーホルダーを差し出した。

「これを、お兄ちゃんが・・・」
「はい」
「・・・ありがとう、ございます」

嬉しそうに、けど寂しげにキーホルダーを受け取った少女を前に、はきつく唇をかみしめる。
だがそんなの心情を知らぬ少女は、顔色が悪いへ心配そうに手を伸ばした。

「あの、具合が悪いなら休んでーー」
「いいえ、大丈夫です・・・・・・本当に、すみませんでした」
































































































その後、貧血で倒れたは潔高に引き摺られる形で高専へ、というか医務室へと戻された。
そして横になったそこへ唯一尊敬できる先輩がやってきた。

「お前、葬式に行ったんだって?」
「行ってませんよ」
「伊地知から裏は取ってんだぞ」

口止めは無駄だったかと、目論みが外れた事では素直に事情を口にした。

「ちょっと会わないといけない人に会ってきただけです、式には顔を出してません」
「行く必要ないって言われてたろ」
「行くな、とは言われていませんよ」

売り言葉に買い言葉。
普段なら硝子にこんな風な口をきかないの様子に、今はどんな言葉も受け入れられそうも無いだろうと予想がついた硝子だったがさらに続けた。

、お前が責任を感じる必要はないぞ」
「・・・ええ、知っています」

まるで自分に言い聞かせるようには硝子に返した。
それはもう十分分かってる。
・・・分かってるはずだ。

「七海の代わりのつもりだったのか?」
「私、そこまで驕っていませんよ。言ったじゃないですか、元々の約束があったからだって。
もう嘘はついてません」
「それだけじゃないだろ」

見透かされたように指摘されれば、はぐっと言葉に詰まつた。
用意していた言い訳が全て消える。

「・・・精神的にまだ落ち着いてる女の私が行った方が、まぁマシかなとはほんのちょっとは思いました」
「そうか・・・」

苦しい弁明のその後、追及は無くなったが安静の約束を破ったバツは受けろ、と硝子に言われはずっと避けていた人物の部屋のドアをノックする。
しかし、先程から何度かノックをしているが反応はなかった

ーーコンコンーー
「・・・失礼します」

返事がないなら仕方ない、とドアを強行的に開け部屋へと入った。
そこには、こちらに背を向けベッドに横になっている一つ上の先輩がいた。
正直、今この瞬間もどんな顔をして話をすれば良いのか分からない。
共に赴いた任務で、同期を目の前で失った。
こうして改めて会話するのはあの任務以来だ。

「七海先輩、具合はいかがですか?」
「・・・」
「硝子先輩から、様子を見て来いと言われてきました」
「・・・」

の言葉に反応はない。
仕方ないし当然か。
後輩の目から見ても、仲が良かったし何よりいいコンビだと思った。
それをいきなり失っては自分なんかが下手な慰めは口にできなかった。

「今日、灰原先輩の妹さんに会ってきました」

床に座ったはベッドに寄りかかり事実を告げれば、ようやく背後から動いた反応が返される。

「覚えてます?任務前の駅で買った、あのキーホルダー。
妹さんに渡すって言ってたじゃないですか」
「・・・一人で、行ったんですか?」
「伊地知くんが見張りで付いてきちゃったので一人じゃないですけど」

当初の計画では一人で行くつもりだったのが抜け出すところを見つかり、担任にバラされるか自分も付き合わせるかを選べと言われてしまい仕方なく後者を選択した。
お陰で潔高までもが高専に戻って怒られてしまったが。
自分は責められて然るべきだと思った。
そうして欲しいと願ってさえいた。
だが、その子は礼を述べた上にこちらの心配までしてきた。
本当に、兄に似てなんて真っ直ぐで優しい善人なんだろうと思った。
少なくとも、あんな死に方をするべき人じゃ無かった。
襲いかかる後悔にが口を噤めば、部屋には沈黙が降りる。
と、それまで話を聞いていた建人は小さく口を開いた。

「・・・すみーー」
ーーボフッーー
「ぶっ」

瞬間、頭を預けていた枕が引き抜かれ、建人に被され続きは強制的に遮られた。
容赦なく全力で喋らせないつもりな体重のかけ方に、建人は押さえ付けている手を掴もうと手を彷徨わせた。

「ちょ・・・さん」
「謝らないでください」

やっとその手を掴み外そうとした時、ぽつりと呟きが返された。

「七海先輩だけは・・・私に、謝らないでください」

枕を被せていたが退く気配に建人はようやく起き上がった。
ベッドの横にはこちらに背を向け、膝を抱えて座るの後ろ背。
あの任務からすでに一週間。
共に負った心の傷が塞がるにはとても時間が足りな過ぎた。

「・・・結局、あの任務は五条先輩が引き継ぎました」
「はい、聞きました」

建人の言葉には何を考えてるか分かった。
凡庸な才能しか持たない私達が命を懸ける意義。
誰よりも抜きん出た力を持つその人。
正直・・・思い知らせれる。
無意味だと。
虚しいと。
なんなんだ、この世界は。

「・・・・・・呪術師は、クソだ」

ぽつりと零された言葉は、とても的を得ていた。
こんなに心抉られ、動けない。
それなのに悲しむ暇さえないほど、呪霊は湧いてくる。

「・・・同感です」

改めて、ここは地獄なんだと思い知らされた。
























































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2021.10.29