ーーアメとお茶とハグとーー
あの人との最初の思い出は冬。
中学の卒業を控えた冬休みに高専で呪具の扱いの訓練をさせてもらった頃だった。
入学済みの一、二年生とはすでに顔見知り程度の仲とはなっていたが学年の差か互いに踏み込むようなことはしていなかった。
そんな折、木造校舎の裏手でその人がぼんやりとしている姿に思わず名前を呼んでしまったのが始りだった。
「夏油先輩?」
声をかけた途端、考え無しな行動だった気がしては口元を押さえた。
しかし時すでに遅し。
しまったと、思ったが向こうがこちらに気付いては今更知らぬふりもできない。
そんなの間の悪い思いを察してか、傑は人当たりの良い笑みを浮かべ返した。
「やぁ、ちゃん」
「あの・・・気分でも悪いんですか?」
「はは、格好悪い所見られちゃったな」
「そんな、夏油先輩は割といつもスマートにみえますけど」
首を僅かに傾げてそう答えたに傑はありがとう、と礼を返す。
だがその顔色にいつもの飄々さを貼り付けたぎこちなさを感じ、まさかと予想していた事を口にした。
「すみません。もしかして、呪霊取り込まれた直後でしたか?」
「んー、まぁそんな所かな」
「し、失礼しました」
やっぱり間が悪過ぎた。
自分の空気の読めなさに心底嫌気が差したは深々と頭を下げその場を駆け出す。
そんな小さな後ろ姿を見送り、傑はそのまま寒空を見上げた。
「はぁ・・・」
凛と冷えた空気に吐き出した息が白く染まる。
どれほどそうしていただろうか、再び駆けてくる足音に視線を落とせば、立ち去ったはずのが肩で息を吐き立っていた。
「あの!」
「?」
息を切らしながら、は白いビニール袋を手に傑へと近付いた。
「すみ、ません・・・今の手持ちは、コレしかなくて」
呆気に取られる傑の横に白い袋が置かれる。
中から見えたのはお茶のペットボトルと飴の袋。
「これは・・・」
「気分が良くなったらどうぞ」
「え・・・」
「口直しと言いますか、好きな物を食べると少しは楽になりますから。
私的気晴らし効果No.3ですので効果は保証します」
「・・・」
「要らなかったら飴は五条先輩にでもあげてください。失礼します」
ぺこちゃん、と再び深々と頭を下げたはあっという間に走り去っていく。
言葉を返しそびれた傑は呆気に取られたまま見送るしかできなかった。
そして、置かれた袋の中身を確かめてみれば中には温かいお茶に、シトラスの飴。
(「手持ち、ってこのお茶はコンビニまで行かないと無いじゃないか」)
高専の自販機に売っていないものをわざわざ買いに走ってくれたとは。
できた後輩の気遣いに傑は小さく笑った。
高専に入学し4ヶ月。
その日は高専に戻ってきたのは任務に手間取りとっぷり夜が更けていた。
(「喉乾いた・・・」)
シャワーを浴び終えたは、任務帰りで脱ぎ捨てた上着を羽織り自販機へと向かう。
最近は連日、任務が続いている。
一応学生という身分だと言うのに、こんなのでいいのだろうか。
つらつらとそんな事を考えながら自販機へと向かう。
と、
「あれ、夏油先輩?」
まさか誰か居ると思わず、声をかければその人はいつものように笑顔を返してきた。
「あぁ、ちゃんか」
「お疲れ様です。任務明けでしたか?」
「ん、まぁね」
疲れているのだろうか?
いつもより暗いものを感じたが、ひとまず自身の目的を果たそうと自販機へと歩みを進めた。
「何か飲まれますか?」
「いや、大丈夫だよ」
「そうですか」
「・・・」
「あ」
「?」
「じゃあ、これどうぞ」
小銭を出そうとした上着のポケットにちょうど入っていた飴を傑に差し出す。
いつかの時と同じそれを思い出してか、傑は先ほどよりも影の薄まった笑みを浮かべた。
「いつも持ち歩いてるのかい?」
「それは夏油先輩用ですよ」
「そうか・・・」
「はい」
小銭を入れボタンを押せば缶の落ちる音が響く。
シャワー上がりということもあって、よく冷えた感触が気持ちいい。
すぐにプルタブを起こし、その場で傾ければ後ろから声がかかる。
「そう言えば・・・」
「はい?」
「以前、言っていたね。気晴らし効果No.3だって、他の二つは?」
手元の飴をくるくると回し遊ぶ傑の顔は僅かに俯いてからは見えない。
なぜ今それを聞くのか、とも思ったが先輩からの間を持たすための気遣いだろうかと、は口を開いた。
「No.2は深く深呼吸です」
「No.1は?」
「え"」
「?」
失礼ながら、そう言う事は知っていると思ってた。
だからこそ聞き返されるとは思わず、妙な声が出てしまった。
そんなこちらの心情を知らないのか、キョトンとした傑の顔がこちらを見てくる。
このまま素直に言うのもなんだが気恥ずかしく、矛先を変える事にした。
「あー、No.1は・・・一人じゃ無理なので五条先輩か硝子先輩がーー」
「ここには二人居るけど」
「ん"、いや、夏油先輩の条件に当てはまらないと逆効果と言いますか・・・」
「いいから言って」
あ、これははぐらかされてくれないやつ。
短い付き合いだが、この三年先輩達のやっかいさは既に身に染みている。
諦めたように嘆息しただったが、照れ臭くささは抜けず傑から視線を逸らし一気に喋った。
「No.1はハグですよ。
なるべく心を許した方、一般的に家族恋人、親しい友人もしくはペットとかーー」
「へぇ、じゃあ試してみようか」
・・・今、何か聞こえた。
ぐるりと首を戻せばそこには傑が腕を広げていた。
「あの・・・」
「効果があるか試させてくれ」
「・・・」
向こうは手を引っ込める様子はない。
今のところ、選択肢は3つ。
1.無視して部屋に戻る
2.笑いながら冗談に済ませ部屋に戻る
3.素直に従う
ま、1.2.を選ぶと最後は強制もしくは明日が怖い。
何より問題児揃いの一角のこの人が退く訳は無いか、と諦めたは飲みかけの缶ジュースを机に置いた。
「お試し後の苦情は受け付けませんから」
「分かった分かった」
苦笑する傑に、本当に分かってるのか、と思いながらもは傑の前へと進む。
そして広げられた腕の中へと収まるとゆっくりと腕を回され抱きしめられた。
(「・・・何か、あったのかな・・・」)
冗談で終わると思ったが、その様子はなくただ沈黙だけが続く。
苦しいほどの力で抱き締められるが、それだけじゃない。
自信に満ちていたこの人がなんだか今だけは日頃まとっていた鎧が壊れてしまったような気がした。
とはいえ、このまま会話がないのも何だか気恥ずかしく悪い事をしている気がしてきた。
はおずおずと手を回し、傑の背中をポンポンと叩いた。
「せ、先輩。さすがにこのままじゃ冷えますから部屋に戻って休まれてはどうですか?」
「・・・」
「・・・先輩?」
「」
「はい?」
「君は呪術師として、やっていけそうかい?」
「・・・」
問われた言葉に身体が硬直した。
つい数週間前、仲が良かった先輩を失ったばかりでまだ立ち直れたとは言えず、言葉が出なかった。
失言だったと、思ったらしい傑は抱き締めていた腕の力を緩めた。
「・・・すまない、忘れーー」
「そうですね・・・」
しかし、予想に反しての方が抱きしめる力を強めた。
「私は弱くて、何もできないかもしれませんけど・・・夏油先輩達のふざけたいつものやり取りを遠目で見て、七海先輩と伊地知くんとあー、またやっ
てるよって笑えるみたいな、そんな何気ない時間が続けられるなら、灰原先輩を見習って精一杯・・・足掻いてみようかとは、思っています」
自信はまだないですけど、とは声の端を震わせる。
それを聞いた傑はしばらく沈黙していたが、しばらくしてぽつりと呟いた。
「ああ・・・そうだね」
それだけ言うと、を解放した傑は立ち上がる。
あっさりとした幕切れだったことに思わず見上げただったが、それより先に傑から頭を撫でられその人の表情を見る事はできなかった。
「ありがとう、少し楽になった気がするよ」
「そ、そうですか。お役に立てたならいつでもどうぞ」
「じゃ、そうさせてもらおうかな」
ひらひらと後ろ手を振った傑はそのまま自室へと戻っていく。
そんな背中を見送り、はぽかんとしていたが気を取り直したように共用スペースのソファーへと腰掛け飲みかけの缶を手にした。
傑が憔悴していたような気がしたが、かける言葉は見つからなかった。
(「私が立ち入れる話でもないか・・・」)
向こうは特級、こっちは3級の格下だ。
先輩という立場もあればおいそれと話してくれることもないだろう。
「強く、なりたいな・・・」
ぽつりとこぼす。
そうすれば少しは離れていく背中を心配せずに済むだろうか。
いや、今は考えるのを止めようと、も自身の部屋へと戻り出す。
(「にしても、夏油先輩にとって私はペットポジションか。
シャワー後だったけど子供体温だと思われたらどうしよ」)
それは少しショックだわ、と空き缶を捨てたは部屋へと足を動かした。
ハグさせたかっただけ
ーー以降
五「硝子、何アレ?」
家「知らん」
五「少しは興味持って」
家「あー、テラピー中だ」
五「テラピー?GLGの俺を抱いた方がいいに決まってる!」
家「誰がゴリラを抱きたいよ」
夏「悟、これは私専用だからね」
(「そろそろ離して・・・」)
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2021.10.29