「優しいですよね」
「うん、それに感じ良いし」
「補助監督だからって馬鹿にしてこないの普通に助かる」
「そうそう、無茶振りも無いし仕事も後処理のこと考えてくれるってマジ神」
誰もが口にする、あの人を表す肯定的な言葉。
それは間違っていない。
だか今でこそおおらかで優しい雰囲気だが、高専時代はそうではなかった。
ピンッと尖った視線。
事務的な口調に最小限に留められた会話。
常に相手と一線を引き、踏み入りを拒む空気。
初対面の印象では正直、先行きが重いと感じた。
ーー表裏ーー
「ねぇってば!どうかしたの?」
「はい!?」
突然、視界いっぱいにの顔が見上げてきた事で潔高の肩は盛大に跳ねた。
随分と物思いに耽っていたようだ。
顔を覗き込まれるまで声をかけられていることに気付かなかった。
ドッ、ドッ、と心臓が抗議するように胸を叩くのを宥めながら、潔高は怪訝顔を浮かべると話しを戻した。
「ど、どうかとは?」
「いや、ずっとこっち見てたでしょ?聞き返しても反応ないから、私何かやらかしたのかなって」
「あ、いえ!さんは何もやらかしてません」
「なら私じゃない人が何かやらかしたから悩んでるとか?」
「いや、悩んでる訳では・・・」
正直、何と返すのが正解か分からない。
言い淀みに向こうから返される視線がすい、と細められた。
「伊地知くん」
「は、はい!」
「悩んでるなら話し聞くくらい私にもできるんだけど?」
「そ、そんな!さんのお手間は・・・」
「・・・」
まずい、この間は白状コースだ。
相手からの無言の圧に耐えられる神経は持っておらず、僅かばかりの抵抗が容易く折れた潔高は何とか言葉を探す。
「そ、その・・・変わられたな、と思いまして」
「変わったって何が?」
「さんです」
「は?」
潔高の言葉が予想外だったのか、から放たれていた圧が霧散する。
それにほっと胸を撫で下ろした潔高は続けた。
「最近、あなたの事を聞くことがあって印象が・・・」
「え・・・他の人の話題になるほど酷いことした覚えないんだけど。
私ってそんな五条さんみたいに無自覚に残念加減上がってたの?」
「ご、誤解です!」
「どれが?」
「印象はどれも良い話ですよ」
「なんだ、ホッとした」
「ただ・・・ちょっと心配なだけです」
きょとん、と擬音が聞こえてきそうなほどは目を丸める。
矛盾した事を言っている事は分かっているが、それが悩みの種だったことも間違っていない。
そんな潔高の心内がよく分からないは腕を組み首を傾げた。
「うーん、人当たり良くて心配なの?」
「無理を、してるのではないかと・・・」
ズバリの核心を突けば、はやや目を見張るとニヒルな笑みを浮かべる。
それに不安はさらに増した気がした。
そんな心情が表情に現れている潔高には落ち着いた声音で続けた。
「伊地知くんの目には、私が無理してるように見えてるんだ?」
「そうは、言いませんが・・・同期として過ごした期間があるので少しだけ、その・・・」
最初のやり取りと同じく言葉が続かない。
核心をさらに重ねることに躊躇していると、の方が先に口を開いた。
「周りに気遣いが過ぎて任務に支障が出そう?」
「そ、そんなつもりは!」
「なら余計なお世話になってるとか?」
「なっ!ま、まさか!」
「じゃあ夏油先輩と重なって不安?」
「!」
図星の指摘だと思わせる反応に、は悲しげな影ある笑みを返した。
「私は特級の肩書き持ってる人に遠く及ばない実力だよ。
同じ事にならないと思うけど?」
「・・・すみません」
失言だったのはその反応で十分に分かった。
肩を落とす潔高だったが、対照的にの方は明るい声を上げる。
「でもまぁ、そう思われても仕方ないかー。
先日の任務、嫌でも学生の・・・あの時と重なったしね。平然としてたのが逆に不安にさせちゃったんでしょ?」
「・・・」
「ま、とはいえ私が相手にしたのは元は道祖神で、昔のは産土神。
全然違うよ」
「ですが神格の差はあれど、神であることに変わりません!それに今回は呪物の影ーー」
「その差があったから、私でも何とかなった。術師は死んでないよ」
「それは・・・」
「なら問題ないよね」
「そ、そうですが・・・」
間髪入れる事なく、相手からの反論をことごとく摘み取るような返しについに潔高は言葉に詰まってしまった。
さらに消沈する潔高には自身がムキになっていることを自覚してか、深々と嘆息すると手近のベンチに腰を下ろした。
「でも・・・思うところはあったよ」
「?」
「どうしようもないことを、今更ながら思ったしね。
あの時に今の実力があればとか、灰原先輩のこととか、七海先輩のこととか。いくら考えてもどうにもならないってのにね。
きっと五条さんが居たら、『時間の無駄』ってバカにされてるだろうね」
「そんなことは!」
「うん、分かってる。
分かってる、つもりだったんだけどさ・・・私も大概ネクラだからそのループから抜け出せなくてね。
こうやって伊地知くんに見透かされて心配させるしかできない」
無理して笑っていることが分かる笑みを浮かべながらさらにの軽口は続く。
「ほーんと、そういう心配させちゃってる辺り昔から変わらないなんてね。
術師のくせに情けない限りだよ」
「そんなことありません!」
自嘲するに潔高の反論する声が弾けた。
と、大きな声を上げてしまったことを自覚してか、潔高は小さく咳払いすると声を静め再び口を開いた。
「そんなこと、ありません・・・
ただ、私は・・・術師を諦めた私が偉そうな事を言えませんが、あなたの相談相手に不足とは分かっていても・・・」
「何それ。そんなこと関係ないのに」
おかしそうに軽く笑ったは、消沈する潔高を安心させるようにはっきりと言葉を紡いだ。
「大丈夫だよ」
笑みを浮かべながら、相手を慰めるように包み込むような声音では潔高に向いた。
「言ったでしょ。
こんな情けないのに伊地知くんは私のこと見捨てないで話し聞いてくれてるんだし」
「と、当然です!」
「それにもう現実と気持ちの折り合いをつけれる歳だしね。
だから・・・大丈夫だよ」
「・・・でも」
しかし尚も退かない潔高はと向かい合いながら食い下がる。
「それでも、大人でも立ち止まって良いはずです。それだけこの世界は過酷で辛いことが多すぎますから」
「・・・」
「って、す、すみません!補助監督の私がーー」
「なら一つお願いしてもいい?」
「え・・・!も、勿論です!」
「ここ、座って」
ポンポンと自分の隣の位置をは叩く。
潔高は指示されるまま素直にその位置へ腰を下ろした。
「座るだけでいーー」
ーートッーー
潔高の言葉に返答が返される前に、その肩にの頭が寄りかかった。
「え・・・!?!?!?」
「・・・少しだけこうさせて」
あぁ、敵わない。
他の人には気取られていないというのに、この人はよく見てくれている。
それが嬉しいが、今はとても苦しい。
術師である以上、いつ命を落とすか分からない。
だから想いは告げないと決めたのに、幸せになって欲しいと思うのに、こんな小さな事で心が躍る。
踊ってしまう自分がいる。
(「今だけ・・・」)
満たされる想いに浸りながら、は開けかけた想いに再び蓋をする。
暫くてまたいつも通りの顔ができるよう、祈りを込めて瞼を閉じた。
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2023.04.16