ーー優しいウソーー
呪術界ではパワハラは日常茶飯事、何ら珍しいことではない。
特に術師と補助監督の間には明確な力の差がある。
それ故に、管轄外であるはずのどうしようもない任務査定についての文句を受けたり、任務と関係ないことで八つ当たりにするには補助監督は良い的となってい
る。
そして、現在進行系で恫喝とも脅迫とも取れる八つ当たりが進行中となっている中、感情を無にしていた潔高はこの後のスケジュールを気にしながらもひたすら
に謝罪の言葉を積み上げていた。
と、
ーーポンッーー
「見ーつけたー」
地を這う低い声。
同時に掴まれた肩に潔高はよろしくない刷り込みによる条件反射で飛び跳ね、恐る恐るという感じで振り返る。
そこには唯一の同期が、何度か見た事がある表面と内心が反比例している綺麗な笑顔を浮かべていた。
「
さん!?」
「私に了承もなく勝手に追加任務入れた上に人を待たせるとはいい度胸じゃん。
徹夜続き知っててこの仕打ちしてくれちゃって、それなりな嫌がらせしないと気が済まないなー」
「ひぇ!す、すみません!」
激務故にこのようなパターンもよくある話で、こういう場合でも詰められるのは補助監督という立場の者になる。
恐縮しっぱなしの潔高越しに、つい、と
は相手を半ば睨みつけるように一瞥すると、目だけは笑っていない笑みで相手に告げた。
「そちらの任務はもう終わってるなら彼は貰います、問題ないですよね?」
言うが早いか、相手の返答を待つ事なく
は潔高のネクタイを引いてその場を離れる。
ツカツカと自身の前を歩く後ろ背に、まるで連行してる形になっていることで、歩調を速めた潔高は慌てたまま隣に並んだ。
「
さん、すみませんでした!すぐに用意をしますので」
「あぁ、ごめん。引っ張っちゃったら苦しいよね」
「いえ、それより急ぎますね」
「何か用事あるの?」
先ほどとは打って変わった、あっけらかんとした明るい声。
急いでるはずの歩みが止まり、こちらに向ける顔にさきほど見た不穏な気配はないが、それは自分の気のせいかもしれない。
そもそも数秒前の事を忘れるような人物では無い。
ということは、やはり内心激おこなのかもしれない。
が、
「ん?」
「え?」
「・・・」
「・・・」
「そ、その・・・任務が入っているんですよね?」
「いや入ってないよ?」
「はい、すみま・・・」
流れるような返答に思わず謝罪が出かけたが、だんだんと冷静になってきた頭が、代わりに疑問符へと切り替わる。
「えーと・・・え?」
「いや、だからさっきのは嘘だよ。難癖つけられてるように見えたからさ」
助けられた、ということか。
相手からしてみれば大したことない親切心なんだろうが、殺伐とした相手との連続だったこともあって、潔高は泣きそうになる。
込み上がる諸々を唇を噛み堪えていれば、潔高の内心を知らない
からしまったか、とばかりなバツの悪い表情が返された。
「・・・」
「え、ウソ、ごめん。もしかして違った?」
「い、いえ!違ってません!」
が顔色を変えたことで潔高は慌てて訂正する。
すると、よかったぁ、とほっと胸をなでおろした同期のその姿に、心が洗われるような錯覚を覚えた。
「っ・・・」
「ちょ、今度はどうしたの?お腹でも痛い?」
「
さん」
「ん?」
「ありがとうございます」
虚偽、偽善、裏切り。
負の感情を増長させる類の言葉を嫌うと口にしながら、その口から時と場合に応じて平然と紡がれるのは相手を慮ったこれみよがしなまがい物。
呪いの元凶たるはずが、彼女を介せば呪いになどならない気がするのはきっとそれで救われている自分のような者がいることに他ならない。
感謝を込めて深々と頭を下げた潔高に
は驚きに目を瞬く。
そしてかしこまったままの肩を軽く叩くと、含みのない晴れやかな笑顔で潔高に告げた。
「お安い御用だよ」
苦労を共にしてきた仲であるからこその、偽り無き信頼の言葉を。
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2025.05.30