ーー気になるはじめーー

















































































































12月。
この時期となると都心から離れているとはいえ、東京高専の周囲を囲む山々の頂上はうっすらと白く化粧していた。

「あの、本当に良かったんでしょうか?」
「何が?」
「私のような部外者がここまで入っては・・・」
「お前は部外者じゃないだろ」

そんな中、自身の前を颯爽と歩く背中に向けたセリフはにべもなく躱される。
硝子の後ろを小走りに続くコートから覗くネイビーの制服は、この場所、呪術高専東京校の生徒ではないことを示していた。

「『まだ』部外者ですよ、他校生なんですから」
「固いこと言うな、どうせ部活も終わってヒマだったろ?」
「それは、まぁ・・・」

事実を否定するわけにもいかず は曖昧に頷くしかできない。
そしてそれにな、と続けた硝子はにやりと肩越しに笑い返した。

「どうせ数ヶ月後には高専生になるんだ、別に良いだろ」
「は、はぁ・・・」

先輩の言葉を受けても は内心では葛藤が続く。
本当に良いんだろうか。
・・・いやー、やっぱり良くない気がするんだが。
そんな気持ちを表すように、周囲に人が居ないことをキョロキョロと確認しながら歩みは続く。
そして、一つの部屋の前に着くと硝子はノックもなくドアノブを捻った。

「あー、寒っ。げとー、熱燗」
「お疲れ硝子。用意できてるよ」
「開口一番に言う台詞ですか?」
「あはは、僕達まだ未成年ですよ?」
「・・・っ」

心の準備が全くできてない中、すでにやんやと盛り上がっている部屋の前で足が止まった。
やはり場違いだ、お暇しよう。
と、断りを口にしようとした矢先、早速の一杯目を流し終えた硝子がドアの前で突っ立っている に振り返った。

「早く入れ、開けっぱで寒いだろ」
「す、すみません!・・・お、お邪魔、します」

逃げるタイミングを逃し、言われるがまま慌ててドアを閉めた は、靴を脱ぐと恐る恐るといった感じで硝子が床を叩いた隣へと進む。
と、流しに立っていた雄がいち早く声を上げた。

「あれ、その子・・・」
「知ってる奴もいるが来年、ってか数ヶ月後に入学する一年だ。ほれ」
は、はい! です、はじめまして」

顎で促された は慌てて名乗ると併せて深々と頭を下げる。
間を置かず、お猪口を手にした硝子は流し場に立つ二人を指した。

「で 、お前も知ってるだろうが一個上の先輩だ。右から自己紹介」
「僕だね!2年の灰原雄、よろしくね!」
「よ、よろしくお願いします」
「・・・七海建人です」
「よろしく、お願いします」
「七海!愛想悪いよ!」
「余計なお世話です」

雄の言葉に顔をしかめた建人はコンロにかかった鍋へと向いた。
そして、最後の一人。
冷蔵庫の中から一升瓶を取り出している傑は人当たりの良い笑みを に返した。

「最後は私か。夏油傑、学長に紹介されて以来だね。君が入学したら3年の先輩だ。
改めてよろしくね」
「は、はい。よろしくお願いします」
「五条は?」
「急遽、任務が入ったらしい」
「間が悪い奴、日頃の行いが悪い所為だな」

居ないことをこれ幸いと硝子はこれでもかとこき下ろす。
と、その場で最年少である は所在なさげに言葉を探す。

「あ、あの・・・」
「ん?いつまで立ってんだ、早く座れ」
「いや・・・」

隣からの硝子の言葉に は従っていいものか挙動不審な動きを見せる。
何しろこれから先輩となる人が作業をしていて、後輩になる自分が座っているだけというのはとーっても、居た堪れない。
そんな心情を汲んだのか、傑は先ほどの笑みを返した。

「緊張してるのかい?大丈夫だよ、誰も取って食いやしないから」
「そのインチキ顔で言われてもな」
「硝子、君が連れてきたんだからフォローしなくちゃいけないだろ」
「暇だって言うから連れてきたんだよ。野郎に囲まれたむさい中で酒飲む私の身にもなれ」
「・・・うん?説明してないってこと?」
「説明?したよな?」

いえ、されてませんね。
ちなみに『暇』ではなく『急ぎの用事はない』と言ったのだが。
という事実をはっきり言えず、 はどうしたものかと言葉を探すも間を繋ぐ言葉は見つからなかった。
だが の内心を察したらしい傑は途方に暮れている後輩に同情の一瞥を送った後、非難を込めた主犯に向いた。

「硝子・・・」
「心配するな、 はできた後輩だ。この部屋に入ってきた時点で察してる、な?」
「あ、えっと・・・皆さんでお鍋、でしょうか」
「ほらな」
「『ほらな』じゃないだろ、ここに来るまで不安にさせてたんじゃないか」

呆れる傑に硝子はひらひらと手を振るだけで済ませ、追加の熱燗を催促するように空の徳利を差し出す。
仕方なさそうに嘆息した傑は、 に座るように手で振り示し、徳利を受け取り二人の後輩の元へと向かえば、元気の良い声が部屋に響いた。

「夏油さーん!お肉ってこれだけですか?」
「あぁ。貰ったのは野菜だけだからね」
「これからさらに一人増えるんですよね?足りますか?」
「あ、五条に買ってきてもらえよ。まだ帰ってきてないんだし」
「そうだね、じゃあメールしとこっか」
「ついでに酒も」
「あ、あの。私も何かお手伝いを・・・」

居た堪れなさの限界で腰を上げる。
しかしそれは全開の笑顔と声で押し留められた。

「あはは!大丈夫だよ、 ちゃんはゲストなんだし僕らに任せてよ。
ね!七海!」
「包丁を擦り回さないで下さい」
「あ、やっぱり七海が切りたいの?」
「・・・違う」
「まな板は切らないでくれよ」
「そう言う面白いことは五条の部屋でやれ」

その後、やんややんやと盛り上がり終始賑やかな時間となった。
しばらくして悟が肉と共に任務から戻り、あっという間に食料が底をついたためお開きとなった。
2年生の二人は明日の任務が早いらしく部屋の前で別れることになり、 もキリが良いので帰るといえば傑が硝子を視線で促す。
が、まだ飲み足りないから任せた、という硝子の代わりに をバス停まで送る役を押し付けられた傑と二人で薄暗い夜道を並んで歩いていた。

「今日はいきなりだったけど、少しは楽しめたかな?」
「は、はい。こちらこそまだ入学前なのにお邪魔してしまって・・・」
「それは気にしなくていいよ、硝子も言ってただろ?」
「それは、まぁ・・・」

とはいえ、説明無しからあのような流れになるとは思わず、なかなか気を張った食事となったのも間違いじゃない。
数ヶ月後には自分も今日会った先輩達と肩を並べて、術師として経験を積むことになる。
長期休暇の際に色々教わっているとはいえ、不安が無いといえば嘘になる。
可能な限り、先輩達には迷惑をかけないようにしないと。
はそんなことをつらつら考えながら、ふと視線を感じ隣を見てみればバチッと音が出そうなほど傑の視線とぶつかり思わず肩が跳ねた。

ーービクッ!ーー
「あの、な、何か?」
「ん?あ、いやすまない。怖がらせるつもりはなかったんだけど・・・」

いや、怖くはないが完全に油断していたからびっくりした。
バクバクと相手に聞こえるのではないかという心音を宥めていれば、顎に手を当てた傑が考え込むように呟く。

「君みたいな子が術師を目指そうとするのが、ね」
「・・・向いてませんか?」
「そう言う意味じゃなくてね、うーん・・・
術師ってこう・・・個性的というか、我が強い傾向があってね。 ちゃんみたいな優しい感じの子は珍しくてさ」

暗いからだろうか。
今日何度か見た笑みとは違う気遣わしげな、下手すれば何かを引き止めようとするような表情。
言葉とは裏腹に術師としての才覚を測られているようで、そしてその判断は仕草から何となく察せてしまった はふい、と顔を背けた。

「そうですか・・・」
「悪い意味じゃないよ?本当に」
「はい、それはもう」

が当たり障りのない返しをすると、二人の会話は止んだ。月明かりの下、アスファルトを踏む音がしばらく続く。
そして停留所に到着すると、傑は再び口を開いた。

「冬休みはまた高専に来るのかい?」
「はい、夜蛾先生から本格的に呪具の扱いを教えていただける予定になっているので」
「そっか、また会えるのを楽しみにしてるよ」

人当たりの良い笑みを浮かべた傑がそう言えば、 は照れるでもなく小さく会釈を返した。

「こちらこそ、これからどうぞよろしくお願いします」
「あ、うん」

予想に反して淡々と返されたことで傑の方が言葉に詰まって返す。
大概は人当たりよく笑えば相手の反応は顔を赤らめて褒めそやす。
特に異性に対して打ち解ける最善手策であるはずが本日は後輩には悉く空振りが続いていた。
術師を目指しているとはいえ、自身より2つ下のそれもまだ10代。
入学前で気負いが過ぎるだけではないような、余裕を生まない覚悟は簡単に折れてしまいそうに見えた。

「君は・・・」
「?どうかされましたか?」

しかし、傑が声をかけるより早く、 の方が気遣わし気な声を上げる。
それに続きを言葉にしようとしたが、ちょうど定刻通りバスがやってきた。

「・・・いや、それじゃあまた冬休みに」
「はい。その際はお世話になります」

結局、当たり障りのない話題続きで会話を終え後輩はバスに運ばれて行く。
しばらくバスの行き先を見ていた傑だったが、見送りを終えたことで自身の部屋へと戻った。

「ただいま」
「傑!おせーよ!」
は?」
「ちゃんと送ったよ」

まだ部屋に戻ってなかったらしい同級生2人にそう返せば、傑は空いてるスペースへと座る。
そして手酌をしている硝子にずっと考え込んでいた傑は問うた。

「硝子」
「ん?」
「あの子、本当に術師を目指しているのかい?」
「そう聞いてる」

即答。
というか、担任でもあり学長となったその人から直に紹介を受けたなら、そんなこと今更確かめても意味がない。
そうは分かっていても違和感が拭えない。
そんな傑の考えを読んだのか、手元のお猪口を一口で空けた硝子は首を傾げた。

「何か問題か?」
「いや、ちょっと術師の過酷さに耐えられるのかなって」
「オカンか」

間髪入れず悟からのツッコミが飛ぶ。
最近、後輩を慮れば毎回このネタで弄られる。
だがもうひとりの同級生である硝子からも同じ感想だったらしく半ば呆れたような空気が返された。

「心配性も過ぎるとハゲるぞ」
「そう言うつもりもないけど・・・」
「ま、本人がやるって言ってる以上大丈夫だろ。向きじゃなきゃ辞めるだろうし」
「そりゃそうかもしれないけど・・・」
「それに初めて会った時よか、肉もついてきたし学校の部活でも体力作りも兼ねてトレーニングしてるって聞いてるし、本人的にはやる気みたいだぞ」
「え・・・昔はもっと痩せてたって言うこと?」
「あぁ。
詳しく聞かなかったけど、入院してたらしいしな。今は親戚に預けられてるらしい」
「そうなんだ」

正直、初めて会った時の記憶はかなり朧げだ。
存在というか生気が薄く術師向きではないと思った。
今日会っても、任務ですぐにどうにかなってしまうのではないかと思わざるを得ない印象だった。
と、過去の記憶を遡っていれば物珍しそうな視線がこちらに向いていたことで傑は物思いから浮上した。

「・・・」
「なんだい硝子?」
「いや、お前がそこまで後輩思いだとはな」
「私は悟より後輩にはそれなりに気にかけてるよ」
「七海や灰原には今までそんなセリフ聞いたこともないぞ」

その指摘に目を瞬かせる。
言われてみればそうかもしれない。
だが、一つ下の後輩は今日感じた危うさを抱くような感じではなかった。
とすば、そのように思った理由はきっと単純にそういうことだろう。

「女子の後輩は初めてだしね」
「すぐに死にそうだから守ってやんなきゃ的な?おっえ"ー
「ま、お前らみたいなゴリラに比べれば間違いなくひ弱だわな」
「ひ弱な術師なんて無価値じゃん」
「・・・いや、否定はしないけどもう少し言い方があるだろ」

片やあんまりな言い草。片や事実だが褒め言葉の部類ではない返しに傑は眉間を揉む。
硝子の言葉は何気にもう一人を巻き込んでいるのだが、その当人は先程からずっとポッ○ーを頬張り続けており気付いていないようだ。

「とはいえ、ひ弱なりにやってくつもりだろ。世話焼きもほどほどにな、ハゲるぞ」
「んな世話したいならコンビニであんまんとダッツ」
「ハゲないし、コンビニも行かないよ」

このまま続けてもからかわれ続けるだけな事が分かり、話を切り上げるように嘆息を返した傑はテーブルの上を片付け始めた。
押しかけている二人はまだ居座るつもりらしく、思い思いに菓子を頬張り缶ビールを傾けている。
先程まで賑やかだった空気はもう薄れた。
同期の隣に身の置き場に困っていたような少女と、別れ際に目の当たりにした決意に満ちた眼差し。
同一人物とは思えない相反するそれを見た所為なのか、不思議と自身の心に居座ってしまった後輩の姿。
気になる始まりは、何気ない再会からこうして始まったとは当人達は知る由もない。


































































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2025.03.29