ーーかつて望んだ温もりをーー
















































































































厳しい寒さが緩んだとはいえ、まだまだ冬らしさが残る初春。
両手に下げた袋に入った大量の荷物を手に、白髪の美丈夫は大股で目的地への道を辿っていた。

(「あいつ、先輩をアゴで使うったぁ今度イジメてやる・・・」)

数十分後、苛立ちを隠さぬまま悟は荒っぽくドアを開けると同時に文句を口にした。

ーーガチャッーー
「おい、おまーー」
ーーコツッ!ーー

顔面に走る衝撃。
そして足元に転がる空のペットボトル。
投げつけられたことを示す状況に、低い声にさらにドスが利き荒々しさを増した。

「あ"?」
ーービッーー
「・・・」

瞬間、悟が立つ玄関の向かい側から、しでかした当人より立てた中指が返される。
というか、壁に寄りかかっているは大きな何かを抱きかかえているような状態で立ち上がる様子を見せない。
珍妙な光景に悟は声がいつもの調子に戻った。

「・・・何してんの?」
「・・・」

問いに答えは返らず、ジト目のままは携帯を指差した。
なおも首を傾げた悟だったが、仕方なく携帯を取り出すと目の前の画面にメッセージが送られ始めた。

『恵くんが風邪ひいて昨日から絶不調なんです』
「だから何なの?」
『大声で喋んじゃねえって言ってるんです』
「は?どうせ寝てんでしょ?」
『恵くんが眠ったのはついさっきですよ』
「なんで?」
「はあぁ・・・」

ため息で返事を返すに、部屋に上がった悟はが抱きかかえている恵を覗き込む。
赤い顔で息遣いも未だに荒いそれに、今しがた聞かされた症状は納得できたがそれが後半の説明と結びつかない。
それで?とばかりな悟に距離が近付いたことでは小声で続きを説明した。

「おそらくウィルス性の風邪による嘔吐と発熱で眠るどころじゃなかったんですよ」
「げっ、ゲロ吐いーー」
ーーゴンッ!ーー

無限の発動の間も許さぬスピードで小気味いい音が拳と共に振り下ろされた。

「喋るなら、口閉じろ」
「・・・うっす」

笑顔ながらも鬼気迫るの剣幕に悟は素直に頷いた。
そして、ようやく大荷物でこの部屋を訪れることとなった理由を理解する。

「なるほどね、だからこんなに買ってこいってか」

玄関口に置かれた袋の中には、2Lのスポドリ(複数)、500mlのスポドリ(大量)、スポドリの粉、はちみつ、ゼリー飲料、ゼリー・果物、生姜、ネギetc...
重量があるものばかりが指定されていた。
納得したような悟に同意を示すようにが頷き返せば、袋から出した飴を開けた悟がサングラス越しでも分かる不服気なオーラでを見返した。

「つーか、お前くらいだね。このGLGをパシんの」
『彼のことが広まっていいなら適役な人に頼んだんですけどね。一応、配慮しましたよ』

器用に手早く片手で長文を打ったを横に、飴を口に放った悟は連絡が来た時間と今までのやり取りの流れから思わずに振り返った。

、いつからその状態?」
『昨日の夕方です』
「はあ!?」
ーーバフ!ーー

今度は目に見えない壁で防がれたとはいえ悟の視界をマフラーが塞いだ。
邪魔を外せば、米神に青筋を浮かべたからのメッセージが画面を埋めた。

『声量』
「・・・恵相手だと強気だね。ってか、連打怖いからやめて」
『子供の味方なので』
「あっそ。恵は僕が看ててやるから飯食って来ていいよ」
「・・・」

まるでこの世の新発見、とばかりなびっくり顔に意味がわからず悟は眉根を寄せた。

「何その顔」
『五条さんにそういう気遣い的な一般常識が存在していることにびっくりして反応に困ってる顔です』
「おま・・・」
『冗談です』
「こんの・・・」

戻りそうな声量をかろうじて押さえてる悟に表情を緩めたはメッセージを続けた。

『私は平気です。それより津美紀ちゃんがそろそろ帰ってくると思うので、一緒にご飯食べに行ってください』
「お前どんだけこの僕をコキ使うの?」
『最強の五条さんだから任務終わってここに居るんじゃないですか?』
「そりゃ当然」
『なら、小さな女の子との食事なんて楽勝じゃないですか。お願いします』
「・・・」
『不満そうですね』
「褒め方が雑」
『そりゃ失礼しました。そうだ、コレ渡しておきます』

適当な詫びを返すと、はポケットから取り出した何かを放物線を描いて悟へと投げ渡した。
空中でキャッチした悟は手の中に収まるソレを見下ろした。

「ナニこれ?」
『手指の消毒ジェルです。
必ず津美紀ちゃんに手を消毒してからご飯食べたりするように渡して下さい』
「僕には?」
『最強な無下限持ちには不要の産物ですよ』

にべもなく言い切ったを悟は見据えるが、当人からは間違っているか?とばかりな表情が返される。
生意気な後輩の態度に更に何かを言ってやろうかとも思ったが、今の状況で強気を崩すことがないのはさきほどから経験済みであるため、仕方なさそうに悟はため息を付いた。

「・・・しゃーねぇーな」
『津美紀ちゃんには恵くんは大丈夫って伝えて下さいね』
「へーへー」
「いってらっしゃい」

小声での見送りを背に悟は部屋を後にした。
そして記憶にある帰りの通学路を歩いてみれば、津美紀が小走りで帰ってくるところで合流でき、の言葉を伝えた悟は近くのファミレスで食事をとることになった。
合流早々の開口一番、

「五条さん、恵はどうですか?」
「あー、が言うには大丈夫だってさ」
「そうですか」

悟の答えにホッとした様子の津美紀にパフェをつつきながら悟はさらに聞いた。

「昨日の恵はどうだったの?」
「きのうは・・・よこになれないし、おかゆのにおいもダメみたいでずっと苦しそうでした」
「はー、なるほどね、そんなんだったんだ」

ようやく出掛けのの行動が理解できた。
そしてしゅん、とうなだれる津美紀に、悟は向かいの小さな頭を撫でた。

「はい。もしわたしひとりだったら・・・」
ーーぽんっーー
が大丈夫って言ったなら大丈夫だって。できないことは言わない奴だからさ」
「・・・はい」

食事後、帰宅してみれば数時間前とは違ったはっきりとした声が返ってきた。

「おかえりなさい、津美紀ちゃん、五条さん」

普通の出迎えとなったことで、津美紀は真っ先にに近付いた。

さん、恵は?」
「うん、もう熱も下がったし大丈夫。さっき食事も軽くとれたし薬も飲めたから」
「よかった・・・」
「津美紀ちゃんが私に連絡してくれたお陰でじきに良くなるよ。だから今日は昨日みたいに遅くまで起きずに早めに寝ようね」
「うっ・・・はい」

の指摘にバツが悪い表情となった津美紀だったが、様子を見たいという津美紀に一つ頷くとは許可を出すように手振りで示す。
隣の部屋へと足音をひそめて行った津美紀を見送り、戻ってから一言も発していない先輩には視線を向けた。

「ありがとうございました、五条さん」
「そうでしょ、崇めろ敬え」
「はいはい、感謝してますよ心からー」(棒)

平らな語調のまま言葉では感謝を伝えながら、は散らかった部屋の中を片付けていく。
手を貸すこと無くが片付けている様子を見ながら、小さなテーブルに頬杖をついた悟はここまで来るまでに確認した話を聞いた。

「何で病院に連れて行かなかったの?」
「必要ならそうしましたよ、そこまでじゃなかったので」
「は?わざわざ任務のスケジュール調整までしてそれは無いでしょ」
「・・・知ってて聞くなんて相変わらず性格悪いですね」

悟の指摘に手を止めたは再び手を動かす。
そして山となっていた洗濯物をたたみ始めながらは続けた。

「恵くんが行きたくないって言ったので」
「それでガキのワガママに付き合ってやったっての?馬鹿だねー」
「私程度の呪術師の代わりは居ますよ、現に目の前の最強呪術師サマにかかればそれこそ朝飯前どころかコンビニ寄るついでに片付けられるじゃないですか」
「で、その風邪っぴきに合わせて飯も食わずに看病したと」
「単に食べる気になれなかっただけでーー
ーーパシッーー

突然、横から放り投げられた何かに気付いたは受け止めた。
そしてしでかした相手に低い声を上げる。

「女子の横っ面にいきなり何するんですか」
「受け止めてんじゃんw」
「知らないから教えてあげますけど、不意を狙うのは攻撃って言うんです」
「言うなら礼でしょ?」

悟の言葉でやっと手の中に収まったものに視線を落とした。
まだ温かいホットココア。
それを放った当人へ向け、先ほどよりもより難解な表情を浮かべたは盛大に首を傾げた。

「恵くんはまだ寝てるから飲めないですよ?」
「知ってるちゅーの。お前にだよ」
「・・・」
「よーし、その顔は殴って欲しいってことだな」
「やー、今日は五条さんの新たな一面の発見の連続ですね。
明日は地球滅亡でしょうか、いただきます」

手を止めたはキャップを開けその場で傾けた。
丸一日近く食べていなかっただけに、普段甘いものはそんなに飲まないが、空きっ腹にはちょうど良かった。
ペットボトルを傾けているに、悟は手にした飴を頬張りながらぽつりと呟いた。

「お前って、昔からこういうの手慣れてるよね」
「そうですかね。
まぁ硝子さんから学生時代は介護要員って言われてたのはあまり嬉しくはなかったですが」
「そういうことされたからできるんだね、僕には無理」
「私は看病されたこと無いですよ」
「・・・は?」

返された疑問符に、一気に飲み終えた空のペットボトルをテーブルに置いたは止めていた手を再開する。
と、一言の呟きだけで後が続かない悟に気付いたのか、が横を向けば本当に知らないような表情だったことでは首を傾げた。

「あれ、教員になったから私の経歴もご存知かと思ってましたけど」
「いちいち調べないでしょ、んなこと」
「それもそうですね」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「って、話す流れ!そこは!」
「え?話すんですか?」
「勿体つけるほどの話しなんでしょ?」
「別に面白みもないつまらない話です」

続けないといけないのか?と視線で問えば無言で先を促され、は小さく嘆息すると手を動かしながら続けた。

「私の両親が呪霊に殺されたことは?」
「ああ、それは知ってる」
「殺される前まで、呪霊による障りが両親に影響してか私は世間でいうところの虐待を受けていたんですよ。
ちょうど恵くんくらいだったでしょうか、あまり覚えてませんが」
「・・・」
「で、最終的に呪霊が膨れて両親を殺して私も殺されるところだったのを夜蛾先生に助けていただいて、それからは病院していた親戚に預けられたと。
なので、手当やら看病やらはそこの親戚と病院関係者の仕事を見て覚えたって感じですね」

すぐに高専に入ることを決めていたのでちょうど良かったですけど、とは話を締めくくる。
淡々とまるで報告書を読み上げるような事務的な口調。
そしてたたみ終えた洗濯物を所定の場所へ戻し終えたが振り返れば、予想外の表情があったことで目を瞬かせた。

「?どうしたんですか?」
「あー、いや別に・・・」

バツの悪い顔。
この人でもこういう顔ができるのかと、本当に新鮮な驚きの連続だなと思ったは仕方なさそうに一応のフォローを入れる。

「だから言ったんですよ、苦情は受け付けませんからね。
でも、すみませんでした」
「なんでお前が謝んの」
「五条さんにそんな顔させるのは本意じゃありませんでしたから」
「そんなって何?いつも通りのGLGフェイスでしょ」
「はいはい。
ま、恵くんや津美紀ちゃんに甘くなるのはそういう経緯でしたってことで忘れて下さい」

立ち上がったは今度は洗い物と朝食でも作るかと、流し台へと向かう。
水が流れる音を聞きながら、今度はポッキーの袋を空けた悟が腹落ちした、とばかりな声を上げた。

「あー・・・なーんか、やっと納得できた」
「何がですか?」
「お前が僕とか同期を大事にしてる理由だよ」
「私は別に五条さんは大事にしてないし尊敬もしてないので勘違いしないでください」
「はっはっは〜照れるな照れるな」
(「・・・事実しか言ってないつーのに」)

突っ込むのも面倒になって、は手を動かすことに集中することにした。






























































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2021.10.29