ーー熱に浮かされた言い訳ーー














































































































ひんやりとした感触に意識が浮上する。
ぼやけた視界が像を結べば、見慣れた天井と共に、後輩がこちらを見下ろしていた。

「あ、気付かれましたか?」

こちらを見た顔がホッと安心したように綻んだ。
夢、にしてはおかしい。
額に置かれた冷たさも、ベッドに自身が横たわる感触もはっきりとしている。
未だに状況を理解していないような傑には更に続けた。

「珍しいこともありますね、夏油先輩が風邪をこじらせるなんて」
「・・・、ちゃん?」
「はい、お邪魔しています。
食欲があるなら薬の前に軽く何か食べて欲しいのですが」
「・・・」
「夏油先輩?」

黙り込んでしまった傑に、は不思議そうに首を傾げる。
その間、傑はゆっくりと起き上がりながらやっと今の状況を整理し始めた。

「待ってくれ、どうしてここに・・・」
「体調崩されたと聞きまして」
「いや、誰がそんな・・・」
「隠しているだろうから凹ませてやれと」
「・・・硝子か」

流石は伊達に高専からの付き合いの上に治療を引き受けているだけあるか。
悟は誤魔化せていたと思っていたが、ここ数日の体調不良を見抜かれていたとは。
やっと納得した様子の傑に、さて、と続けたは改めて質問を繰り返した。

「硝子先輩の目論見の一つが達成されたところで、いかがですか?食べれそうです?」
「・・・いや、今は」
「そうですか。なら水分補給だけでもお願いします」

そう言って、ベッドサイドに置かれたストローが差されたスポーツドリンクが傑に差し出される。
それを受け取り飲んでみれば、直前まで冷やされていたことが分かる清涼感が喉を通って火照った身体をゆっくりと冷やしていく。
ぼやけた感覚が僅かに鮮明になり、倦怠感も薄れるのが分かった。

「手厚いね」
「それは病人相手ですので」
「いつもそうしてくれると嬉しいんだけどね」
「そういう軽口を言える余裕があるなら早く治して下さい。
じゃないと、先輩の相方が乱入してきますよ」
「確かに、今は悟が来るのは困るな」

傑から返却されたペットボトルを受け取り、再び冷やしておこうと腰を上げたは蓋を閉めながら冷蔵庫の取っ手に手を伸ばす。

「そうですよ、感染ったらーー」
「せっかくの二人っきりを邪魔されたくないしね」
ーーゴドッーー

の手から滑り落ちたペットボトルが鈍い悲鳴を上げる。
いやいやいやいやいや。
真に受けるなんてそれこそ馬鹿だろう。
落としたペットボトルを拾いながら内心、自身に突っ込んだは呆れたように言い返した。

「・・・からかうの、やめてください」
「おや、本当のことを言ったつもりなんだけどね」
「そういう思わせぶりなこと気軽に言うから硝子先輩に五条先輩と同類って言われるんですよ」

傑に背を向けたままはペットボトルを拾って冷蔵庫へと戻す。
背を向けているから顔は傑には見えないはず。
冷蔵庫から流れる冷気で赤く染まった顔を冷ましながら、ついでに冷凍庫から用意した氷嚢を取り出す。

「起き上がられているついでに、氷枕作り終えたので使ってください」
「ありがとう」

ベッド横に戻ったが枕元に氷枕を敷けば、重い身体を支えるように頭に手を当てた傑はうんざりとしたように呟いた。

「はぁ・・・暑っ」
「熱が下がれば楽になりますよ、ついでに着替えますか?」
「いや、水分を取ったおかげで今なら軽いものなら食べれそうだから薬も飲むよ」
「それならアイスかゼリーがありますよ」
「ならゼリーを貰おうかな」
「分かりました」

再び冷蔵庫の前に腰を下ろしたは、白桃、みかん、ミックスゼリーとをトレーに並べ傑の膝の上に置いた。

「どれにします?」
「じゃあ・・・桃にしようか」
「はい、どうぞ。他はまた戻しておきますね」

ゼリーの蓋を外したは傑に差し出す。
至れり尽くせりなそれに、スプーンを手にした傑は再びベッド横に戻るに聞いた。

「品揃えが豊富なのは理由があるのかな?」
「さて、どうしてでーー」
ーーパシッーー

ベッドサイドに薬を置いたの手首が熱い手で掴まれる。
言葉を遮られた疑問を口にする前に傑が先に言葉を続けた。

ちゃんの手、気持ちいいね」
「そりゃ氷枕作ってたの・・・で」

やや驚いていたが傑に向けば、思った以上に近い距離に互いの顔。
一瞬、呼吸を忘れる。
数呼吸の後、は僅かに頭を後ろに振った。

ーーゴンッ!ーー
「っ!?」

軽い頭突きのつもりが、思った以上に派手な音が上がる。
体調不良の頭痛とも相まった所為か、顔を埋めるようにする傑にはそそくさと踵を返した。

「夏油先輩、まだ熱があるみたいですよ。ちゃんと休んでください」
「・・・そうだね」
「私は氷使い切っちゃったのでコンビニに買いに行きますので欲しいものあったらメッセくださいね」

口早にそう言えば、返事を待たずは傑の部屋を静かに出て行った。
ズキズキとした痛みが治まっていくと、部屋はいつもの静寂さを取り戻す。
風邪をひいている為か、いつもより寂しく感じる。
しかし、ベッドサイドには部屋には無いはずの加湿器が置かれ、いつもより室温も温かくなっている。
どう考えても看病人が自分の為にやってくれたのだろう。

(「少しやりすぎた、かな・・・」)

だと言うのに、熱に浮かされたとはいえ、少々調子に乗ってしまった。
今までで一番近くなった互いの距離。
あのまま何もなければ、と邪な考えが無かったと言えば嘘になる。

(「まぁ、戻ってくる前に薬は飲んでおかないとな」)

食べかけだったゼリーに再び向いた傑は素早くかき込むと、が置いたベッドサイドの薬に手を伸ばした。
所変わり。
コンビニへと小走りで向かっていたは、誰にも会わないことを祈りながらも寒空の下、火照った顔を隠しながら足を早めていた。

「///」
(「もう、勘違いすんな自分」)

肌が触れそうなほどの至近距離。
一瞬だと言うのにひどく長い時間、止まったかと思った。
直前のやりとりも相まって、揶揄われているだけだと分かっていたはずなのに、熱の所為で潤んだ視線で見上げられ動けなくなった。
相手が病人にも関わらず、あんな手荒い方法を取ってしまうとは情けない。

(「とりあえず、コンビニで少し時間潰して・・・
戻ったらお粥くらい作っておいて、加湿器の水追加したら書き置きして失礼しちゃおう」)

長々とため息をついたはやるべきことを決めると、気合を入れるように両頬を軽く叩き、コンビニへの道を急いだ。





























































ーー仕掛け人の思惑
家「よう、。夏油の看病、ご苦労だったな」
 「いえ、急患の対応はもういいんですか?」
家「問題なく終わったよ、そっちは?」
 「はい?」
家「夏油に押し倒されたりしなかったか?」
 「そんな元気はなかったようですよ。今は薬を飲まれたのでお休みされてます」
家「へー・・・」
 「・・・」
家「
 「はい?」
家「本当に何も無かったのか?」
 「・・・逆に何を期待されてるんですか?」
家「いや、可愛い後輩に手を出されちゃぁ、な?」
 「それは・・・えっと、お気遣いありがとうございます」
家(「なんだ、あいつ意外と奥手か?」)
 (「もしかして硝子先輩にバレてる?」)





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2022.10.09