ーー臥せても最強ーー
とある冬の昼下がり。
普段は立ち入らない男子寮の一室へ一応ノックをして、返事を待たずに中へと入った。
すると普段から無駄にふてぶてしいその人は、むっくりとベッドから不機嫌そうな視線を返してきた。
「・・・最強のくせに風邪はひくんですね」
「あ"あ"?」
(「ガラ悪っ・・・」)
失礼します、と一応断りを入れて部屋へと上がる。
手近なテーブルへと荷物を置き、赤い顔をしているその人の横へと立った。
すると、見下されているのが気に入らなかったのだろう普段よりも増して感じの悪い声が返された。
「何でお前がここに居んだよ、傑は?」
「任務ですよ」
「硝子は?」
「手が離せないから代わりを任されました」
「えー!しょーがねぇから七海呼んで」
「灰原先輩と任務中です」
「もー、使えねぇ!」
子供か。
こんな人が2つも年上とは思えないが、実質、最強の実力者であることも確かだった。
とはいえ、いつもなら後輩から見下されるポジションを取らない人が移動できないあたり、身体の方はつらいのだろう。
そんなの心情を知る由もない悟は拗ねたように呟いた。
「・・・よりによってなんでお前だよ」
「硝子先輩からいい機会だから、日頃の恨みを晴らしてこいと」
「あいつ!」
息巻く悟に、だんだんやり取りが面倒になってきたは小さく嘆息した。
「冗談ですよ。いい加減、大人しくして下さい」
「・・・あったま、痛ぇ・・・」
「それだけ騒げば当然でしょうね」
自業自得だ、と言えばまた騒ぎそうだったので言わずにひとまず体温計差し出した。
「ナニこれ?」
「熱計って下さい、話はそれからですから」
「どうやって?」
「・・・」
おい、マジか。
硝子からボンボンだという話は聞いていたが、ここまでとは思わなかった。
が驚き固まっているいると、普段よりも圧のある睨みが返される。
「おま、今このGLGに向かって失礼なこと思ったろ」
「・・・思ってませんよ」
「あ、間があった、絶対思ったろ!」
「この銀色の部分を脇の下で挟むようにして待っててください。計り終わったら電子音が鳴るので私に渡して下さい」
「ちっ、しょーがねぇなぁー」
(「看病される側の態度じゃないな、ホントこの人信じられん・・・」)
体温を計っている間に、ここまで来る間に買ってきた品をしまおうと冷蔵庫を開けた。
「・・・」
が、中はほぼすっからかんだった。
この人のことだから、菓子や甘味類で埋まっているだろうと胸焼け覚悟で開けたのだが予想外だった。
「鳴ったー」
「あ、はい。ありがとうございます」
渡された体温計をみれば、デジタル表記には38.7°
尊敬できる先輩からは、2つの可能性を示されていたが体温だけでは判断しずらい。
「五条先輩」
「んだよ・・・」
「今どんな症状がありますか?」
「見て分かれよ、風邪ひいてんだよ」
「頭痛は?」
「ある」
「吐き気は?」
「多分ない」
「関節は痛みますか?」
「だるいだけだっつーの」
文句を言いながらもなんだかんだ素直に答える悟に、ふむ、と考えたは最終判断は先輩に任せるか、と決めるとこちらに背を向ける悟の肩を叩いた。
「五条先輩」
「あー、もう寝かせーー」
ーーピタッーー
「つめっ!」
「悪態ついてもそんな高熱じゃろくに寝れないですよ」
「・・・」
冷えピタを貼ったが呆れたように言えば、図星だったのか悟の口元は盛大にへの字に曲がる。
「薬も硝子先輩から貰ってきていますけど、その前に何か軽く食べた方がいいですね。
何か食べれそうですか?」
「・・・ダッツ」
「できれば固形物が良いんですけど、まぁいいです」
はそう言うと、冷蔵庫へと向かい再び悟の横へと戻った。
「はい、どうぞ」
「何であんだよ!」
「希望が叶ってるのになんでキレるんですか、意味わかりません」
「普通、パッと用意できるかよ」
「散々、パシッてたの五条先輩じゃないですか。嫌でも好みは記憶に残っちゃうんです」
「お前ほんとうに可愛くねー」
「はいはい、可愛いは五条先輩ですね。さっさと食べて下さい。起きれますか?」
「俺のことバカにしすぎじゃない?それくらい・・・」
「はいはい、今日は硝子先輩からの言いつけなので、好きにパシッて下さいよっと」
起き上がれそうもない悟の上体を起こしたは、起き上がるのを手伝われて不満そうな悟の手の上にアイスとスプーンを置いた。
「はい、ダッツです。溶ける前に食べてくださいよ」
「・・・くそ」
「はいはい、そうですねー」
悪態を聞き流し、は冷凍庫から先程しまった氷の板を出すと、アイスピックで割り始める。
「・・・それ、何してんの?」
「先輩はしゃべらないと食べられないんですか?手を動かしてさっさと食べてくださいよ」
「病人は労れー」
(「面倒くさ・・・」)
だんだん、硝子が自分に押し付けてきた理由が分かってきそうで嫌だったが、普段よりもウザ面倒くさい絡みをしてくる悟に、ため息をついたは氷を砕きながら答えた。
「氷枕です」
「なんて?」
「おでこに貼ってあるやつの似たやつです」
「へー」
(「興味ないなら聞くなよ」)
「で、なんで氷枕なんて作ってんの?」
「はぁ?五条先輩熱あるじゃないですか」
「もうデコに貼ってあんじゃん」
「術式の関係上、頭ちゃんと冷やしたほうが先輩だって楽じゃないですか。
冷えピタなんて一時しのぎですよ」
「・・・・・・ふーん」
なんの間だよ、と普段なら突っ込むが今はやめとこうと手元の作業を早め氷枕を作り終える。
ふぅ、と息を吐けば、ちょうど食べ終えたのか悟も手を止めていた。
「、捨てといて」
「はいはい、じゃコレ薬と水です。
それと、五条先輩の着替えってどこですか?」
「・・・え、俺の服着たいってこと」
「汗かいたままの服で寝ても治らないから聞いてんですよ」
「ちぇー、冗談つーじねぇー」
「・・・」
「あー、クローゼットのどっかだった気がする」
すん、と表情が落ちたに悟が答えれば、目的の場所から替えの服と一緒にタオルを渡し、ついでに枕元へは出来上がった氷枕が置かれた。
「汗拭いて着替えたら寝て下さい」
「そういえばお前、今日任務は?」
「現在進行系で遂行中です」
「へー、じゃあパシリ放題だ」
「・・・硝子先輩から、熱が下がらなかったら坐薬入れてやれって言われてるんですけど、入れてやりましょうか?」
「何それ?」
「下から入れる薬です」
「下?」
「ええ」
「どうやって?」
「下から入る穴からですよ」
「すぐに着替えて寝ます」
即座に着替え終えた悟はそのまま横になる。
やっと素直に行動してくれた問題児には本日何度目か分からないため息をついた。
「
!」
「今度はなんですか」
「すげぇ!ちゃっぽんちゃっぽん音すんだけど!ウケるw」
「ウケていいので、黙って寝て下さい」
なんなんだこの人は。
騒いで喋れないと息できないんだろうか。
普段よりもどっと疲れを感じたは、脱ぎ捨てられた服を集め終えるとそのままドアへと向かう。
「え?パシられる人がどこ行くの?」
「風邪菌殺してくるんです。私が居ない間くらい寝て下さい。
枕元にスポドリ置いたので、寝る前に飲んでくださいね。それじゃ」
口早にそう言うと、は悟の部屋から出て行った。
途端に、部屋の中は静寂に包まれる。
聞こえるのは耳元で響く水と氷の涼し気な音だけ。
「んだよ、ほんと可愛くねー・・・」
小さな呟きはあっというまに静寂に呑まれ、悟はそのまま目を閉じた。
どれほど時間が経っただろうか。
悟が目を覚ませば、外は夕方が役目を終えようとしていた。
今朝方とは段違いで身体が軽く、思考もはっきりとしているのが分かる。
「・・・あー、腹減ったー」
「食欲が出たようで何よりです」
「うわっ!」
返答に飛び起きた悟に、同じように驚いたようなが悟を見上げていた。
「びっくりした、どうしたんですか?」
「こっちのセリフだ馬鹿!なんで居んだよ!」
「今日は目の前の方にパシられる人なので、私」
「・・・は?」
「パシられる人がどこ行くんだって言ったの、五条先輩じゃないですか」
そう言って腰を上げたは、台所へ向かうと鍋に火をかける。
そして未だに呆けている悟へ心底哀れみの視線を投じた。
「風邪菌で頭までヤラれたんなら硝子先輩呼びますよ、私じゃ治せませんから」
「お前、本当に失礼だな」
「先輩の言葉は全てブーメランです」
「この・・・」
「はいはい、熱計ってください」
「ちっ」
(「ガラ悪・・・」)2回目
今度返された体温計は37.4°になっていた。
道理で、いつものような失礼さが復活しているわけだ。
これならインフルの線は消えたと考えても問題ないだろう。
「だいぶ下がりましたね。お粥作ったので食べてください」
「え、お前が作ったのって食えんの?」
「鼻から流し込みましょうか?」
「病人に酷くね?」
「心配しなくても失礼な人にしかこんなことしませんよ」
起き上がった悟の前に、トレーに乗せられた粥が湯気を上げる。
白にところどころ混ざる黄色と、中心に添えられた青ネギ。
ほぼ一日、アイス以外口にしていなかったこともあって立ち上る湯気に手が動いた。
そして、一口粥を口に運んだ悟ははっとしように固まった。
「やばい、食べれる。味覚がヤラれてるかもしんない」
「先輩って失礼なこと言わないと生きられない人種なんですね」
「なんで甘くないの?」
「粥が甘いわけないでしょうが。甘い物食べたいならさっさと食べてくださいよ」
文句を言っていた割に完食された器を片付け、は一つうなずいた。
「これだけ食べれるならすぐ治りますね。あとは薬をーー」
「桃缶は?」
「はい?」
「傑が風邪ひいたら桃缶を食べるもんだって言ってたから、ももかーん」
「・・・」
「ほらほら、終日パシリくん。桃缶を持ってこいよ〜」
にやにやと笑う悟に、米神が波打ったはトレーを持って台所へ取って返す。
そして、冷蔵庫から何かを取り出すとキコキコと缶切りを使い、適当な大きさに切った白桃を悟の前に出した。
「どうぞ」
「だから!何であんだよ!」
「本っ当に最低ですね」
「俺はパシられるお前が悔しがる顔が見たかったの!」
「そうですか、ざまぁみろ」
「こんのっ!」
「コレ食べたら薬飲んで黙って寝て下さい。明日には多分治ってますよ」
「悟くん、疲れて腕上がんなーい」
「・・・は?」
さっき普通に粥食ってただろうが。
と、ばかりな表情を浮かべるに、今度は勝った、とばかりな表情の悟がこちらの反応を楽しむようにを見ていた。
するとは長い長い溜息をつくと白桃にフォークを差し、きらきらとした笑顔で悟に差し出した。
「はいはい、そうでしたね。五条先輩は私より2つも年上のおじいちゃんでしたね。
はい、お口開けましょうね、お口は顔の下についてるさっきから失礼発言しか出てない場所ですよ、はい、あーん」
「おんまえ・・・マジ失礼な奴だな」
「黙って食べて下ーー」
ーーガチャッーー
突然、入り口のドアが開いた。
の手ずから白桃を食べさせられているの図、を目の前で見た最強の親友である傑は目を丸くしたまま固まっていた。
「あれ?ちゃんどうしてここに」
「夏油先輩、お帰りなさい」
「・・・」
「えーと・・・私はお邪魔だったかな?」
「そんなことありませんよ。
五条おじいちゃんが腕が上がらなくて食べられないってことで介護してあげてただけですので」
「はぁあっ!?んなこと言ってねぇっつーの!」
「悟、風邪ひいてるんだから大人しくしなよ」
「元はと言えば、傑が任務に行っちゃってくれたからこいつが来ることになったんじゃんか!」
「おいおい、私を巻き込むのはやめてくれ」
「傑!桃缶食べたい!」
「はいはい」
もはや駄々っ子な悟に、ポジションを傑に譲ったはそそくさと帰り支度を始める。
と、
「おーっす、。五条の様子はどうだ?」
「お疲れ様です、硝子先輩。あんな感じになってます」
新たに現れたもう一人に、ベッド側でぎゃんぎゃんと騒ぐ2名を視線で示せば、硝子は問題なしとばかりに息を吐いた。
「やっぱただの風邪だったか」
「みたいです」
「悪かったな、手間かけて」
「いえ、タイミング悪かったなら仕方ないですよ。それじゃあ私は部屋戻りますね」
「ご苦労さん。今度何か奢る」
「はい、楽しみにしています」
はそのまま悟の部屋を後にする。
代わるように硝子は部屋に入ると病人らしくない悟と傑が飽きずに騒いでいた。
「煩いよクズ共。五条、病人は病人らしく死んでてくれ」
「硝子!傑が俺の桃缶食べた!」
「ちょうど小腹が減ってたんだ」
「あー煩い、寝不足に響く。何か冷蔵庫にあるもの食べればいいだろ」
「冷蔵庫は今空だっつーの」
「使えなーー」
冷蔵庫を開けた硝子の言葉が途切れる。
しばらくして、文句をたれ続けている病人へ向け訊ねた。
「五条」
「んあ?」
「まさか、はお前に一日付き合ってやったのか?」
「は?知らんけど」
「悟、さっきまで看病されてたんじゃないのかい?」
「は何したんだ?」
「何って・・・あー、ダッツとスポドリと冷えピタと氷枕、粥と桃缶」
「洗濯もじゃないか?外に干してあるし、悟は干せないだろ」
「・・・」
「どうかしたのかい、硝子?」
先ほどから冷蔵庫の前を動かない硝子に傑が聞き返せば、硝子は笑いながら返した。
「いや、あいつは相当できた後輩だと思っただけだよ」
「確かに、気遣いできるいい子だよね」
「は?どこがだよ生意気で可愛げねぇ」
「五条は馬鹿だな」
「悟は馬鹿だね」
「ハモんなよ!」
「夏油、夜食でも食べよう」
「そうだね、でもこれは?」
「多分、五条の朝食用」
「そうか」
「「いただきます」」
「いただくなよ!」
ーー後日、2年'sと
灰「聞いたよちゃん。五条先輩の看病したんだって?」
「はい、硝子先輩のお使いで」
七「何か変なことされなかったですか?」
「ずっとウザ面倒くさかったです」
灰「でも、五条先輩でも風邪ひくんだね」
七「あの人も人間だったんですね」
「開口一番、『最強のくせに風邪ひくんですね』って言ってやりました」
灰「あはは、呪いこもってる〜」
七「もっと言ってやれば良かったんですよ」
五「よーし、お前ら。午後の実技は覚えとけよ」
「「「あ」」」
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2021.10.29