ーー目指す先ーー
日本に唯一2つしかない、呪術に関する学校。
その一つである呪術高専東京校の校庭では、少人数ながらも賑やかな声が響いていた。
当然ながら、学び舎である故に任務がなければ学生らしく授業がある。
ただ、普通の学校とは違うのは、体術の授業は実践を想定したものとなり、相手の学年が変われば自ずと一方的にのす側とのされる側とに分かれることとなる。
「ほーらよっと」
「っ!?」
そして、それは広々としたグラウンドで披露されていた。
漫画の一コマのようなポーンッ、という効果音が出そうなほど軽々と生身の身体が宙空へと飛ばされる。
それを観戦していた他3名はそれぞれの反応を見せた。
「おー、今日一飛んだな」
「ひえっ!
さん!」
「悟、加減しないか」
「わははっ!あいつが激ヨワなのが悪い」
目測として10M弱。
長身と遠心力が加わったことで相当な高さまで投げられた当人の顔はグラウンドからでも引きつっていることが容易に見て取れた。
どうにか空中で体勢を取ろうと苦戦している後輩の姿を眺めながら、硝子は隣に立つ同級生の足を肘で突いた。
「夏油、落とすなよ」
「私に決定なんだね」
「五条にその気はないだろ。それに・・・」
「それに?」
「いや、受け止めたあと話す」
「仕方ないね」
やれやれと肩をすくめた傑は足早にグラウンドへと駆ける。
そして滞空時間を終え、重力による自由落下を始めた身体を落下ポイントで傑は危なげなく受け止めた。
ーードサッ!ーー
「っ!」
「大丈夫かい、
ちゃん」
「・・・はい。ありがとうございます」
盛大に投げ飛ばされたことが相当不満な表情ながらも、
は礼を返す。
そして乱れた髪をそのままに傑に下ろされ歩き出そうとした。
が、
ーーポスッーー
「おっと」
バランスを崩した
を支えた傑が珍しそうに見下ろした。
いつもならよろけることなく歩いていたはずが、今日に限っては足元がおぼつかない。
体調でも悪いのかと、先程からずっと険しい表情を浮かべている
へ傑は声をかけた。
「大丈夫かい?」
「・・・すみません」
「体調悪いなら医務室に行った方がいいよ」
「問題ありません。ちょっと顔を洗ってーー」
「げとー、そのまま腕離すなー」
「は?」
「・・・」
ーーパシッーー
遠くからの同期の言葉に傑は疑問符を浮かべる。
そして困惑の隙に
は素早く離れようとするも、それより早く自身よりはるかに逞しい腕が逃走を阻んだ。
しかし、それに負けじと
は迷惑そうな表情のまま傑へと言い募った。
「顔を洗うだけなので離して下さい」
「いや、硝子もあぁ言ってるし」
「大じょーー」
「おら、
も諦めてさっさと来い。拒否権なしだぞ」
「・・・はい」
トドメとばかりな硝子の言葉に、頑なだった
は渋々と傑に連行される形で硝子の前に引っ立てられる。
だがそれでも最後の抵抗とばかりに硝子と距離を置こうとするも、背後に傑が立ち壁となっていることでそれ以上離れることもできない。
そして、しげしげと見下された硝子が素早く立ち上がると、一気に距離を詰め、腕を取られておもむろに
の袖をめくったことで
の言い逃れができない状況が目の前にさらされた。
一見して分かる、肩口の異様な陥没形状。
「おー、やっぱ見事に外れてんな」
「え!?」
「・・・」
硝子の指摘による図星、そして軽い診察による腕を動かされた痛みに
は顔をしかめるしかできない。
というか文句を言いたくも、先ほどから痛みで口を聞ける状態じゃ無い。
「ここじゃなんだから医務室行くぞ」
「・・・はい」
「お、パシんの?ならダッツのチーズケーキね」
「近付くなバイオレンスゴリラ」
「は?」
と入れ替わるようにグラウンドに入った潔高を秒で沈めて近づいてきた悟に硝子はそう捨て台詞を残すと、無事な方の後輩の腕を掴み校舎へと歩き出した。
そして場所は医務室へと移る。
道すがら担任を捕まえた硝子は事情を話しそのまま3人仲良く足を運ぶこととなった。
「これで問題無い」
「っ・・・ありがと、ございました」
ベッドの端に腰掛けた状態の
は絞り出した涙声で礼を返した。
そして、硝子が腫れ上がった肩に反転術式をかけながら軽い調子で続ける。
「やー、夜蛾先生が居てくれて助かりました」
「うむ。鍛錬もほどほどにな」
「それクズ共に言ってやってください」
「またあいつらか・・・」
正道の表情に苦味が走る。
いつの間にか犯人が増やされている。
本来ならフォローすべきだろうが、痛みでそんな余裕は無かった。
最後に
へ安静にするように伝えると、正道はブツブツと独り言を呟いて出ていった。
その後、硝子から念の為の固定処置ということで、固定帯でがっちりと巻かれ終わると、ようやく二人の生徒は医務室を後にすることになった。
「よし。じゃ、戻るぞ」
「・・・はい」
「分かってると思うがお前は見学だぞ」
「・・・・・・はい」
了承ながらも間があったその返事に後輩からの反抗心を見て取った硝子は歩きながら肩越しに振り返った。
「なんだ不満か?お前、ハード系M嗜好だったとはな」
「違います」
勝手な誤解に反論した
は未だにジクジクと鈍い痛みを持つ箇所に手を添えた。
「私、これでも鍛えてきたつもりだったんです。
それなのにあんな風に投げ飛ばされただけで脱臼なんて・・・」
ーーコツンッーー
「!」
「冷静に考えろ」
いつの間にか立ち止まっていた硝子が
の額を軽く小突き、驚いた表情の
に続けた。
「あんなゴリラ共相手に『並』の鍛え方が通じるか。真っ向勝負が成立するのはゴリラ対ゴリラの時だけだ」
「何気に夏油先輩の濡れ衣が増えてるんですが」
「勘違いすんなってことだよ。お前はあいつらみたいなクズ共とは違うんだからな」
硝子の言葉に、
の表情は数段暗さを増した。
「確かに、私は体格は恵まれてませんが・・・」
「あー、面倒くさい奴だなお前は」
そう言った硝子は軽く頭を掻くと、手近の窓へと寄りかかり落ち込んだ様子の後輩へ続けた。
「まさかとは思うが、五条の奴に勝つつもりだったってか?」
「そんなことできると思えるほど馬鹿じゃないです」
「ならいい。あいつらはあんな感じのクズだが、肩書に見劣りしない実力も持ってるって判断されているからな」
「特級なんて雲の上の話しすぎて私では想像もできませんよ」
「日本を一人で転覆できる実力者って意味らしいぞ」
流れるようにさらりと告げられた物騒な発言。
それは世間話の途中に織り入られていいフレーズではないだけに
はどうにかそれらしい言葉をひねり出した。
「・・・お酒飲まれてましたっけ?」
「なんだ、そこまでは知らなかったんだな」
「・・・」
短い付き合いだが、冗談を進んで言う相手でもない。
つまりはそういうことだと、理解した
は閉口するしかできない。
固まってしまった後輩をそのままに硝子は続けた。
「ま、六眼と無下限の抱き合わせっつーもはや珍獣だ。うん百年ぶりらしくて高専来るまで神様扱いだったんだとよ」
「・・・なるほど、道理で失礼さが天井知らずだったんですね」
「あれでもマシに矯正されたんだぞ。主に夏油にな」
けらけらと笑いながら続けていた硝子は、神妙な表情となる
へからかいを消し続けた。
「だから、無駄に落ち込むな。お前と伊地知が世間一般の並の奴らなんだ。二年だってゴリラ基質だしな」
「術師ってゴリラで礼儀知らずじゃないと務まらないんですね」
「それは偏見だろ。ま、ゴリラのフィジカルさは術師にあって損にはならないだろうけどな」
じゃ、戻るぞ、と言って話を切り上げた硝子に立ち止まっていた
は小走りに隣に並んだ。
「硝子先輩」
「ん?」
「ありがとうございます」
「おう、礼ならタバコにしてくれ」
「はい、今度コンビニ行った時に買ってきますね」
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2025.03.29