ーー類友ーー
ーーじいぃぃぃーーーっーー
針のむしろ。
針を植えた敷物の意から、一時も心の休まらない、つらい場所や境遇のたとえとして使われる。
・・・などという辞書を引いたような解説を頭の中から引っ張るも、状況は一向に変わらない。
負傷したが、軽症だったこともあって勝手知ったる医務室で自分で手当をしていれば、横から穴が空くほどの熟視。
別に後ろ暗いことなど無いのだが、密室空間に居て見つめられ続けるだけというのはどうにも居心地が悪く、しびれを切らせたが繰り返した問いを再度向ける。
「・・・あ、あの硝子さん、私何か硝子さんを怒らせるようなこと致してしまったでしょうか?」
「んー?いや?」
「えっと・・・でしたら、何かご用ですか?」
恐る恐る返すも、このやり取りもすでに何度目になるか。
相手が某最強なら相手にせずさっさと退室、という選択肢になるが尊敬値の高い先輩相手となれば話は別だ。
今度は具体的な答えが返ってくるかと待っていれば、やっと考えがまとまったのか頬杖をついたままの硝子の口が開いた。
「お前は投げやりなこと口にしてないよな」
「はい?」
どういう脈絡?
しかし、投げやり・・・思い当たることと言えば常に該当するのが一つだけある。
「五条さんとの会話は、任務以外は真面目に取り合ってるつもりもする気もないですが」
「そういう意味じゃない」
違うのか。
だとすれば思い当たるのは何になるんだろう?
さらに考え込んでしまったは眉間にシワを寄せる。
対して硝子は先ほどと打って変わり話を続けた。
「お前らは五条の規格外具合を目の当たりにしてる世代だろ」
「(世代・・・)まぁ、そうですね」
「その上、あのクズの幼稚で辛辣な嫌味を伊地知共々言われてたわけだ」
「えぇ、まぁ・・・」
「私は同期だから仕方ない部分があるが、お前はどうしてあいつから離れなかったんだ?」
そもそも拒否権が無かったと思うが?
話題の中心となっている人物の傍若無人っぷりは、高専時代に嫌というほど刷り込まれてしまった。
そして言わずもがなその同期にあたるメンバーも然り。
とはいえ特にウザ絡みしてくるその人から離れたくとも、わざわざ巻き込んできたり無茶振りしてきたりと、そもそもそんなことを考える暇があった状況はない。
「えーと、質問の意味がよくわからないのですが・・・」
「七海は言ってたぞ。『五条だけでいいんじゃないか』ってな」
予想外に重い話題。
その人が軽率にそんな事を口にしない人だと言うのを知っている。
そしてそんな事を口にしたという出来事で思い当たるのは一つしかない。
自身の傷にもなっているそれに、はとっさの言葉に詰まった。
「そう、だったんですね・・・」
「ま、たまたま聞こえただけの話しだがな。
結果として、七海は高専を離れただろ。似た状況だったお前はどうだったんだ?」
なんだ、単なる疑問に対する問いか。
変に深読みして墓穴を掘る所だった。
硝子が耳にした、かつての先輩が吐露した内心は、失意の底であったあの出来事の最中だったはず。
青い春に起きてしまった惨憺たるそれは、命を張る呪術の世界だと分かっていても、多感な年頃の学生には立ち直るという選択肢を選ばせないほどの傷を残した。
そして、自身もその渦中の一人であるはそうですね、と前置きすると、幾度も考えた事があるそれを口にした。
「薄情者だからかもしれません」
「は?」
「冗談ですよ」
小さく息を吐いたは改めて口を開いた。
「確かに、呪術界で五条さんは圧倒的存在です。
それに比べたら自分自身が術師として非力であることも理解しています。
事実、当時の私は七海さんに対して、同調に近い気持ちでしたしね。
でも・・・世界がそれだけで成り立っていると私は考えるに至らなかったというだけです」
己の非力さを呪ったところで強くはなれない。
うずくまったところで後悔が消えるはずもない。
そんな暇があるなら己を鍛え上げて、同じ思いをしないようにするしかない。
厳しくも自明の理。
「本当に、あの人だけで世界が回るなら事もなしなんでしょうけど。
もしそうだったら灰原先輩は殉職しなかったし、夏油先輩も・・・
さらに言えば、呪霊が居る世界なんてきっとひっくり返されていると思うんですよね」
でもそうはなっていない、世界はあの人だけでは成り立たないということ。
だからあの人だけに背負わせないように。
せめて自分の面倒は自分で始末をつけられるように。
今まで出来うる限りの自身にできる精一杯をやってきた。
「なるほどな、これが男女の差ってやつなのかもな」
「リアリストである自覚はありますが、私は親友と呼べる人を亡くしていないことも大きいと思いますよ」
だから、きっとあの人と同じ気持ちにはなれない。
似た痛みは感じれてもそれまで。
想像はできても、やはり想像は想像止まりでしかない。
結局、自分は喪くさずに済んだ側で、痛みを負った気持ちは喪くした者にしかきっと分かり合えないものなんだろうと思う。
確かなのは、失っていないことを喜ぶべきか、失った気持ちを分かり合えないのを悲しむべきか、今の自分には判断できないということだけだった。
「なんだ、その含みのある言い方は」
「え・・・」
問われたことに答えただけだというのに、顔を上げれば硝子から据わった視線が返される。
「私をあのグズと同レベル扱いか?」
「ええ!?」
「そんなに解剖されたいのか?」
「なっ!?違いますよ!!」
予想外の理不尽過ぎる詰め寄りに、やっぱりこの人達の傍若無人っぷりには振り回される運命なのだと改めて再認識した。
Back
2023.04.16