玄関の呼び出し音が来客を告げる。
だが出たく無い。
居留守を使っているから諦めてほしい。
だがしかし、呼び出し音は何度も鳴らされ、その度に頭に響き過ぎて寝れたもんじゃない。
長く唸ってからはカーディガンを引っ掛けると重い体を引きずり玄関へと向かった。

「はぁ"ーい・・・」
「居るじゃんw」

こちらを微塵も気にかけない底抜けに明るい声に初めて視線を上げれば、目隠しした不審者が立っていた。

「・・・」
ーーパタンーー

目の前の現実を認識したくないは静かに心と玄関のドアを閉め施錠した。
その後、近所迷惑となるほどドアを叩く音で仕方なく開けることになるだろうが、数秒でも心の安寧の確保を優先したかった。




















































































































ーー定形解ーー






















































































































「休暇あー?」

今しがた報告した内容に悟の不満全開の返しがなされ、潔高の肩が跳ねた。

「は、はい!そう聞いてます」
「はあ"?最強の僕があくせく必死に働いて後輩は優雅に休暇かよ」

ソファーを大の字で占領し、片手に持つタピオカミルクティーを音を立てて飲みながら文句を垂れる男に、今しがた発せられた言葉の重さはいかほどだろうか。
とはいえ、相手の今の機嫌のタイミングで言えない返しでもあるため、潔高は沈黙するに留める。
が、悟からの追及は止まらなかった。

「で、どこに?」
「そ、それは伺ってませんが」
「ふーん・・・」
「・・・・・・っ」

隠されても雄弁に圧をかけてくる悟からの威圧に潔高の冷や汗は止まらない。
かろうじて視線を逸らさぬようにするので精一杯だ。

「伊地知」
「は、はい!」
「マジビンタと吐いて楽になるの、どっちがいい?」
「ひぇ!わ、私は本当に休暇としか・・・」
「本人からじゃないでしょ?」
「そ、それは・・・」
「ごーぉ、よーん、さーん」
「え、何のカウントですか?」
「マジビンタ」
「え」
「にーぃ、いーちぃ、ぜーー」
「い、家入さんからです!」
「・・・」
「あ・・・」

言ってしまった、と落胆した潔高は肩を落とす。
脅迫に屈しうなだれている後輩に悟はさらに畳み掛ける。

「ふーん、で?」
「いや!本当にそれだけしか聞いてません!」
「またまたぁ、理由くらい言ってたでしょ」
「そ、それは・・・」
「またカウントするか?」
「・・・せ、詮索すれば捌くからな、と」
「おう」

同級生からのとんでもパワーワードに流石の悟も追及を深められない。
何しろ、本気でやるだろうことは分かっており、仮に叶わずとも相応の仕返しがあることは長い付き合いで自覚済みだ。

「硝子に聞いても教えてくれないよなー。さーて、どうしよっかなー?」
「・・・」

構わなければ良いのでは?
といつもなら言っているが、今それを言えるほどの度胸はないため再び取れるは沈黙のみ。
諦めて任務に行ってください、と心中では在らん限りの言葉を並べていれば不意に再び悟が潔高に向いた。

「伊地知」
「は、はい!」
「直近での担当になった補助監って誰?」
「え、と・・・」

まさか・・・・・・まさか聞きに行く気か?本当にそこまでするのだろうかこの人は?

「あの、五条さん・・・これから任務が」
「行ってやる条件」
「・・・・・・」

あ、これはする気だ。
もはやこれまで。
潔高は心の中でに謝りながら後輩の補助監督、新田明のフォローをどう組むべきかと考えをシフトした。
































































と言う感じの経緯で悟はの前にいるのだが、本人は知る由もない。
不機嫌さを隠さぬまま、腕を組んだは当然の理由を問うた。

「で?何しに来たんですか?」
「声w」

冷えピタを貼り付け、荒れた声でいつもより刺々しく応対するも悟はどこ吹く風。
こういう唯我独尊な態度しかできない人だというのは分かっていたが、家主が嫌々招き入れたのに全力でくつろぐ姿は体調不良時は殺意しか湧かずはすっと玄関を指さした。

「・・・帰って下さい」
「先輩に茶もだせねーのかよ」
「帰れ」
「なーんだよ、折角GLGの華麗なる頭脳でお前の居場所を当てた推理ショーを見せてやろうとしたのに〜」

今は心底どうでもいいし、他所でやれ。
というか、このことを知っている人が口を割るとは思えない。
と、すればだ、片鱗を知る補助監督が要らぬ圧を受けた可能性が高い。
回復したら謝罪コースだな、と考えながらもは一旦未来のスケジュールを脇に置く。

「で?何の用ですか?」
「ほら、食べれない奴の横で美味しいもの食べると余計美味しいって聞いたから実践したくて」
「・・・」

馬鹿じゃないの?
そして自分はそれほど甘党ではない。
さらに言えば今は食欲皆無の上、この実りのない非生産的なやり取りを続ける体力が勿体無い。
故に選ぶ相手を完全に間違えている。
あ、もう考えるの無理。

「つー訳でーー」
「硝子さん、お疲れ様です。学長にーー」
「待ったーーー!」
ーーガシッーー
「おい」
「硝子?違う違う、普通に見舞いだし。
・・・いや、できるし。ちゃんと病人が食えるの買ってきたっちゅーの。
は?馬鹿にし過ぎじゃない?んなこと分かってるし、チクんの無しだからヨロ」

奪ったスマホで押しかけてきた目的を聞かされたは、本来なら礼を述べるべきなのだろうが、いかんせん前振りの不毛過ぎるやりとりで信用度が皆無。
なので、ドヤ顔を向けてくる長身に睥睨を返す。

「礼ならパフェで返してね」
「・・・」
「つーか病人のくせに油断も隙も可愛げもないとかどんなん?」
「ウソばっかり」
「どれがだよ」
「ケーキなんて私は食べーー」
「買うか」

ほれ、とばかりに悟に半ば押し付けられた箱を受け取る。
仕方なく受け取った箱を開けてみれば、並んでいたのは丸い蓋が4つ並んだ、いかにも高級そうな品が鎮座していた。

「・・・プリン」
「恵が風邪ひいた時、お前それ買ってきてたでしょ」
「妙な事は覚えてるんですね」
「褒められてる気がしないんだけど」

褒めてないが?

「どうせ食ってないんでしょ。それ食って薬飲んで寝れば風邪なんてすぐ治るでしょ」
「・・・マトモな発言で寒気が止まりませんが、どちら様ですか?」
「熱上がってるからって暴言度も上げんな」

































































「うま!流石は話題の店のだけあるな」
「・・・そうですね」

あんたも食べるんかいというツッコミは面倒なので心の中に留めた。
指摘通り何も食べていなかっただけに、喉を通る冷たさだけで気分は僅かに軽くなる。
未だにケラケラと騒がしくプリンを食べている隣。
いつまで居座る気なんだろうか。
渡された箱の中の4つのうち3つは隣があっという間に平らげた。
普段から甘いものを食べているのは知っているが、体調不良時に見ると胸焼けがして無い食欲がさらに失せる。
そんな心境の中で、どうにか一つを食べ終えたに悟は置かれた薬箱の蓋を開けた。

「じゃあとは薬だな」
「ええ」
「どれ?」
「それくらい、自分でやります」

熱で緩慢な動きのは、ラベルを見ながら目的の薬を探す。
あれ、まだ残ってたはずだが見つから・・・あ、これだ。
もたもたとしているようなを見かねたのか、悟は小さな袋を取り上げると手をかけた。

「んだよ、これくらい僕がやったげるよ」
「ちょ、余計なーー」
ーーブワッ!ーー

何しに来たのこの人?
最強の手によってちゃちな袋は瞬時に燃えるゴミへと成り変わり、中身の粉が辺りに舞い踊った。

「・・・」
「あー、メンゴv」
「だから、自分ーーゴホッゴホッゴホッ!

文句を口にした瞬間、舞った粉薬が妙な所に入った。

「おいおい、そんな大袈裟ーー」
「ゴホッ!ゴホッ!ぐっ・・・ゴホゴホッ!
「・・・え」

ヒューヒューと笛のような喘鳴音に焦燥が募る。
まずい、と思うが抑えようとしても一向に咳は止まらない。
徐々に目の前の視界も狭まり、胸元を押さえたは床に手を付きどうにか倒れまいと体を支える。
そんなを前に悟はどうすればいいのか分からず、右往左往の末、のスマホを再び取った。

『おい、さっきの今で何の用だ?』
が死にそうなんだけど?」
『あ?』
「顔ヤバい」
『お前の発言がヤバいわ。あいつに代われ』
「や、咳止まんなくて無理」
『は?お前、病人のあいつに何したんだ』
「袋に入った薬開けようとしてぶち撒けた」
『本当に使えない奴だな、それ粉薬か?』
「そう」
『なら兎も角水飲ませろ。咳のし過ぎで恐らく酸欠になってるはずだ、さっさとしろ』

少ない情報から瞬時に状況を推測した硝子の言葉通り、悟はコップに水を注ぎの前へと渡す。

『いいか、無理に飲ませるな。お前は余計な事せずあいつにやらせろ』
「うっす」
ゴホ、ゴホ・・・はあ、はあ、はぁ・・・」
『咳が収まったらに代われ』
「喋れないでしょ」
『いいからさっさとしろクズ』
、硝子が代われってさ」
「・・・」

返事はできないながらも、指示は理解できたは自身のスマホを受け取る。
そしてスピーカーに変えた後、硝子の質問に爪先で弾いたやり取りを済ませると、硝子は悟へと指示を出す。

『五条』
「はいはい」
を高専に連れて来い』
「は?」
『二度も言わせんな、病状が悪化したんださっさと連れて来い。
いいか?余計な事くっちゃべってる暇ないんださっさと連れて来い、分かったな?』

ブチッ!と音を立て通話が切れた。

「・・・2回も言う必要なくね?」

共にそれを聞いていたは力尽きたようにソファに崩れ落ちたため、他一名の反論は虚しく響くしかなかった。
































































「肺炎?」
「違う、肺胞性肺炎だっつーの」

を高専へと連れた悟が医務室へ届ければ、普段はなかなか見ない酸素吸入機が用意されていたベッドへは移された。
そして、当然ながら絶賛憤慨中の硝子は床に正座させた悟へきっちりと訂正を入れる。

「軽度だったから自宅療養にさせたっつーのに、お前が押しかけて余計な駄弁りに付き合わせたんだろ」
「えー、あいつも楽しそうに話してたし」
「声も出せないのに有り得るか、嘘つくな」
「ぶー」
「トドメは言わずもがなだ」
「いや、そもそもあいつ何も言わなかったし」
「馬鹿か、言うわけないだろうが」

悟の弁明は容赦なく潰された。

「あいつがどれだけ気ぃ遣いか分からないほどの付き合いでもないだろうが」
「いや、僕と話してる時咳してなかってし」
「のっけから気ぃ遣われてんだろ」
「いや、ちゃんとプリンもうまいって食ってたし」
「は?高熱と咳ばっかしてて味がちゃんと分かるとでも思ってんのかよ?」
「・・・」

トドメとばかりな一言に反論が見つからないのか悟は閉口する。
そして深々とため息を一つ吐いた硝子は診察椅子へドカッと腰を下ろした。

「つーわけでしばらく面会謝絶だ。お前は一週間、医務室に近付くな」
「・・・」
「返事」
「うぃっす」
「つって、追い出しといたからな、療養に専念しろ」

意識が戻ったに硝子がこれまでの経緯をざっくり説明する。
それを聞いていたは、不満そうに表情を曇らせた。

「・・・大袈裟です」
「肺炎こじらせたのは事実だろうが」
「うっ・・・」

硝子の間髪入れない切り返しに、事実なだけには言葉に詰まる。
高専に運ばれた翌日、はやっと意識を取り戻した。
そして念の為として酸素マスクが外れたのはその日の夕方。
今は高専に来てから3日が過ぎたところだった。

「ま、熱も下がって喘鳴も治ったようだしな」
「おかげさまで」
「次は追い返せよ、いつまでもあのクズを甘やかすな」
「追い返して聞く人なら私はこんな散々な目に遭ってませんよ」
「それは本人に言え」

その後、硝子から自宅療養の許可が出た事で、は送迎の用意が整うまで中庭で外の空気にあたろうと引き戸を開ける。
と、視界の端に掠めた黒い塊に視線を落とせば体育座りをする某最強が居たことで盛大に肩が跳ねた。

ーービクッ!ーー
「ちょっと、居るなら一言言ってくださいよ。心臓に悪い」
「・・・」

いつもなら幼稚な返しがあるはずがまさかの沈黙。
そういえば、硝子から出禁を食らった上に相当絞られたんだったか。
普段は苦情が来るほど騒がしい人がこうもおとなしいと逆に調子が狂う。
どう返してやろうかと暫く考えたは、思いついた言葉を口にした。

「五条さん、お見舞いありがとうございました」

悟の隣にある備え付けのベンチに腰を下ろしたがそう言うも、まだ反応が返らないことでさらに言葉を重ねる。

「タイミング悪くご迷惑おかけしましてすみません。本調子に戻ったら今度お礼させてください」
「・・・なんでお前が礼言う」

不貞腐れ感満載。
幼稚園児か。
本当にこの人は歳上とは思えないな、と思いながらは諭すように続けた。

「結果がどうあれ、やってもらったことにはお礼を言うのが一般常識なんですよ。
あなたはしませんけどね」
「・・・」
「あれ、もしかして落ち込んでるんですか?」
「は?最強の僕が落ち込むわけないでしょ」

言葉の割に顔を背けての反論は説得力は微塵もない。
普段の自信過剰の姿が見慣れているだけに、この格好はなかなかに・・・笑える。

「ふは!」
「ウケる所ないけど?」
「はいはい。そうですね」

まだ病み上がりなこともあり、本気で笑い声は上げられないが体調不良明けで一番気分が晴れやかだ。

「ま、他の人を見舞う時は同じ事はしないで下さいよ。
そうしてくれれば私も多少は苦しんだ甲斐があったものですからね」

あー笑った、と目尻の涙を払う隣に悟は顔を背けたまま呟いた。

「・・・お前以外にやるかよ」
「はい?」
「パフェ食いに行くぞって言ったの!」
「えー、今からですか?私、これから自宅療養に帰るんですけど」
「礼するって言ったのお前でしょ」
「サボりは伊地知くんに迷惑かけるので行きたくないです」
「パパッと終わらせるっつーの。僕ってば最強だよ?」

あっという間にいつもの調子に戻った悟に、仕方なさそうに嘆息したは自身が取れる返しを口にした。

「勿論、そんなこと知ってますよ」





















































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2023.04.16