ーー≠ヒーローーー













































































































遠方での出張任務を終えたは、報告書の提出も終え高専の廊下を歩いていた。
と、向かいからこちらへ歩いてくる姿に足を止めると小さく頭を下げる。

「学長、お疲れ様です」
「戻ったか」
「はい。回収した呪物は現在封印作業中です」
「うむ、ご苦労だったな」
「それとこちらはお土産です」

簡単な報告を済ませた後、手にしていた袋を手渡す。
受け取った正道は中を確認すると、出てきたのは茶色の棒。
・・・もとい、大根を燻製し米ぬかなどで漬け込んだ地方特産品である漬物が顔を出した。
袋の中を凝視したまま固まる正道にはその反応が意外だったのか、首を傾げた。

「あれ?いぶり漬け、お好きでしたよね?」
「わざわざすまんな」
「いえいえ」
「それと、戻ったばかりで悪いが折り入って話しがある。少し付き合えるか?」
「ええ、構いませんよ」

通されたのは、普段は中々立ち入ることのない学長室。
備え付けのソファーに腰を下ろしたは、対面に座る正道に用件を確認するように口火を切った。

「わざわざ場所を変えてまでのお話しというのはなんでしょうか?」
「実はな・・・お前に見合いの話しがあってな」

人払い済みであることが意味する状況で、相応な話だと身構えていた。
それだけに話が入って来ない。
もともと普段から冗談を気軽に口にする人ではない。
某最強問題児じゃあるまいし。
それだから余計に正道から告げられた言葉を瞬時に理解できず、の首が思いっきり傾いた。

「・・・はい?」
「お前に見合いの話しが来た」
「あーと・・・潜入任務か何かの話しとかでしょうか?」
「いや、な・・・先日お前が受けた任務で救助した中に御三家の遠縁がいたらしい」
「・・・」
「それで高専の呪術師ということもすぐに分かったらしくそんな話しを受けてな」
「・・・・・・」
「おい・・・聞いているのか?」
「ええ、聞いてますよ断固お断りします」

無反応だったに正道が問えば、清々しいほど晴れやかな笑顔で即座に言い放たれる。
相手が正道でなければ途中で会話を打ち切っていただろう。
いや、そのまま退室していたな。
表情と相反する返答にやや面食らっている正道に構わずは続けた。

「夜蛾学長には大っ変お世話になっておりますが、御三家絡みに自ら首を突っ込む気はこれ以上ありません」
「うむ、やはりそうか・・・」

の回答を予想していたような正道はあっさりと引き下がった。
最初から答えを分かっていた上で話しを振ってきた正道の様子に、外面用の表情を改めたは小さく息を吐くと更に続けた。

「と、私が即答するのを学長はご存知にも関わらずあえて話されているんです、何か事情があるならそっちの方も聞かせていただけますか?」
「・・・察しが良すぎるのも困ったものだな」

決まりが悪そうにそう呟いた正道はの指摘通り、話しが来た経緯を話し始める。
かいつまんだ話しを聞き終えると、顎に指を当てたが一つ頷いた。

「なるほど、呪具のメンテナンスを請け負っている家柄というわけですか。
御三家から貸与されているとはいえ高専で結構な量を保有してますしね、確かに無碍にして今後の関係悪化は避けたいですね。
かく言う私も呪具をメインに使ってますし」
「・・・まぁ、そういう懸念もあるというわけだ」
「・・・」
(「ついでに言えば、煙たがってる五条さんのフォローに回ることが多い輩を少しでも消したい上層部の嫌がらせも含む、ってところかな。
この予想が当たってると、無碍に断ったら妙な難癖つけられるかもしれないか・・・」)

歯切れの悪さになんとなくの推測を浮かべながら、はどうしたものか、と思案にふける。
精神的にも一番手間のかからない安直な方法を取れば、今後の任務の進み具合だけでなく他の呪術師や高専生にまで影響が出てくる。
個人的にもあまりよろしくない。
というか、今、目の前の手間を惜しんで、後々その皺寄せはごめんだ。
それでなくても年中構わず皺寄せを仕向けてくる相手が身近に居れば、面倒ごとは手間が最少で済むように片付けるに限る。
となれば、やはり一旦受けて可能な限り波風立てずに断るのが一番影響が少ないことになる。

「分かりました」
「?」
「お受けしましょう、その話し」

手のひらを返した返答に正道は再び固まった。
数分前にはその気がないとの断言していたこともあったが、それよりも今話している内容から答えを即答するにはあまりにも性急と取れる結論に話を持ちかけた正道の方がためらいを見せた。

「待て、見合いが何なのか分かっているのか?」
「勿論ですよ。子供じゃ無いんですから」
「いや、それならそんな気軽に答えを出すものじゃないんだぞ」
「別にいいじゃないんですか、どうせ断る話なんですし」
「そうならんかもしれんだろ」
「そうなりますって。私、その気がありませんから」

あっけらかんと、正道の心配など意に介さないような軽い調子を見せていただったが、すぐに相手を気遣うような、ふわりとした笑みを正道に向けた。

「それにこれでこの話を持ってきた方に対して学長の体面は保たれることになりますよね?」
「こちらの事はいい。その気がないなら断ってくれて構わん」
「いえ、ついでに確かめたいこともあるのでお話し進めてください」
「・・・何をするつもりだ?」
「そんな疑わしそうな目で見ないでくださいよ。
五条さんじゃあるまいし、別に行動を起こすつもりはないですから。
あくまで今後のための敵情視察に必要な情報収集ってところです」

嘘ではない。
御三家にはマジで関わりたくはないが、無関心でいたとしてそれはそれで実は虎の尾を踏んでいました、なんて状況は目も当てられない。
危険回避に必要なのは何にも増して情報。
長い付き合いだけに隠すことなく本当のことを言えば、正道は疑わしそうな表情をしつつも、問題児よりも遥かに信用を得ていた日頃の行いの賜物か納得してくれたように小さく嘆息した。

「分かった、先方には受ける方向で返答しておくぞ」
「はい、お願いします」
「・・・仕事でもない至極個人的な頼みとなってしまってすまんな」
「穏便に済ませる予定ですので、お気になさらず・・・あ」
「む?」
「この話し、五条さんには伏せていただけますか?
あの人に知られると穏便に済ませられるものも済まなくなりそうな気がするので」

と言うか、知られればいじられネタにされて相手をするのがさらに面倒になるのが嫌なだけというのが本音だが。
の言わんとすることを察した正道だったが、今回の話は一方的なものではないだけに、もう一つの可能性が残っていることで表情を曇らせた。

「だが先方から情報が漏れれば・・・」
「あー・・・その時は諦めます。
段取りとかはなるべく早くにお願いしますね、さっさと片付けたいので」
「それは構わんが・・・本当に受けるんだな?」
「何度同じこと確認するんですか、だから受けますってば。パッパと進めてくださいね」

再三の正道の確認にはまるでコンビニ行くような気軽さで応じるとその場を後にした。
本日は出張帰りでもあるため、このまま直帰。
だが、先ほど受けた話から、これから起こるだろう事の念の為の保険もかけるべく、その足は補助監督がいる部屋に向いた。
そして目的の人物を見つけると、重い空気を背負うお疲れ顔の同期の肩を叩いた。

「伊地知くん、お疲れ」
「・・・あぁ、お疲れ様です。
・・・さん?」

周囲をキョロキョロと見回すに潔高は首を傾げた。
だが潔高に答えることなく、問題の人物がいないことを確認したはちょいちょいと潔高を手招きする。
その様子にさらに疑問を深めたような潔高は席を立ち当然の問いを向けた。

「あの、誰かお探しですか?」
「いや、実はちょっと話しがあるんだ」
「話しですか?」

声を潜めたに合わせるように潔高の声も小さくなる。
は先程の正道との話をかいつまんで話そうと口を開いた。

「・・・」
さん?」

が、直前で思い留まる。
なんとなくだが今話すと後々の影響からよろしくない気がして、直接的な説明は避けて事情を話すことにした。

「あー、えーっとね。まだ詳細言えないんだけど、今日以降に私絡みで五条さんからマジビンタの脅し受けたら知ってる情報はバラしていいからね」
「は、はい!?」

潔高の声がひっくり返る。
当然だ。
同期であり、先輩であるその人からの傍若無人な仕打ちの数々を自分達は知っているだけではないのだ。
お疲れ顔から青くなる潔高に、これ以上の精神的苦痛は与えまいとはフォローするように続けた。

「あー、いいのいいの。今は分からなくて。分かったらマジビンタ確定コースだから」
「そ、そうですか・・・わかりました、覚えておきます」

とりあえず、濁した説明で退いてくれた潔高に安心したは小さく息を吐く。
これで自分ができる手は打てた。
相手のことを覚えていない以上、過去の報告書を見ても記憶にないだけに時間の無駄になりそうだ。
それならば英気を養う方に時間を使ったほうが有意義と判断し、今度こそその足は帰路につくのだった。




































































































数日後、都内近郊某料亭。
流石にいつもの任務で出る装いで会うものではないと言われ、仕方なくレンタルした着物(料金は夜蛾持ち)の装いとなったは、古風な日本庭園の一室で正道と並んで相手を待っていた。

(「どうして昔から続く家系ってのは装いもそういう系を求められるんだかな、スーツで良くない?」)
「どうかしたのか?」

その声に物思いから現実に引き戻される。
庭から視線を正道に戻したは自分よりも不安げな隣の表情に、いつもの調子で返した。

「いえ別に、それより学長も同席するんですか?」
「流石にお前一人だけという訳にもいかないだろう」
「そんな、もう大人なのに・・・」
「見合いがどう言うものか分かってるのか?」
「勿論ですよ。
とりあえず出会い頭に断る話しはしない、適当に話しを相手に合わせる、そして最後に『このお話しは無かったことに』って言えばいいんですよね?」

指を順番に立てつつ、いかにも何かを読んで暗唱してる風なに、更に不安が増したような正道の表情が渋った。

「ま、まあ、大筋はそうだが・・・」
「よし、マンガで予習も完璧ですね」
「・・・」
「そんな不安そうな顔されないでください、どうせ断る話じゃないですか」
「いや、お前はそうだが・・・そういう問題ではない」

一方は晴れやか、片や渋面。
対極な二人だったが、料亭の仲居が待ち人の到着を告げたことで、正道とのやりとりは打ち切りとなった。
そして、役者が揃ったことでついに見合いが開始された。

「この度はこちらの申し出を快く受けていただきありがとうございます」
(誰が快くじゃ)・・・改めて初めまして、と申しーー」
ーードゴーーーンッ!!!ーー

その矢先、愛想笑いと挨拶の続きは庭と共に吹っ飛んだ。
は思わず学長を見るも事情を知らなそうな驚き顔が返されるだけ。
襲撃にしては直接建物を攻撃されていない辺り、相手の狙いが分からない。
が、ひとまずこの場に居合わせた術師2名は視線で応じるとすぐさま警戒態勢を取る。

「あーあ、だから僕がやるって言ったのに」

直後、間延びしたやる気のない声が響いた。
そしてふわりと空から降りてきたような人物が臨戦態勢の2名に向く。

「あれ?学長にじゃん、何してんの?」
「・・・」
「・・・」

いや、こっちの台詞だが?

(「なんで居るの・・・」)
「悟、お前今日は出張だったろう」

こちらの疑問を代わってくれた正道に同調するように眇めた視線をも返す。
すると、いつもの軽薄な調子で呪術界最強呪術師、五条悟は大股でこちらに近付いてきた。

「んなのとっくに終わったけど?
つーか、ぶはっ!お前ナニその格好、ウケんだけどw」
「し、失礼だろ!彼女はーー」
「誰だよお前、口挟むなよモブ。
ちょうどいーや。帳から逃げた呪霊がいんの。僕だと街壊すし、お前の腕なら楽勝だろ」
「・・・」

一方的に自身の用件を伝え、そして当事者の返答を待つことなく、まるで荷物を持つように悟は片腕でをひょいと抱えた。

「そら、行くよ〜」
「五条さん、土足・・・」
「無限張ってるから問題ないっしょ」
「そういう事じゃないです」
「なっ!待ちーー」
「うるせぇ、コイツは忙しいの。ちょっかい出すならこの最強を通してよね」
「っ!」

文句は出鼻で挫かれ、もはやこのまま当初の予定を続けることは無理だと判断したは、嘆息と共に同じ心境になっている諦め顔の正道の方へと向いた。

「はぁ・・・学長、申し訳ありませんが後はお願いします」
「・・・分かった」
「それと五条さん、今日は私非番だったので呪具持ってきてませんからね」
「マジ?来た意味ねーじゃん」
「なので、料亭の修繕費とコレのレンタル代も五条さんが出してくださいよ」

悟に抱えられたまま、部屋に飾られてた弓と矢を取ったはそのまま屋外へと運び出された。
そして、瞬く間に外気が頬を撫でる。
しかし目標との距離はなかなか開いていた。

「アレですか?」
「そう」
「随分と引き離されてませんか?」
「お前拾ってたんだもん。しょーがないでしょ」
「へぇ、最強だと豪語しているくせにあの程度の呪霊に追いつけない特級サマがいらっしゃるとは認識改めないとですねー」
はあ"?余裕で鼻先にだって回れるっちゅーの!」

の安い挑発にチョロく乗った悟によって、逃走した呪霊との距離はあっという間に詰まった。
そして、宣言通り鼻先に回ったことで、難なく呪霊の跋除は完了した。
拾われた場所から遠く離れたビルの屋上に降ろされたは、シワになってそうな着物の裾を払う。

「ふぅ・・・」
「んな化石みたいな道具使えたんだ」
「あぁ、中学では弓道部でしたから。
今でもたまにやってるので取り扱いは問題ありませんよ」

が片手に持つ弓に視線を移しながら悟の問いに答えると小さく息を吐く。
今更だが、あんな等級の呪霊に自分が駆り出される必要はなかった。
何より、この人が任務を請け負っている以上、街に被害を出さずに祓うなど造作もない。
とすれば、あの場に苦しい言い訳で現れたのは作為的に呪霊を逃した事になる。

「それで、どうして五条さんがあの料亭に?」
「何が?」
「偶然で来れる場所じゃないですよ」

巻き込まれた身の上で当然の質問を投げ返してみれば、当人からはわざとらしくんー、と首を傾げられる。

「お前が仮装してるってウワサを聞いたから見てやろうと思って」
「・・・そうですか」
「もう少し興味持って」

すっとぼけたまま白状する気がなさそうで、面倒になったは追及を早々に諦めた。
そして懐に入れたスマホを取り出すと、背後で騒ぐ悟を放置。
正道への報告と現在位置の確認をすべく出口らしいドアへと踵を返す。

「では、私は着物とか返して来るので失礼します」
「えー!仕事終わったんだからスイーツ食べ行くでしょ!」
「こんな面倒な格好で行きませんよ」
「なら服買いに行くか」
「は?」
「あ、伊地知?今xxxだから迎えに来て〜」

待てこら、色々同意してない。
後ろで勝手に進行されていくこれからの予定に、災難続きになっているの声は尖った。

「ちょ!私は非番だとーー」
「いーじゃん、ヒマなんでしょ?」
「非番とヒマは同義じゃない!」

最強な唯我独尊に言い募るも、これまでの経験から取り合ってもらえない虚しい正論が秋の高い空に響き渡るのだった。


























































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2023.10.15