ポケットにしまっていたスマホが着信を告げる。
この時間帯にかかってくるには珍しい液晶の表示にすぐに通話ボタンをタップした。
「お疲れ様です、です」
『お疲れ様です、七海ですが今何処に居ますか?』
「都内です。任務が終わったので補助監督を待っているところになります。何かありましたか?」
緊迫した空気を察してそう言えば、逡巡する気配の後すぐに建人は言葉を返す。
『至急、こちらに応援に来てもらえますか。
今、伊地知くんがそちらにピックアップに向かっています』
「分かりました。
負傷者が居るなら、今の状況を教えてください」
ーー重なる面影と覚悟とーー
「はい、おしまいです」
「ありがとうございます」
鍛えられた腕に包帯を巻き終えたは、いえ、と礼を返すと広げていた応急処置の道具を元に戻す。
テキパキと片付けるの背中へ、シャツに腕を通しながら建人は小さく呟いた。
「急な応援依頼になりました、すみません」
「七海さんの日頃の行いが良いお陰でタイミング的には問題ありませんでしたよ」
明るくそう返したは、救急箱の留め具をかけると、それに、と続け隣で眠る青年に視線を落とした。
「七海さんの応急処置も良かったですから、手当もスムーズでした」
「指示が的確でしたので」
「ご謙遜を。ま、彼のタフネスにも助けられました。
普通なら助からなかったでしょう」
現場に到着し、負傷していた二人にすぐに手当を行ったが、重症だったのは今も眠っている青年の方だった。
彼が誰でどういう存在なのか、は知っていた。
そして高専上層部の思惑と、それと対峙している某最強の先輩との構図も。
だからこそ、建人から連絡を受けこの場に呼ばれたことが、どういう意味を持つか、どういう影響を及ぼすかはなんとなく察していた。
「七海さん」
「何ですか?」
「その、今更ですが・・・私で良かったんですか?」
「あなた以外に考えられませんでしたよ」
「あはは・・・それは、光栄です・・・」
即座の断言にどういう表情を浮かべればよいのか未だに分からない。
褒められ慣れていないは、どうにかはにかむ表情を返しながら横になっている青年の毛布をかけ直す。
「彼には目が覚めてもしばらく安静にするように伝えないとですね」
「・・・助かります」
「いえいえ、私にできるのはこれくらいですから」
「違いますよ」
「?」
「詮索しないでもらってることに、ですよ」
建人の言葉には何とも言えない表情で頬を掻いた。
本来ならば負傷した場合、負傷者を高専に運ぶ。
緊急だとしても、ここに呼び出される人物は高専で待機している家入硝子だ。
それに他の現場先で救援要請が入るなら、補助監督経由での連絡が普通だ。
それを全て無視し、術師であるこの人から直接連絡が来たということは、高専(というか高専上層部)に知られたくない、という結論にしかならない。
それら諸々を承知した上でこの場に来たに向けられた建人からの謝意。
事情をそれなりに把握しているは、それ以上は不要だとばかりに肩をすくめて返した。
「ま、私は長い付き合いの子が悲しむことがなくなるなら、いくらでも協力は惜しみません」
「・・・確か伏黒君、と言いましたか」
「はい。とっても優しい子ですよ。
なのでそんな子を悲しませる輩は出し抜かれて当然、因果応報の報いです」
言葉尻に怒りを滲ませたは静かに呟く。
数ヶ月前。
あの現場に応援で到着した時には全てが終わっていた。
生死不明の非術者の救出任務に高専生徒の1年生のみが派遣されるという異常事態。
いや、あれは明らかな抹殺目的の大義名分の任務だ。
特級呪物・両面宿儺の受肉体であるこの青年、虎杖悠仁の鏖殺を狙った上層部の凶策。
任務の内容に怒りがこみ上げたが、同級生の遺体を前に俯く恵を見てしまってはその背中を支えることしか出来なかった。
以前から自身も上に対しては反発している。
とはいえ御三家関係者ではないため、某最強のような表立って歯向かうことはできないが、上の短絡的なやり方を良しとはしていない。
口にせずともその辺の事情を察しているだろう建人からの気遣うような視線には安心させるようにふわり、と笑い返した。
「ま、それについては今はいいです。それより七海さんもどうぞ療養されてくださいね」
「そうしたいところですが、今は現場の指示が先です」
「そうですね、なら私もーー」
「いえ。すみませんが、あなたには彼が目を覚ますまでお願いします」
建人の言葉に腰を上げたはきょとんと目を瞬かせた。
「心配なのは分かりますが、あとは安静にしていれば問題ないですよ?」
「今日初めて、彼は人を手にかけました」
聞かされた内容は術師としての道を定めた者が必ず向き合わなければならない、乗り越えるべき壁。
才能や能力があっても、その事実に折り合いがつけられず辞めていく人を何人も見てきた。
そして、目の前に立つ建人もかつては高専を離れた一人だ。
「・・・そうでしたか」
「虎杖君は他人の為に本気で怒れる子です、無理を押して手伝うと言いかねませんから」
「そういうことなら、分かりました」
の返答に安心したのか、建人は上着を羽織ると負傷を感じさせぬ足取りで部屋を出ていった。
その背中を見送り、簡易ベッドの横に置かれた椅子に座ったは静かになった部屋で先程の言葉を反芻していた。
『虎杖君は他人の為に本気で怒れる子です、無理を押して手伝うと言いかねませんから』
(「重なるな・・・
恵くんからも明るい子って話だったし、何より七海さんがそう言うなんて」)
思い出される青春時代ともいえる高専生時代。
その人は善人と呼ばれるにふさわしい人で、明るくて他人思いで、健人の親友だった。
かつての先輩の笑顔はどれもこちらを明るく照らすもので、まるで妹のように後輩である自分を目にかけてくれた。
本当なら、あのような任務で無残に命を散らしていい人では・・・
「っ・・・」
「あ、気付きましたか?」
「・・・ここは・・・・・・!そうだ!あいつ!」
飛び起き勢いそのままに出ていこうとする悠仁に立ちはだかるようには眼前に手の平をかざした。
「はいはーい、ストップ。
聞きたいことは沢山あると思いますけど、あなたの今の仕事は安静にすることです。
状況を把握したいなら、先にこちらの質問に答えてくださいね」
「うっ、はい・・・」
話しの主導権をきっちり握ったの有無を言わせない返しに、素直な返答が返される。
よろしい、とは一つ頷くと再び口を開いた。
「吐き気や眩暈はありますか?」
「多分、大丈夫っす」
「なら質問続けますね、あなたの名前は?」
「虎杖悠仁っす」
「今日は西暦何年何月何日でしょう?」
「2018年9月の・・・忘れました」
「日本の首都はどこでしょう?」
「えーと・・・東京?」
「この指を目で追えますか?」
「・・・」
「このペンのペン先を出してください」
ーーカチッーー
「よし。最後に私と握手してください」
「・・・え?」
「言ってる意味、分かりませんでしたか?」
「あ、い、いえ!」
「うん。痺れとかありますか?」
「な、無いです」
一通りの簡単な問診にも問題なく受け応えられていることで、はふわりと微笑を浮かべ悠仁から返されたペンを元に戻した。
「うん。意識レベル・運動系機能・社会生活認識、共に問題無し。倒れたとの話でしたけどひとまず問題無さそうですね」
「あの・・・あなたは」
「私は七海さんの応援で来た呪術師です。君の事情は知ってるので今はもう少しだけ休んでください」
ここで名乗るわけにはいかない。
何しろ自分はここに来なかった、という体裁の方が後々、面倒が起きない。
「でもーー」
「ダメです」
「っ!」
ずいっ、と頭突きする勢いでは悠仁に顔を寄せる。
笑顔の奥にある反論を許さない圧を浮かべながらは畳みかけた。
「倒れて頭を打っただけじゃなく、他の負傷だって七海さん以上に酷いんです。
いくら虎杖くんが丈夫で問題ないと思ってても、呪術師として今すぐ行動させることは許可できません。
堪えることが無理だと言うなら、物理的に堪えさせますけどどうします?」
「あのー、物理的っていうのは・・・」
「勿論、腕尽くです」
「・・・」
「物理的がご不満なら薬品でもっと眠らせることもできますけど?」
「わ、分かりました!休みます!」
「ご理解が早く助かります」
指示に従ったような悠仁だったが僅かな反抗心が残っているのか、横になることはせずふい、と顔を背けたままベッドに腰を落ち着かせる。
素直な言い様を受けていただったが、その観察眼はすい、と細められた。
「一応言っておきますが、私は七海さんから無理をしないように見張りを言い付けられているので私が席を外した隙に抜け出すとかは考えても無駄ですよ」
「う・・・」
どうやら図星だったらしい。
やるにしても随分、稚拙な策だ。
「まったく、あの人に似た強情な子がまた増えたな・・・」
「え?」
ーーポンッーー
「状況を聞いてきます。せめて私が戻るまでは安静にしててください、いいですね?」
「うっす」
妥協案に今度はちゃんと納得したのか、肩の力を抜いた悠仁に背を向けは腰を上げかけた。
が、
「っと、その前に・・・」
そう言って腰を戻すと、疑問符を浮かべている悠仁を包むように抱きしめた。
当然、お年頃の悠仁の声はひっくり返る。
「んえ!?」
「ありがとうございました」
「え?え??」
「あなたのお陰で私は仲間を失わずに済みました。よく頑張りましたね」
穏やかな口調であやされるように背中をさすられる。
慌てていた悠仁だったが、風船があっという間に萎む勢いで消沈した声が返される。
「・・・でも」
「思うところはあるでしょう。
けど、失った結果に囚われてばかりでは進めません。だから守れた結果にも、守れた命にも目を向けて下さい」
痛々しい事実を覆うように静かに柔らかく降り積もる。
人肌の温もりが伝わって、喪失で強張った悠仁の身体からゆっくりと力が抜けていく。
はまるで幼子に言い聞かせるように続けた。
「私達呪術師は、強くなるしか後悔しない道を選べないんですから」
「・・・はい」
「うん。じゃあ私が戻るまでは横になっててくださいね」
ポンッと最後に背中を軽く叩くと、は安心させるように悠仁に笑いかけ部屋を出ていった。
>思春期だしね
虎(「・・・柔・・・いい匂ーー」)
ーーバダンッ!ーー
ーービクッ!!!ーー
「虎杖くん、ちゃんと横になっててくださいよ」
虎「は、はいっ!」
「あれ、顔赤いけど熱でてきたかな・・・」
虎「だっ!大丈夫なんで!早くナナミンに聞いてきてください!」
「なんで怒ってるの?」
虎「ごめんなさい怒ってません!(泣)」
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2023.04.16