次の任務の打ち合わせを終え、補助監督が控える部屋へ戻ってみれば優秀な同期がどうみても連勤記録更新中顔で仕事をしていた。

ーーポンッーー
「お疲れ様、顔色悪いけどもしかして泊まりこみ?」
「ええ。人手が足りなくて・・・」

目頭を押さえた潔高はそう答えると、小さく嘆息し作業の手を止めると自分の肩に手を置くに向いた。

「すみません、愚痴りました。
さん今日の任務は都内でしたね、すぐに用意をーー」
「いや、公共交通機関使って行くよ」
「ですが・・・」
「伊地知くん、今日は五条さんの迎えに空港行ってそのままサポートでしょ?私まで相手してたら体もたないよ」
「いえ、お気遣いには感謝しますがーー」
「その代わり、私のことは直帰扱いでよろしくね」

そう言うと、備え付けのコーヒーを淹れ潔高へ差し出す。
しばし逡巡していた潔高だったが、有り難い申し出であることに変わりなかったので、カップを受け取ると恐縮しながらも頭を下げた。

「分かりました。でも負傷されたら必ず連絡してくださいね」
「うん、分かったよ」
「必ずですよ?」
「随分と念押すね、何かあったっけ?」

自分の分のコーヒーを傾けながらはここ最近の記憶を手繰る。
直近では特に大きな負傷もない、隠していたのは少々あったがバレなかったはずだが。
の記憶を裏付けるように、しばし沈黙が返される。
と、言葉を探すようにしていた潔高は少し言い淀みながら口を開いた。

「いえ、今日は13日の金曜日ですから・・・」

予想外の返答にぽかん、と呆気に取られていたは吹き出した。

ふは!伊地知くんでもそんなジンクス気にするんだ」
「・・・すみません」
「あはは、ごめんごめん。
うん、気を付けるよ。妙な出逢いがないようにさ」





















































































































ーー13日の金曜日ーー




















































































































都内某所。
廃ビルの一角で、足蹴にした蠢く影にトドメの一発が放たれる。

「ふぅ・・・」

腕から腹にかけて伝う慣れ親しんだ衝撃は、足元の呪霊と共に澱となって消えていく。
小さく息を吐いたは、厳しい表情を変えぬままさらに奥の部屋へと進んで行った。
と、そこから少し離れた物陰からその後ろ背を伺う二つの影があった。
歳の頃は十代半ばほど。
夜に溶けるような黒髪と、今どきの若者を思わせる茶髪の二人の少女は消えた姿が戻ってくるのを待っていた。

「どう思う?」
「・・・弱そう」
「同感、それにさっきから無駄に撃ち過ぎじゃない?」
「それは失礼しました」
「「!」」
「動かないように」

突然響いた背後からの声に茶髪の少女が振り返れば、待ち構えていたはずの対象・がもう一方の少女の首筋にナイフの刃先を当て、淡々と続けた。

「歳若い子を手にかけるのは心苦しいですが、終日ずっと尾けられるのも気分が悪いので無作法はお互い様にしましょう」
「・・・っ」
「それとこのビルに下ろした帳は非術者以外の侵入を許すものですので、妙な動きをすれば即座にお友達の首を刎ねてあなたにも発砲します。
分かりましたか?

1対2だというのに、優位性を抱かせないほどの事務的な口調と口にした事を実行するだろう容赦のない眼光。
本気で手を下すことが窺い知れた脅しに、下手な弁明は逆効果なことを理解した茶髪の少女はゆっくり頷いた。
それを見たは、よろしい、とばかりにひとつ頷くと続きを促した。

「さて、ご理解いただけたならそちらのお名前とご用件を伺いましょうか」
「・・・わたしは夏油美々子、そっちは菜々子」

聞かされた名には表情を変えず頷くだけに留めた。

「なるほど、続けて下さい」
「わたし達は高専一級呪術師、に夏油様からの手紙を渡しに来たの」
「そうですか・・・」

それだけ言ったは、僅かの間に逡巡したがすぐに拘束していた黒髪の少女を解放した。

「分かりました。ここで聞くには忍びないので場所を移しましょうか」





















































































































廃ビルから移動し人気のない神社に着いた。
途中で寄ったカフェで買ったカップから一口飲んだは、口火を切るように対峙する少女達に尋ねる。

「先に聞きたいのですが・・・」

一言発しただけでえらく睨み返される。
こっちと会話する気はないってか。
気位が高いのは結構だが、それならなんで接触してきたのやら。
とはいえ、わざわざ突っ込む気も起きず、すぐに本題に移った。

「あの人からの預かり物をどうしてわざわざあなた達が届けに来たんですか?」
「・・・なんでそんなこと聞くの?」
「え・・・あの人らしくないやり方だからですよ」

分かりきった返答を返す。
だが、少女達の反応は怪訝な表情が返されるだけ。
その反応のほうが予想外では更に説明を重ねた。

「あなた達、xx村であの人が保護した子達でしょう?」
「だから何?」
「あの人が保護していたのに捕まるかもしれない術師と会わせるなんて、わざわざ危険がある方法を取るとは思えませんから」
「「・・・」」
「あ、勘違いしないでください。
あなた達が子供だからだとか実力不足だからという意味じゃないですから。単にあの人らしくないやり方だと思っただけの確認です」

腕を組み手水舎の柱に寄りかかりながら、一口コーヒーを飲んだは続けた。

「私の予想では、あの人ならさせたとしても郵送くらいじゃないのかなぁ、と思うんですよね」
「・・・うちらが話してみたかったの」
「話し?私とですか?」
「夏油様から聞いてたから・・・」

碌な話ではないだろうなと、内心げんなりしながらは再びコーヒーに口を運んだ。

「あー、そうですか」
「振られた彼女って女の顔も見たかったし」
「ゴホッ!」

コーヒーが肺に入った、無駄に痛い。
何度かむせたは裏返った声を返した。

「は、はい!?」
「あんた夏油様を振ったんでしよ?」
「・・・は?」
「それは夏油様が呪詛師だから?」
「ちょっ!待った待った待った。私は彼女でもないし振ってもいませんよ」

最初に会ったときから一変し、立て続けに捲し立ててくる少女達を落ち着かせるようには声を張る。
どうやら歳相応に中身はJKらしい。
引っかかっていた原因については解決した。
したが、話しの路線がそっち行くとは思わず、深読みし過ぎた自分を恥じながらは内心深々とため息をついた。

「でも夏油様は告ったって言ってたし」
「悲恋の果てに別れたってことでしょ?」
「・・・何を吹聴してるんですか、あの人は」

嫌がらせか?それにしてはタチが悪い。
苦虫を噛み潰したような表情を浮かべたは、内心だけでは収まらなかった重々しい嘆息をつくと口を開いた。

「あのですね、そもそも高専の時も世間的な恋人関係ではないですよ。
結局、お互いに想いをはっきり言葉にした覚えも・・・ありませんしね」

視線を伏せたは組んだ腕に隠れた拳を僅かに握る。
そう、もう終わった事だ。
結局、互いにきちんと言葉にはしなかった。
それはプライドが邪魔をした所為か、相手を想っての逃げか、ヘタレな根性なし故か。
どちらにしろ形にしないまま終わらせる選択を選んだんだ。
蘇った苦味から逃れるようには一つ息を吐くと用件は済んだと踵を返した。

「では、確かに手紙はいただきました。私はこれで失礼します」
「ちょ!待ってよ!」

少女の制止に歩き出そうと背中を向け振り返らぬままは先を促した。

「まだ何か?」
「うちらのこと、知ってるのに見逃すの?」
「確かに、呪術師と呪詛師が会敵したら殺し合いでしょう。
私も次会う時は容赦するつもりはありません。
でも、このコーヒーを飲み終えるまでは・・・大切な人を失った者同士の近況報告ということにしましょう」

飲みかけのカップをひらひらと上げたは歩き出す。
が、思い直したように立ち止まった。

「美々子さん、菜々子さん」

少女の名を呼んだはゆっくりと振り返る。
怪訝さと僅かな警戒を浮かべる二人には続けた。

「私なんかにこんなこと言われても不愉快でしょうが、これだけは言わせてください」

そう言うと、居住いを正し二人の目をしっかり見据えながらは深々と頭を下げた。

「夏油さんの支えになってくれて、ありがとうございました」





















































































































『ねーねー夏油様、恋人は居なかったの?』
『恋人か・・・私は振られてしまったからね』
『ええ!?夏油様が振られたの!』
『ああ』
『名前は!?絶対呪ってやる!』
『あはは、近くに悟が居るだろうから止めてくれ』
『ぶー、じゃあ名前だけ』
『彼女は・・・、高専の後輩だ』
『ふーん。どんな人?』
『そうだな・・・彼女は努力家で誰よりも優しくて、私の事もよく気遣ってくれたよ。
そのクセ自分のことはいつも後回しで、よく負傷を隠しては怒られてたな』
『でも五条悟より弱かったんでしょ?』
『呪術師としての実力だけを取ればそうだけどね・・・でも、彼女は強いよ』





















































































































思い出されるかつての懐かしいやり取り。
立ち去った背中はもう見えなくなった。
だが、手元のカップからは未だに温もりを残していた。





















































































































『えっと・・・私は本日のブレンド、ホットLサイズで。二人はどうします?』
『は?何の冗談?』
『・・・』
『温かいもの無しにこの寒空の下、話し聞きたくないですもん。人目につく場所で聞ける話しでもないですしね。
で、何にするんです?』
『・・・』
『・・・』
『じゃ、ホットココア2つで』
『ちょ!勝手に注文しないでよ!』





















































































































「美々子」
「うん?」
「優しいって聞いて、最初は嘘だと思ったんだ」
「うん」
「でもさ、うちらのこと知ってるのに本当に話をするだけで」
「・・・うん」

術師として目の当たりにした冷徹さ。
敬愛した人から聞いた強さ。
呪詛師相手に付き合ってくれた人の良さ。
そして予期せぬ言葉。

「何なの・・・もう」

あの人の話しをした時の痛みを堪える苦しげな表情。
それは時折、あの人も浮かべていた家族の誰にも語らなかった想いを秘めた表情。
言葉とは裏腹なそれは全てを物語っていた気がした。
菜々子は悔しそうに顔を歪ませ、同じ思いを抱いている美々子と肩を抱き合った。

「あんなの・・・二人とも両想いだったんじゃん」




















































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2023.04.16