正式な入学を果たし、高専での生活がスタートして数日が過ぎた。
(「今週は座学続きで来週から実地任務スタートか。呪術以外の座学は本当に普通の学校と変わらないんだな・・・」)
本日までの授業を思い返しながら一人、物思いにふける。
入学初日の睡眠不足から一転し、ここ数日はきちんと睡眠をとれているおかげで奇行はなく、唯一の同期からも気遣わしげな妙な視線を受けることもなくなっ
た。
今日はいつもより早く目が覚めたことで、時間を持て余した
はすでに教室の自席へと着き誰にも邪魔されない一人の時間を満喫していた。
頬杖をつき、窓から見えるのは青空に映える薄紅色の花弁が軽やかに舞う景色。
自身が立つ場所を思えば、まるで現実感が薄い穏やかな時間とも言えた。
(「そういえば、先週は引っ越しと鍛錬で立て込んでたっけ。こんな風にボーッとする時間って久しぶりだな」)
残り数日を終えれば、きっと命がかかった殺伐とした時間が続くことになるだろう。
そんな嵐の前の静けさにあたる今の穏やかな時間と対極の訪れとなったときの未来の自分が見上げるこの桜はどのように違ってみえるのだろうかと、とりとめな
い思いを抱きながら
は舞い散る桜を見る目を細めるのだった。
ーー凄い先輩ーー
木張りの廊下に軽い小走り音が響く。
小春日和のやわらかな日差しが差し込む中、教室へ向かうもう一人の高専一年生である伊地知潔高は手元の時間割を見ながら、本日のスケジュールを確認してい
た。
(「えーと、午前は座学で午後は実技の体術。付いていけるでしょーー」)
ーードンッ!ーー
先立った不安の所為で周りに注意を払わなかった。
前方不注意よろしく、何かにぶつかり盛大に尻餅をついた潔高は痛みをこらえながらも条件反射で謝罪を口にした。
「すっ、すみま・・・」
「うわ!ごめんね、大丈夫だった?」
耳に飛び込んできた明るい声に顔を上げる。
そこには、自身より一回りは体格の良い青年の心配顔と、その後ろに不機嫌そうな顔が並んでこちらを見下ろしていた。
と、そばにあった表情はすぐにスイッチが切り替わったかのようにぱっと変わる。
「あ!君もしかして1年生?」
「は、はい」
「ボクは2年の灰原雄。こっちは七海建人。
そっか〜、ボクらに二人も後輩できたんだ。嬉しいね七海!」
「灰原・・・朝から煩いですよ」
「あははは、また遅くまで今日の任務概要読んでたの?相変わらず七海は真面目だなぁ〜」
「・・・声量」
雄から差し出された手で引き起こされた潔高は、対照的な二人の先輩のやりとりに何かを言うべきかを考えあぐねる。
だが、流れるように続く会話に割入る隙はない。
と、終始、渋面顔だった建人から視線が合ったことで潔高の肩が思わず跳ねた。
「!」
「廊下は前を見て歩いてください」
「は、はい!すみませんでした」
「じゃ、ボクらはこれから任務だから。これからよろしくね!」
「こ、こちらこそ!」
「遅れますよ」
足早に先行する建人の後に続きながらも、ひらひらと手を振る雄に応じ手を振っていた潔高は、はた、と先程のやり取りの最中の失態に気付いた。
(「あ、こっちは名乗らなかった・・・」)
これから高専生活が始まるというのに、新入生かつ後輩である自分が名乗らないというのは、先輩からすれば心象は悪いに決まっている。
鈍臭い自分に自己嫌悪し一つため息をつくと、潔高は今度は忠告通り真っ直ぐ行き先を見据え教室へと向かう。
そして、目的のドアを開けてみれば、すでに同期が座っていた。
授業の開始まではまだだいぶ時間がある。
声をかけようとしたが、桜舞う外を眺める横顔に挨拶が引っ込んでしまった。
「・・・」
会ってまだ数日。
お互いをまだよく知らず、会話も必要最小限なものばかりでこちらと関わりを持ちたくないような対応に気が重い相手ではあったが、憂いを帯びた横顔と儚く舞
う花弁に目を奪われた。
と。
潔高に気付いたらしい
の方が代わりに声をかけてきた。
「おはようございます、伊地知くん」
「お、おはようございます、
さん」
見つめていたことをごまかすように慌てて挨拶を済ませると、隣の席に腰を下ろした。
手にしていた教科書類を机の中にしまっていると、怪訝そうな声がかけられた。
「もしかして体調不良?」
「へ?」
「顔赤いから」
「い、いや!違います!その・・・
さんが何を見ているのかと・・・」
「別に。強いて言えば桜?」
「そうですか、散ってきましたもんね」
当たり障りのない内容では話題が広がることなく、すぐに会話は終わる。
隣は特に気にした様子はなかったが、沈黙に耐えられなくなった潔高は慌てて他の話題を続けた。
「そ、そういえば午後の体術は先輩方と合同みたいですね」
「あー、そうなんだ」
「どんな方なんでしょうね・・・
そう言えば、先ほど2年の先輩にはお会いしましたが」
「七海先輩と灰原先輩?」
「ご存知だったんですね」
すでに名前まで把握していることに潔高が驚きを見せれば、
の方は先程から変わらない抑揚の薄い語調で続けた。
「まぁ中学の時から夏休みの時とか、ちょくちょく高専に顔出してたから、在籍している先輩の顔と名前くらいはね」
「そうですか・・・どんな方なんですか?」
間が持った話題を掘り下げてみれば、そうだな、と前置きした
の話が始まるかと思えば先に聞き返された。
「二人と話はした?」
「え?ええ・・・あ、いや話したというか、ぶつかってしまって・・・」
「え、ケガは?」
「それは大丈夫です」
「そう。話したなら、きっとその時の二言三言のやり取りで感じたイメージ通りの先輩だよ」
そう言いながら、えーとね、と思い出すように呟いた
は続ける。
「2年の先輩は私から見てどっちも面倒見が良いと思うかな。対照的ではあるけどむしろそれが良いコンビって感じ。
困ったことあったら2年の先輩に相談することを勧めるよ」
「えーと・・・その口ぶりだと3年の先輩方もご存知なんですか?」
潔高の問いに微妙な沈黙が流れる。
そして先程より気難しい表情へと変わった
は、先程のような解説を始めずに、しばし考え込んでから再度口を開いた。
「伊地知くんは他に会った先輩はいないの?」
「えっと、そうですね・・・まだ遠目で見ただけです。3人いるということは知ってますが。あとは・・・」
「噂?」
「ええ」
「ま、特級が2人と他の人に反転術式が使える人だもんね、そりゃ聞くか」
「ええ、ホント凄い人達が先輩になりましたよね」
「・・・まぁ、そうだね。
近々、顔を合わせたら嫌でも分かるでしょ。色んな意味で特級だよ」
なんとも形容し難い表情、かつ微妙な間を置いて応じられ、潔高はさらに聞き返そうとしたが、運悪く授業の開始時間となり、話は打ち切りとなった。
その後、授業は問題なく進んでいき、ついに午後の実技授業となった。
午前最後の担当から、実技の相手をしてくれるのは3年生だということとなり、着替えを終えた潔高と
は集合場所である校庭へと肩を並べ向かっていた。
「まさか朝方の話し通りになるとは・・」
「早速、フラグ回収か。良かったね」
「え?」
「凄い人達の先輩と直に顔合わせできるでしょ?」
「そ、そうですね・・・」
応じられた言葉の割に、隣の表情は一つ上の先輩の話をしていた時と比べ、全く気乗りしない顔であることに気付いた潔高は、不安が首をもたげ心構えをすべく
さらに訊ねた。
「で、でも
さんの反応を見る限りだと手放しで喜べないのでは?」
「ん?んー・・・」
潔高の言葉にしばらく唸っていた
だったが、ふい、と顔を背け呟いた。
「先入観植えたくないからノーコメント」
「ええっ!?」
ーー実技開始
伊(「うわぁ、顔まで整ってるから特級なんでしょうか」)
五「遅ぇぞ1年、先輩を待たせるたぁいい度胸だな」
夏「悟、口が悪いよ」
家「ガラ悪」
伊「ひぇ、す、すみません」(怯)
「・・・すみません」
五「つーか、こんなGLGが相手してやるってのにその低っいテンションあり得ねぇんだけど?もっと崇め奉って喜べ」
「わーすごいせんぱいの五条先輩に相手されてうれしーなー」(棒)
伊(「ひぇ!
さん!?」)
五「よーし、。最初にボコボコにしてやっかんな。次に隣のヒョロイの」
夏「こら悟、女の子をボコボコにするのはダメだよ」
家「クズ極まれりだな」
夏「それに後輩の名前はちゃんと呼んであげないと」
五「は?普通、自分から名乗るもんでしょ」
「させる時間を文句で被せてきたのは誰だか」
五「聞こえてんぞ」
伊「す、すみません!伊地知潔高と申しますっ!」
五「あっそ。まぁ、どうでもいいや。おら、かかってこいや」
「・・・」(「名乗らせておいて最低・・・」)
五「おいこら、。失礼なこと考えてる顔ムカつくから1分保たなかったらパシられ
ろ」
夏家「「最低」」
伊「ひぇ・・・」
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2024.08.20