ーー呪いと祈りの間ーー
先方からの呼び出しを受け、その場所へと向かったはこちらにひらひらと呑気に手を振る男を見つけた。
小さく嘆息したは男の対面の席へと腰を下ろした。
「悪いね〜、急に呼び出して」
「いえ。
それで、話しというのはなんでしょうか?」
探りは時間の無駄、とばかりにすぐさま本題に入る。
給仕にコーヒーを注文し終えれば、両者はピンと張り詰めた空気に包まれる。
わざわざ呼び出したなら、それなりな理由があるはず。
深刻な雰囲気のそれに、飛び出す言葉に身構え続きを待った。
「」
「はい」
「お前・・・・・・モンブランは渋皮煮派?甘露煮派?」
ーーガタッーー
「用事を思い出したので失礼します」
「もー、ジョークだよジョーク」
「・・・」(虚無顔)
そうだ、こういう人だった。
緊張から一転。
完全に話しを聞く気が失せたは、仕方なく再び腰を下ろせばテーブルに肘をついてそっぽを向いた。
「で?」
「高専に呪詛師、あるいは呪霊と通じているヤツがいる」
「・・・」
「驚かないの?」
引き続き表情筋が死んだの横顔に目もくれず、ケーキを頬張っていた28歳児が小首を傾げた。
やっぱり帰れば良かった。
「はあぁ・・・」
「あれ?どったの?」
「五条さん」
「ん?」
「この場でその話しをしようという飛んだ思考回路は相変わらずですね」
「え?何か問題?」
大問題だよ。
本気で頭が痛い。
周囲は若い女子達がキャッキャッはしゃいでいるトロピカルスイーツバイキングのホテルのビュッフェ会場。
その中に異物感満載の黒尽くめのアラサー二人、しかも目隠しとサングラス付き。
悪目立ちだ。
痛みを堪えるように、サングラスの下から目頭を押さえたは何度目か分からない深いため息をついた。
「周りの甘い匂いと話題のシリアス感のミスマッチで頭痛が治まりません」
「へーそりゃ大変だね、ケーキ食べれば治るよ」
「・・・はぁ」
ぐったりとするに構わず、悟はさらに盛られたケーキを口に運びながら更に話を続けた。
「んで、お前なら薄々察してるかもだけど〜」
「・・・宿儺の受肉以降の目立った動きから、徒党を組んだ輩の目的は両面宿儺だと?」
「そ。可能性の一つだとは思うんだけどね〜、まーだその辺の全容がはっきりしないんだよなぁ」
「仕事してくださいよ」
「うわっ、生意気言うならお前やってよ〜」
「生憎と、某最強呪術師から雑魚の烙印押されているので無理ですね」
「なら撤回してあげるよ」
「事実は変わりません」
「えー」
会話しながらも器用にケーキを食べ続ける悟に再びはため息をついた。
もうこれで大体の用件は分かった。
「はぁ・・・まぁ私如きが特級クラス相手にどこまで対抗できるか分かりませんが、呪詛師相手の動きには気を配っておきます」
「無駄骨になるかもだけどね〜」
「最強の方にこんな私がユダじゃないと保証された上、多少の信頼をいただけているとは光栄ですね」
変化のない語調で淡々と返される態度に、さすがの悟もケーキを食べる手を止めた。
「なーんか機嫌悪くない?2日目とか?」
「はぁ?」
「怖っ」
ドスが聞いた返しに身を引く悟に、はふん、と鼻から荒々しく息を吐く。
そして腕を組むと椅子の背もたれへと身体を預けた。
「別にこれが普通ですよ。先手を取られているのが気に食わないだけです」
「後者は同感だね。前者についはマジかーって感じだけど」
「さよですか」
段々と相手をするのが面倒になってきた。
だが、この場に呼び出されたタイミングと聞かされた内容から確認しておくことがあった。
「五条さん」
「ん?」
「内通者を炙り出すアテは五条さんはお持ちだと考えていいんですか?」
「だいじょぶだいじょーー」
「五条さん」
「何?」
「・・・すごく、嫌な予感がするんです」
はそこに燻る不安を潰すように自身の胸元をぐっと掴んだ。
「先日の五条さんの襲撃から、間違いなく上層部も絡んでる可能性が出てるのは今更感すぎてもうどうでもいいんですが・・・」
「よくないよね?」
「灰原先輩の時、あの人が高専を去った時、呪詛師の集団テロ、去年の百鬼夜行と身近の人死にが起きる前に感じていたこの感覚。
ただの私の気の迷いかもしれません。
けど今回は今まで以上に・・・ホント昔からこの感じを受けると碌なことが起きないんです」
「・・・」
サングラス越しでも隠せない眉間のシワを深めただったが、相手から反応が無かったことで我に返った。
喋りすぎた、と思ったがもう出てしまった言葉は取り戻せない。
顔を伏せたは再びサングラスの下から今度は眉間を揉んだ。
「はぁ・・・すみません。余計なこと言いました、忘れてください」
「はは〜ん、最近化粧がケバかったのはそういうワケ」
「ぶっ飛ばされたいならそう言ってください、さぁどうぞ術式止めてくださいな」
「言葉と行動のギャップw」
ケラケラと笑う悟に拳を作っていただったが、わざとこちらを茶化していたことにも気付いていたのでは再び椅子に身体を預けた。
「五条さん」
「ん?」
「私だけにその話しをして何とかできるとお考えですか?」
「んー?」
「はっきり言って、私の手には余ります。せめて他の1級ーー」
「お前は随分前から1級レベルでしょ」
「買い被りはやめーー」
「」
先ほどとは違う、揶揄いの無い声には思わず閉口した。
「推薦した時は半分冗談だったけどさ、もう階級には見合ってる経験も実績も十分積んでるでしょ?」
「・・・六眼が曇ったと誹りをわざわざ受ける人でしたっけ?」
「聞け」
普段は聞かない、冗談が含まれない鋭い言葉。
しかしも反発するように睨み返すも悟は続ける。
「上と絡みたくなくて昇格したくないってのは知ってる」
「それを聞いて安心しました。ついでに自覚もして下さい」
「けど偉くなったからこそできることってのもあるでしょ?」
「・・・」
正論の指摘には黙り込むしか無い。
反論できない上、暗に示されているつい先日の出来事を臭わせる言葉だけに何も言えなくなったへさらに悟は畳み掛けた。
「もしあの指令を受けた場にお前が居たら、恐らく悠仁は死ななかったろうし恵もーー」
ーーバンッ!ーー
「私は!」
それ以上の続きを遮るように、テーブルを力任せに叩いたは声を張り上げた。
食器が短い悲鳴を上げ、弾けた声に広い会場にも関わらず一瞬、辺りは静まり返った。
が、我に返ったが再び腰を下ろしたことで、徐々に元の賑やかさに戻っていく。
深く呼吸を繰り返し、表面上は冷静さを取り繕ったはゆっくりと言葉を紡いだ。
「・・・私は私にできることしかできません、それは今も昔も変わりませんから」
「そういうお前だから任せられるよ」
結局やれってか。
呼び出された時点で拒否権は無いものだとは分かっていたが、人の神経を逆撫でしていく事の運び方は毎回腹が立つ。
不服さを隠さないの睥睨を意に介さず、先ほどの真面目な空気が霧散した悟は手にしたフォークを振り振り得意げに続けた。
「んま、思惑を利用して1年'sを鍛えられたしね〜。
状況的には結果オーライってやつ」
「・・・五条さんが素直なんてキモチワルッ」
「うおぉーい!」
「では、お話しは以上でしょうからこれで失礼します」
「え?ケーキ食べないの?」
「これ以上、最強呪術師サマに不景気な顔を晒せませんから」
「だいじょぶだいじょぶ〜、お前が僕みたいに整ってないのは今に始まったことじゃないでしょw」
「それを遺言にしたいようですね。お望み通り全力でーー」
「わあぁっ!バカバカ!まだ食べてる途中なのにこんなところで呪具振り回したら追い出されちゃうでしょ!」
慌てた様子に僅かばかり悟に仕返しができたと、溜飲が下がったは腰元に伸ばしていた手を元に戻した。
「帰ります」
「あっそ」
「五条さん」
「?」
「気を付けてくださいね」
その一言に悟はきょとんと動きを止めた。
高専時代から変わらない、相手を慮る言葉。
そこにあるのは純粋な気遣い。
実力を知っていても、周囲から無用だと言われても、だけは任務に赴く悟に毎回かけていた台詞。
聞き慣れた不要のそれに悟は呆れたように続けた。
「今も昔も、この最強に向かってその無駄な気遣いする物好きはお前くらいだね」
「いくら最強と言われる五条悟だって人間です。
人間である以上、負傷すれば血が出るし、隙だってある、絶対なんて有り得ませんから」
の言葉に、悟はニヒルな下手をすれば不穏な笑みを口元に浮かべた。
「から見て、僕ってそんなマトモな人間に見えるんだ?」
「性格悪くて嵩張る邪魔なタッパで人の神経逆撫でするデリカシー皆無の最低な人etc…というのは嫌って言うほど知ってますが、少なくとも生徒が命を落として怒ってくれるなら充分に人間です」
「・・・」
「性格悪くて嵩張る邪魔なタッパで人の神経逆撫でするデリカシー皆無の最低な人etc…ですけどね」
「2回言わなくても良くない?」
口をへの字に曲げた悟には微笑で受け流す。
そして背を向けて歩き出すと、念を押すように肩越しに続けた。
「だからこそ、気を付けてください」
「りょーかい」
呪いに転じぬよう祈りが込められた言葉に、悟はいつも通りの調子で気軽に応じ、それを見たは今度こそその場を後にした。
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2023.04.10