呪術師というものはイベントには縁遠い。
学生なら話は別だが、卒業し第一線に立つ立場となれば尚更だ。
というか、そういうイベントに付随する人間の負の感情の発生を考えれば、歓迎できるものではないのかもしれない。
そして、ありがた迷惑な年に一回のイベントでもあり、自身と対立する老害共からの毎年恒例の陰湿な嫌がらせの詰め合わせを片付け終えてみれば、時刻は深夜をとうに越し、日付さえも変わっていた。
当然、この日は普段よりも増しに増した過密任務だったわけだが、最強の肩書きに見合う通り、無傷で片付けた。
が、疲れるものは疲れるわけで、苛立ちも比例するように増す。
ほぼ専属でサポートに入る後輩も、この時期だけは自分にとんでもなく従順なほど。
だがその程度で気が晴れるはずもなく、刺々しさを隠さぬまま自宅へと戻れば、玄関前で予想外の声がかけられた。

「あ、お帰りなさい」
「・・・は?」

直前の不機嫌さそのままの返事がこぼれた。
玄関前の手すりによりかかるように立っていた細いシルエットが出迎えるように悟に向く。
同じ呪術師であり今では同僚でもあるは、頬と鼻の頭を赤くしたまま手元のスマホで時刻を確認した。

「うわ、やっぱり日付変わっちゃいましたね。
無いと思いますか、負傷はありますか?」
「いや・・・・・・何でここに居んの?」
「伊地知くんから任務詰められてる話を聞いて、帰宅はこれくらいの時間になるだろうって教えてもらったので」
「あー、そう・・・」

なるほど。
それならここの住所を知らないはずの相手がこの場に居る理由も説明がつく。

「・・・・・・」

だが、季節は冬。
しかもとっぷり日が暮れた深夜の上、マンション高層階の吹きっさらしの屋外で長い時間待っていたことが分かる様子で出迎えた理由として納得するにはいささか無理があった。

「じゃなくて!
聞きたいのは何の用事でこんな所に居んのって話でしょ!」
「時間考えた声量で喋ってくださいよ、近所迷惑な。私はただ、ついでの用事でケーキ渡しに来たんです」
「・・・は?」
「いや『・・・は?』って、今日は五条さんの誕生日じゃないですか、日付変わっちゃいましたから正確には昨日ですけど」

「何言ってんだこいつ」感を隠さない怪訝な表情を返してくるかつての後輩。
普段ならありとあらゆる手を尽くしてウザく絡み返すところだったが、好意的に見ていない相手に対してわざわざ足を運んで来た理由を目の前で聞かされた悟の思考はフリーズしていた。

「で、本題ですが実は津美紀ちゃんと恵くんからお祝いしたいって相談されたんですが、今日のスケジュール的に難しいってことになったので、明日・・・じゃなくて今日のどこかで都合つく時間ありますか?」
「・・・」

鼻声ながらも用事を告げ終え、返事を待つも何の反応も示さない悟に、怪訝さに呆れを追加したはわずかに首を傾げた。

「寝てます?」
「・・・はあぁ、馬鹿かよ」
「は?」

あるべき本来のキャッチボールとはかけ離れた返答にの声と機嫌が一気に冷える。
とはいえ、悟の内心を知る由もないわけでその反応は当然といえば当然。
対して悟は先程までの荒んでいた感情がきれいに消えていることに、相手の反応を気にするでもなく笑いをこぼした。

「はは、ウケる」
「お祝いに来た相手にいきなり喧嘩吹っかけてくる五条さんは歳を重ねても安定のクズっぷりですね。
じゃ、ケーキの受け渡しは済んだので失礼しまーーっ!

悟の隣を通り抜けようとしただったが、すれ違いざまに頬に大きな手が添えられ歩みが阻まれる。
外気で芯まで冷やされた肌は人肌に触れられただけでも驚くほどの温度差があり、痛みを錯覚するようなそれには顔をしかめた。

「氷かよ、どんだけ居たの?」
「大した時間じゃありませんよ」
「寒がりの癖にんな所で待ってんじゃねーっつーの。とっとと中入れ」

言うが早いか、大股でドアへと近づきドアノブにかけられたケーキの入った袋を半ば押し付ける形でに持たせた悟はポケットから鍵を取り出す。
だが、帰る気でいたは話の展開に、先ほどとは違う意味で表情を曇らせ身を引いた。

「え・・・人を気遣えるってあなたはどちら様ですか?というか呪霊?キモチワルイ
「がちトーンはやめろよ」
「なら・・・!そうか、偽物か」
「何ひらめいたみたいな顔してんの。ケーキに免じて文句言わないであげるけどね、こんなGLGが他に居てたまるかっての。
腹減ってんだから、そのケーキ食わせろ」
(「しっかり文句言ってるんだが」)

ツッコミがだんだん面倒になり、は仕方なく招待に応じる。
とはいえ、寒いからさっさと帰って寝たかったのが本音だが、最強を冠する者の自宅をのぞける好奇心に誘われ足を踏み入れることにした。












































































































ーーCoffee Break Birthdayーー












































































































(「初めて入るな、五条さんの部屋・・・ってか、うわ、広っ。さすが御三家のボンボン」)

マンションを前にした時でさえなんとく予想はしていたが、部屋の中もやはり予想通りな豪華さ。
掃除が大変そうだという庶民思考のため住みたい候補の部屋ではないが、御三家出身ともなればこの程度の広さは当然なのだろうか。
などと、がつらつらと考えていれば、ケーキ効果のためかご機嫌になってる悟に、本気でケーキを食べる気でいることが分かり思わず素直な感想が口をついた。

「こんな真夜中にホールケーキ食べれるって凄いですね」
「何しろ僕ってば、最強だからね」
「世の女性陣を敵に回す発言ですね」

毎度何かにつけてそのフレーズを使ってくるが、根拠が謎でしかない。
機嫌が良くなったならまぁ良いかと、見物料代わりにケーキを食べる用意くらいして帰ろうとは食べる準備を着々と進める後ろ背に尋ねた。

「コーヒーか紅茶あります?あるなら用意しますんで場所を教えてください」
「あー、本家から持ってきたのがその辺の棚に置いてると思うから適当に探して」
「・・・分かりました。では失礼して・・・」
「僕は着替えてこよーっと」

今にもスキップでもしそうな足取りでおそらく私室へと姿を消した。
相変わらず指示がざっくりだ。
というか、初めての人を招いておいてこんな対応で本当に良いのだろうか。
普通、ゲスト相手には物の場所を細々と教え・・・いや、こういう人だった。
悶々と普通ならと考えてはみたが、相手を思えばそういう世間的な一般常識を求める事のほうが無駄だ。
残念ながら。
学生時代からの悲しい刷り込みをひとまず横に置いたは、言われた通り勝手にその辺の戸棚や冷蔵庫を開け、必要な道具を揃えながらお湯を沸かし始める。

(「ケーキならコーヒーかなと思うんだけど・・・ただ夜中だし明日任務あるなら紅茶の方がいいか。
それに五条家なら一般人が手を出さないような高級な・・・なぁ!?」)

目の前にエンカウントしたソレには思わず両手で取りまじまじと見下ろす。
寝ぼけているわけでもない両目をこするも刻印されたラベルの文字はどう読んでも、自分の記憶と相違ない。

「こ、これは!」
「は?まだ用意出来てないの?」
「え・・・あ、いや。すみません。コーヒーと紅茶どっちにしますか?」

普段なら反論するような悟の物言いだったが、思わぬ動揺では素直に謝罪を返してしまう。
だが、の手にあるものに気付いた悟は聞かれる意味が分からない、とばかりな怪訝な表情を返した。

「今持ってんので良いじゃん」
「なっ!?これ、コピ・ルアクですよ!?」
「コーヒーなんだろ?」
「うっ、ま、まぁ・・・コーヒー、ですけど!
「じゃあいいじゃん」
「・・・」

すぐさま興味をなくした当人は鼻歌混じりでケーキを食べるため、が用意した皿は持たずフォークを手にケーキが待つソファーへと向かう。
その背中に「くっそぉ・・・ボンボンめ」と内心呻きながら、は手にした袋を開封する。
とはいえ、持ち主の許可が出たのだ、これでコーヒーを淹れるか。
周囲を物色したおかげで、コーヒーを淹れる道具は揃った。
あとはついに淹れるだけだ。
豆は挽かれていたので、適量をフィルターに移す。
そして、沸騰直前のお湯を豆全体にかかるように少量を流し少し蒸らす。
最後に今度は抽出用に本来の量のお湯をゆっくりと回しながらかけていく。
ドリップコーヒー独特の立ち上る芳しい香りが鼻孔をくすぐる。

(「あぁ・・・
私、今、コピ・ルアク淹れてる・・・」)

これが幸せか。
立ち上る香りが今が現実だと教えてくれているようで、は緩みそうな笑みをどうにか繕いながら、ゆっくりとお湯を落とし続ける。
なんだろう、今だけはどんな文句にも耐えられそうな気がする。

「あ、僕の分は先に砂糖入れるからコーヒーは後ね」
「・・・分かりました」

現実に引き戻される一言に、は小さくため息をこぼす。
そういえばこの人は胸焼けしそうな量の砂糖をいつも入れていた。
こんな高級品に対して我を通すとは、流石ボンボン。(3回目)
と、そうこうしている間にコーヒーの抽出が終わる。
ちゃっかりと自分の分も用意したは、ケーキの前で待つ悟へとカップを差し出した。

「砂糖はご自身で入れてください」
「はいはーい」
「・・・」

大きな手がスティクシュガーを鷲掴んで20本以上がカップの中へと入れられ砂糖の山ができあがる。
もはやコーヒーへの冒涜なんじゃないか、と思いながらもコーヒーサーバーを持つに悟はカップを突き出す。
致し方なくはカップへとコーヒーを注いだ。
ごめんよ、コピ・ルアク・・・
そして一応の準備が整ったことで、もカップを持ち上げた。

「では改めまして。五条さんお誕生日おめでとうございます」
「おう、サンキュー」

祝いの言葉を受けた悟は早速、ホールケーキに直接フォークを突き刺しケーキを食べ進める。

「お、意外にウマ。このケーキどこの店で買ったの?」
「・・・」
?」
「・・・やば、幸せ・・・」
「は?」
「え?」

主役をそっちのけで、自分の世界に浸っていただったが、悟の声にやっと我に返った。
これでなかなかお目にかかれない、他意がない純粋な幸せいっぱい、という表現がぴったりのの顔。
珍しく緩みきっている表情に僅かな間ができたが、ソレは祝いの所為ではないことが分かると、悟は目に見えて不機嫌そうに口を尖らせた。

「すみません。何か仰いました?」
「ちょっとー、僕の誕生日なんだから祝ってもらわないと困るんだけどー」
「本番は今日の津美紀ちゃんと恵くんとの時ですから。今は仮祝いです。ケーキが美味しいなら良かったじゃないですか」
「ふーん・・・」

文句を言いながらもケーキを口に運ぶ悟を横に、はゆっくりと堪能するように一口一口コーヒを傾ける。
だがケーキに文句はなくとも自分を蔑ろにされているのが気に入らないのか、悟は頬張りながらもさらに重ねた。

「お前はケーキ食べてるイケメン顔よりコーヒーを選ぶんだ」
「今日のコーヒーに勝てる者はどこにも居ません」

だが悟の嫌味さえ、もはやどうでも良いと感じているは隠しきれない笑みを浮かべたまま、上機嫌な表情でばっさりと両断する。
いつもの淡々としたあしらいとはまた一味違った後輩の暖簾に腕押し状態なソレに悟のケーキを食べる手は止まり、代わりに自分用に淹れられたコーヒーを見下ろした。

「は?何、そんなに美味いコーヒーなの?高専のとあんま変わんなくない」
「・・・今日ほど五条さんを殴りたいと思ったことないって今思いました」
「酷い後輩だね。
年に一度の誕生日に、ジジイ共の嫌がらせの過密任務をこなした先輩に対してもっと労いと気遣いと優しさを発揮したらどうかね」
「・・・今飲んでるコーヒーは世界でも最高級品トップ5に入る代物です。高専のインスタントなんかとは訳が違いますよ」
「ふーん、カフェオレにでもしよっかな」
「・・・」

あり得ないんだが。
そんなことしたらコーヒーに対して暴挙もいい所だ。そもそも興味ないなら話し振るなよ。
ケラケラと笑いながらカップを傾ける悟にの呆れたような表情が返される。
とはいえ、現在、最高級品のコーヒーが飲めている事実。
棚ぼたな結果とはいえ、事実は事実なだけには少しは持ち上げておくかとカップから口を離した。

「最強の五条さんのおかげで、こうして美味しいケーキでお祝いもできましたね。
どんな任務もさっくりと片付けてしまうなんてさすがです」
「僕ってば最強だからね」
「今度、五条さんの誕生日を祝うときは大勢で計画させていただきますよ」
「マジか」
「日付が変わる前なら、高専の生徒と一緒にサプライズ計画もありですね」
「ネタバレじゃんw」
「じゃ、そういうことで、今は私一人に祝われて不足でしょうが我慢して下さい」

調子に乗っているのが分かり過ぎで、は雑によいしょを終わらせた。
どうせ小学生相手にも同じことをするのだから、これ以上、持ち上げてもしょうがない。
は再びコーヒーを口をつける。
と、

「不足じゃねーっつーの」
「・・・はい?」
「高専の時から、任務の前後に無駄に気遣ってたのも風邪ひいた時もお前が居たじゃん」

とつとつと、語られる昔語り。
高専を卒業してからというもの、このような話をすることがめっきり少なくなった相手からの話には思わず聞き入った。

「最強を気遣うなんて、力もないくせに傲慢なザコって思ってたけど、今はそうでもないって思うわ」
「・・・」
「だから、十分に祝われてるっつーことで」
「・・・・・・」
「っ〜〜〜!黙んな!何か言えよ!」

しおらしくしていた悟が再び時間を顧みない荒げた声を上げると、それを不憫そうな表情で見上げたがこてんと首を傾げた。

「・・・酔っ払ってます?」
「何でだよ!」
「冗談ですよ」
「んのぉ・・・」

からかわれたことが分かってか、悟はケーキを食べながらも仏頂面を浮かべる。
そんな悟には表面上は素知らぬ顔を繕いながら自身を取り巻いていく感情に戸惑った。
思いがけない言葉は、本来の目的であるはずの立場を逆転させた。
いつもなら柄にもないその人から紡がれることもなかったであろうそれ。
きっと疲れ切っていたことと、任務が終わって気が抜けたからと、いろんな偶然がたまたま重なったから聞けたセリフ。
しかし、術師としては雲の上にいるような相手の僅かな助けになっている存在であったことが分かったことは、言いようのない温かさを胸に染み込んでいくようだった。
は先ほどとは違う込み上がる嬉しさを誤魔化すように、苦笑で塗り固めた笑みで仏頂面のままケーキを頬張る悟に小さく頭を下げた。

「こちらこそ、ありがとうございます」
「・・・何でお前がソレ言うんだよ」
「こうしてお祝いできてるのは五条さんのおかげですから」
「・・・」
「それに夢の一つも叶えてもらいましたし」

えへへ、と嬉しそうに笑いながらはカップを傾ける。
それを目の前に毒気が抜かれた悟だったが、やはり気に入らないのか睥睨の視線を返した。

「ちょっと、僕に対してよかコーヒーに対しての方がウェイト高くない?」
「それはきっと気の所為ですよ」

しれっと本心を隠して建前を呟いたは再びコーヒーを口にし上機嫌に相好を崩す。
年に一度の生誕のイベントは芳しい香りと共にゆっくりと流れていった。




























































Back
2024.3.12